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私たちの新学期

 二学期が始まる。今日は金曜日だから、始業式だけのために学校に来て明日あさってはまた休みっていう、なんか中途半端な気分。


 校門から入って行くと、中庭の奥で人だかりができているのが見える。あの辺りは、入学式の時にクラス発表がされていた掲示板があるはずだけど、どうして集まってるのかしら?


 私も行ってみようか教室にまっすぐ向かおうか迷う。みんな驚いた顔をしていたり戸惑っているように見えて、気にはなる。


「比嘉!」


 キョロキョロしてみると、入谷が掲示板の前から手招きしている。愛良と充里もいる。よし、行こう。


「おはよう」

「はよ! 見てよこれ、第一学年新クラス編成表だって」

「新?」


 見ると、一学期には7組まであったクラスが5組までしかない。え、どういうこと?


「6組と7組は? なくなっちゃったの?」

「なんか、他のクラスに入れられてるみたい」

「どうして?」

「さあ?」

「5組の男子がゴッペリ減ってるよ、統基。ヤンキーグループいたじゃん? 全員いなくなってる」

「え! マジだ! なんで?」

「あ! 佐伯! 佐伯って5組だよな」


 背の高い充里が小柄な男子生徒を見付けて声を掛けると、おう! と笑顔でやって来る。


「おわ! 比嘉さん!」

「おはようございますは?」

「おっ、おっぱよーごじゃいやす!」

「かみ過ぎだよ、バーカ!」


 入谷が楽しそうに笑っているけど、私はどうリアクションすればいいのかしら。


「お、おはようございます」

「比嘉さんがしゃべった!」

「いーよ、比嘉。こんなヤツ無視しとけば」

「いいわけないだろ! あの俺、佐伯(しょう)です! 以後お見知りおきを!」

「あ、どうも、ご丁寧に」

「相手しなくていいよー、比嘉ー。ガン無視でいいからー」

「入谷! 邪魔すんなよ! せっかく比嘉さんとお話してるのに!」


 ずいぶんと入谷はこの佐伯くんと仲がいいみたいね。すごく楽しそう。あまり学校でしゃべってるのを見かけなかったけど……あ! 入学式の後に入谷と充里と幼馴染のツインテールの女の子と一緒にいたのがこの子じゃないかしら。そうか、中学から仲が良かったのね、きっと。


「なあ、なんで5組のヤンキーグループいなくなってんの?」

「無免許で車乗ってて事故ったんだって」

「マジかよ、事故ってどのくらいの?」

「詳しくは知らないけど、なんか10人で車乗ってたらしいんだよ」

「10人?! どうやって乗んの? 箱乗り?」

「おい、10人で車乗ってて事故って、かなりヤバくないか? 無事だったの?」

「俺も分かんない」

「バカみたいな箱乗りしてて事故ったんなら、最悪……」


 重苦しい空気を感じる。入谷が何か言いかけてたけど、口をつぐんだ。


「死んだから名前なくなってんのかね」

「充里! 違う、たぶん、退学だよ。高校生が無免で事故ったからさすがに退学させられたんだよ」

「ああ、そうね、きっと」

「この学校で退学なんかあんの?」

「あるの! そういうことにしとけ!」


 ええー、と納得いかない様子で充里がクラス表に目をやる。


「げー。仲野が1組に来るじゃん」

「仲野?」

「音楽一緒のゴリラ」

「ああ、あのゴリラかー。マジかー、あいつなんで俺のことあんな目の敵にしてくんの?」

「俺もだよ。統基がいない時は俺のこと睨みつけてくる」


 仲野かあ……。私もげーって言いたい気分。

 仲野とは中学校が同じだった。ケンカばっかりする不良の問題児として有名だったから私も顔と名前は知ってる。

 話をしたこともないけれど、せっかく引っ越しして遠く離れた学校で心機一転したかったのに、友達がいない一人で学校生活を過ごしていた暗黒時代にいた人が同じクラスになるのは嫌だわ。


「あれ……よく見たら1組も減ってる! 那波と真鍋がいない!」

「へ? なんで那波と真鍋が?」

「さあ?」


 よく分からないまま教室に行くと、入った瞬間から異様な空気を感じた。


「え……何?」


 入谷も何か感じているようで、呆然とつぶやく。

 よく見ると、背が低いのに高井さんが泣きじゃくっている周りにおしゃべり三人組のメンバー、里田さんと小田さんを始め女子が取り囲んでいて、少し離れて木村さんと細田さんがいる。


 男子たちは女子に恐れをなしているかのように端っこで固まっている。


「結愛、なんで泣いてんのー?」

「おい、充里!」


 入谷が止めようとしたけど、充里は平気な顔して女子たちの群れに突入していく。

 充里ってすごいわ。教室の様子を見る限り男子の肩身が狭そうな中、女子の私ですら女子たちからの圧力を感じてとても近付けない。


 女子たちは、気まずそうに高井さんを見て、充里を見て、木村さんを見た。

 視線を受け止めたのか、木村さんがうつむきながらしゃべった。


「……那波、おなかに真鍋との子供ができて二人とも学校を辞めたの」

「え? 那波が? 那波と真鍋が子供できるくらい仲良かったなんて意外~。真鍋って結愛と付き合ってたじゃん」

「だから……」


 だから?

 高井さんと付き合っていた真鍋くんの子供が水無瀬さんのおなかにできた。


 え、どういうこと?


「……真鍋に任せるんじゃなかった。最悪な別れ方しやがって……」


 入谷が高井さんを見つめながら悔しそうにつぶやく。

 最悪な別れ方?


「なんで学校辞めたの?」

「那波の親が命を粗末にすることはできないから、子供ができたからには産めって言って、那波も産みたいってなって、真鍋は就職するために。真鍋が18歳になったら結婚するって約束で」


 最悪な別れ方……高井さんと付き合ってたのに、水無瀬さんに子供ができたから真鍋くんは高井さんと別れて水無瀬さんと結婚することを選んだ。だから……高井さんが泣いてるんだ。


「真鍋も最悪だけど那波もひどいよ! 結愛と真鍋が付き合ってるって知ってて!」

「そうだよ! 隠れてコソコソ子供作るとか最低!」

「木村さんに言っても仕方ないだろう! 彼女は水無瀬さんと仲が良かっただけで二人の問題とは一切関係がない! 彼女も何も聞かされてなかったって言ってたじゃないか! 八つ当たりはやめろ!」

「細田の言う通りだよ。当の二人が辞めちゃって気持ちのやり場がないのは分かるけど、優夏は何も悪くないじゃん」


 ピリピリとした空気の中へと入谷も入って行く。

 そうか、真鍋くんと水無瀬さんへのみんなの怒りが水無瀬さんと仲の良かった木村さんに向いちゃってたのね。


「だって、結愛、真鍋のこと大好きだったのに」

「真鍋から告ったんだよ? なのに、身勝手すぎない?」

「何なの、男って」

「え、俺に言う?」


 みんなの怒りの矛先が今度は入谷に向いてしまったみたい。入谷が急に振られてびっくりしている。


「そりゃあ、結愛が真鍋の浮気が許せないのは分かるけど」

「違う! 浮気されたことが許せないんじゃない! 琉星くん、わざわざ私にこうなった経緯を説明してきたの。途中で私、聞きたくないって言ったのに」

「それは、真鍋なりの誠意じゃないの? 結愛に嘘言ったり隠し事するのは良くないって思ったんじゃないの?」

「誠意なの? 私が嫌だって、聞きたくないって泣いても聞いてくれって、ただの自己満足じゃないの? 自分は嘘つかずにちゃんと全部私に話して謝ったから、自分は悪くないって言われてる気しかしなかった。最後まで私の気持ちなんて考えようともしない。自分が罪の意識から逃れたかっただけだよ!」

「あ……ごめん、結愛」


 高井さんがひざを抱えて顔をうずめて号泣しだしてしまった。入谷は気まずそうに背中をさすっている。


 高井さん……きっと、高井さんの言う通りだったんだろうな。直接話をした高井さんには、真鍋くんがなぜそれほど本当のことを言いたかったのか、その理由を感じたんだろう。


 嘘をつかず、正直に説明する。すごく誠実なようで、でももうすでに不誠実なことをしてるから高井さんを余計に傷付ける結果にしかならなかったんだ。


「入谷のせいでもあるんだからね」

「え? なんで俺?」

「どう見ても那波、入谷のことが好きだったじゃない。でも入谷、全然無視して普通に友達として接しててさ。それで琉星くんが相談に乗るうちにあーなってそーなってこうなったんだって」

「は? 言いがかりもたいがいにしろよ。俺、那波に告られてなんかねーよ」

「そりゃ告れないでしょ、入谷は比嘉さんが好きだってみんな知ってるのに」

「それ何か関係あんの? 好きになったら告るもんだろ」


 高井さんが涙の引っ込んだ目で信じられないモノを見るように入谷を見る。


「入谷、好きになったらみんながみんな告白するものだと思ってたの?」

「逆に、じゃねーの? 何この空気」

「好きだけど、告白する勇気がない、ってあるあるでしょ。むしろ即告白できる人の方がレアじゃない?」

「え? そうなの?」


 キョトンとしながらも堂々と疑問を投げかける入谷に、女子だけでなく男子までもが宇宙人でも現れたかのような視線を送りながら近付いてくる。


「統基に色恋沙汰を理解しろってのが無理なの。しゃあねーよ。統基、中学の時は『どんなかわいい女子にも落ちない、硬派な魅惑の男』と呼ばれる傍らあまりに華麗にフるから『愛を知らない悲しきモンスター』とか『人の心を持たない残念イケメン』とか呼ばれてたんだから」

「誰が悲しきモンスターやら残念イケメンじゃい! 俺それ初耳なんだけど?!」


 どんな中学時代を送っていたらそんなあだ名を付けられるのかしら……。


 はーい、と里田さんが手を挙げた。


「そう言えば、私も入谷に告った時まず罵倒されたー」

「えー、なんて言われたの?」

「そんな普通の告白してくんな、みたいな」

「何それ、ひどーい」

「でしょー、人が勇気出して告ってんのにさー」

「俺そんなこと言った? よっぼどつまんねー告白だったんじゃねーの?」

「つまんない告白って何?!」

「入谷、告られ過ぎて感覚狂ってるんじゃん」

「お前、悲しきモンスターだよ」

「モテすぎてかわいそう」

「かわいそうはやめろ! みんな俺を憐みの目で見るんじゃない!」


 充里だけは手を叩いて爆笑してる。急に充里がこちらを見て指差すからびっくりした。


「比嘉が統基を真人間にしてくれるさ! 頼んだぞー、比嘉! このかわいそうなモンスターを真人間にしてやってくれ!」

「え?!」

「そっかあ! 愛を知らない悲しきモンスターがやっと人を愛することができたのね!」

「おめでとう入谷! 人間の入り口にたどり着いたんだ!」

「俺ゃ人外か!」 

「あはははは! モンスターだから!」


 みんなが笑ってる中で、高井さんも笑っている。

 すごいなあ、入谷と充里は空気を変える。あんなに重苦しい空気だったのに、明るくしてくれる。入谷だけは笑ってないけど。


 私も笑ってる場合じゃない。入谷に普通の告白をしても、つまんない告白だと思われちゃうんだ……ますます、告白へのハードルが上がってしまった。

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