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入谷家は4人家族

 我が下山手高校は日本で偏差値最底辺の高校ながら、1年1組のクラスメートみんな頭は悪くてもノリが良くておもしろかった!


「じゃーなー、充里、曽羽ー。また明日ー!」

「おー」

「また明日あ」


 家が近所の充里、充里の家に遊びに行くらしい曽羽と別れ、少し歩けば自宅である。


 門を開けると、まっすぐ家のドアまで石畳が続き、両サイドは庭へと続くが、門の近くは駐車場になっている。

 親父、まだ出勤してねえのか。黄色いワーゲンバス、赤い外車のどちらもあるのを見ながら石畳を進み、重いドアを開ける。


「おかえり! どうだった? 高校は」

 

 玄関で親父がメタリックシルバーの派手なスーツを着て、赤いテカテカの靴を履いている。

 ちょうど出勤するとこだったのか。


「楽しくなりそうだよ。すげーノリのいいヤツが多くてさ」

「おー、良かったじゃねえか。充里は?」

「また同じクラス」

「小学校からずっとだな。縁があるんだなあ」

「幼稚園からだよ。腐れ縁が腐りきっとるわ」

「統基と充里の高校進学を祝って、俺も茉里(まつり)と飲みに行こうー」

「理由なんかなくてもしょっちゅう行ってんじゃん」


 俺と充里の祖父同士が幼馴染だから、父親同士は生まれた時からの付き合いである。


「また派手なカッコしてんなあ。目が痛てえ」

「統基がデビューする時にはもっと派手なスーツ用意してやるよ」

「いらねえよ。普通のスーツでいいんだよ。親父の伝説を超えてやるから楽しみにしてろよ」

「俺の伝説はそうそう超えられねえぞ。やれるもんならやってみな!」

「おうよ!」


 足音がして顔を上げると、母さんが白いネグリジェのようなセクシーなワンピース姿でリビングから出てくる。


「あら、制服が違う」

「今日、入学式だったから、高校の制服」

「そう」


 興味なさげに言うと、母さんが親父へと笑いかける。

「行ってらっしゃい、銀二(ぎんじ)

「行ってきます、花恋(かれん)。今日も花恋のためにがんばってくるね」

「ええ。稼いで来てね」


 年頃の息子の前でチューすんな。

 さっさと玄関を離れてリビングへと入っていく。右手にはダイニングがあるが、左手へとまっすぐ進みソファでゲーム中の(れん)へと声を掛ける。


「ただいま」

「あ! お兄ちゃん、おかえり!」


 テレビ画面には今小学校で流行っているらしいオンライン戦闘ゲームが映し出されている。一瞬こちらを振り向いた隙にやられて、くっそーと蓮がまだ声変わりもしていないかわいい声で言う。


「クソとか言うな、蓮」

「はーい」


 戦闘ゲームは子供の教育上どうなんだ。クラスのほとんどがやってるから、お願い! と頼み込まれてダウンロードを許可したけど、このゲーム中は蓮の口が悪くなってるのが気になる。


 キッチンに行き冷蔵庫を確認すると、豚肉のスライスがある。トンテキか、トンカツか、煮物かな。


「蓮、豚焼くのと揚げるのと煮るの、どれがいい?」

「揚げるの!」

「めんどくせーから焼くのな」

「なんで聞いたの?」

「トマト味と塩コショウと、どっちがいい?」

「めんどくさくないのは?」

「塩コショウ」

「じゃあ、塩コショウ」

「分かってるじゃん、蓮ー。さすがあ」

「えへへ」


 笑った蓮がマジでかわいい。

 冷蔵庫から豚肉を出して常温にしておくか。さて、この間に、だ。


「蓮、宿題は?」

「学校で終わらせた!」

「ならば良し! 音読も早めにしろよ。晩飯までしか音読カード書かねえぞ」

「分かったー」


 リビングに入ってすぐにある階段を母さんが上っていくのが視界の端っこに見えた。明日の朝、俺が家を出るまで下りてくることはない。


 うちは、一見幸せな4人家族だと思う。

 デカい家に住み、親父は金持ち。


 だがしかし、父の職業はホストである。

 いくつものホストクラブを経営しながら、50手前にしていまだ現役ホストとして日本一大きな歓楽街、天神森(てんじんもり)のトップに君臨し続けている。背も高いが横幅もガッシリしており、中年太りも加わってヒゲをたたえているので貫禄がある。


 親父の店に行ったことはないが、将来は店を継げばいいと思っている。他にやりたい仕事もねえし、親父もそれを望んでいるし、俺も親父が築き上げた店を守りたい。


 母は、若すぎるほどに若くて美人だ。15歳の息子がいながら、御年30。もちろん継母である。

 身長150センチほどと小柄で痩せていて、童顔なので親父と並ぶと夫婦と言うよりも親子に見える。

 俺をかわいがる素振りなど一切見せず、実の息子である蓮のメシすら俺に丸投げ。俺が家にいる夕方から朝にかけては自分の部屋でネットゲーム三昧のネトゲ廃人である。


 弟は、めちゃくちゃかわいい。小5ながら平均身長よりだいぶ小さくて、モチモチした白い肌が眩しい。ややくせっ毛で子供らしく髪が方々に跳ねているが、前髪だけは俺がこだわって目と眉の真ん中くらいでパッツンに切り揃えている。

 もう、とてつもなくかわいい。反抗期なんか永遠に来んなと脅迫したくなるくらいにかわいい。更には、賢い。


「蓮、音読! あと肉焼くだけだから」

「はーい。注文の多い料理店。文、宮沢賢治。ふたりの若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして」

「それじゃ音読じゃなくて暗唱なんだよ!」

「だって、覚えちゃったんだもん」

「もー、蓮はあったまいいなあ。自慢の弟だよ」

「えへへ。続き言うね」


 ゲームしながら宮沢賢治をそらんじるくらい朝飯前である。


「蓮、ゲームやめろ。メシできたぞ」

「はーい、もうすぐ終わる! 死ね! 死ね! よし! 勝った!」

「こら、死ねとか言うな。そのゲーム禁止にすんぞ」

「えー、これ禁止にされたらボク友達いなくなっちゃうよ」

「友達くらい、また作ればいいだろー」

「お兄ちゃんはすぐ友達作れるけど、ボクは無理だもん。話しかけるの恥ずかしいよ」

「なーにが恥ずかしいってんだよ」


 話しかけるのが恥ずかしいだと、それでもお前はホストの息子か。

 まあ、蓮は親父と血のつながりはないけどな。


 うちは、ステップファミリーだ。

 俺を連れた親父と蓮を連れた母さんが結婚して、俺たちは4人家族になった。


 ただ、蓮が生まれてすぐのことだったから、蓮は親父や俺と血がつながっていないことを知らない。


「いただきまーす! ん! おいしいよ、お兄ちゃん!」

「おー、良かった良かった」


 満面の蓮の笑顔にこっちも思わずニンマリと頬がゆるむ。


「テレビでゲーム実況の生配信つけてもいい?」

「メシの間くらいゲームのこと忘れろよ」

「だって、アーカイブ残してくれるか分かんないんだもん」

「いっつも残してんじゃん」

「お願い、お兄ちゃん」


 ウルウルとした目で俺を見上げながらもなお、肉を頬張る弟のお願いを却下することなどできるだろうか。できるワケがない。


「しゃあねーな。蓮はメシもちゃんと食うからいいよ」

「ありがとう!」

「口が止まったらテレビ消すからな」

「うん!」


 嬉しそうにいそいそとリモコンを握る。かっわいいな、蓮。たまらん!

 やっぱり、できることなら一生蓮には実の兄弟ではないことを知られたくない。このかわいい弟に、ずっと俺の弟でいてほしい。

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