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俺たちの夏休みの思い出

 無理だな。比嘉の顔が苦痛に歪んでいる。痛かったら言えっつってんのに、全くコイツは俺の言うことを聞きゃしない。


 海が見えたと同時に比嘉がスピードを上げて自転車に乗ったまま砂浜に下りようとして驚いた。コンクリートで補整された通路と砂浜の間には3段ほど段差程度の高さながら階段があった。

 足元に気を付ければこれくらいなら下りられるか、と俺も慎重に階段を下りた時ガシャーンとすごい音がして振り向いた。


 比嘉が倒れていて自転車が比嘉の体に乗っている。

 自転車を持ち上げて比嘉を見ると、目を見開いて何かを見ていた。目線を動かすと、沈んだ太陽が夕焼けを残していた。


 赤で、オレンジで、黄色で。太陽はもうないのに、太陽が残した光がすごくキレイだった。その光を反射した海もものすごく美しく輝いていた。


 すごい。太陽はもうないのに、太陽の残りもんがこんなにキレイなんだ。


「大丈夫? 比嘉、立てる?」

「うん!」


 大丈夫なら、一緒に並んでこの景色を見たい。そんなとこに寝っ転がってないで。


 壮大な夕焼けアートに目を奪われている比嘉がキレイで、写真をたくさん撮った。


 だが、日が沈んだらみるみる暗くなっていく。比嘉の門限に間に合わせるため、自転車に乗ろうとしたら比嘉の右足が血まみれになっていた。


 本人が大丈夫だって言うから自転車漕いでるけど、たぶん絶景を見た興奮で一時的に痛みを感じてなかっただけなんだろう。

 あ、ドラッグストアだ。傷薬でも買うか。と思ったらその隣に児童公園があるのが見えた。水道があるのを確認する。


「比嘉。こっち来い」


 比嘉を水道に連れて行き、右足のひざから下を洗い流す。


「うわあ、結構えぐれてんな」

「うわ、本当ね」


 比嘉が傷から目をそらす。

 持ち歩くようになったハンカチを当てようと思ったけど、これだけえぐれてたらハンカチじゃ痛いだろう。


「ちょっとこのまま待ってろ」


 比嘉を公園に残して隣のドラッグストアに走る。消毒液と大きめの絆創膏を買う。3枚しか入ってないのに高いけど、これくらい大きさがないと比嘉の傷を覆えないだろう。


 公園に戻ると、比嘉は微動だにしていない様子で姿勢を全く変えずに水道脇に座っていた。いや、素直だな、お前。


 痛がる比嘉を無視して傷の手当てをし絆創膏を貼るも、噴き出る血でみるみる絆創膏に血が溜まっていく。仕方がないからはがして新たな絆創膏を貼る。


「無理だろ、この傷じゃ。チャリ漕ぐのツラいだろ」

「ううん、大丈夫。ツラいことのひとつくらいあった方が乗り越えた時の喜びを知ることができていいのよ」

「それ身体的なツラさの話じゃないと思うんだけど」


 マジ何なんだ、そのちょいちょい挟んでくる迷言は。


「時間取っちゃった分、スピード上げて行きましょう」

「本当に大丈夫なのかよ」


 再び走り出す。気合いで漕いでた比嘉だが、10分もしたら明らかにペースが落ちて来た。街灯が灯りだす。一旦自転車を止め、比嘉の足の様子を確認する。


 2枚目の絆創膏も血に染まっている。英断が必要だ。


「比嘉、この足じゃ無理だよ。今の所持金ならまだネカフェくらいなら泊まれるだろうから、家に連絡して泊まれる所を探そう。俺絶対手ぇ出したりしないから」

「ダメよ、家に帰らないと」

「比嘉がルールを守りたいのは知ってる。でも」

「そうじゃなくて、この時間だったらもうお母さんごはんを作り始めてるもの。家に帰ってごはんを食べないと」


 そうか、お母さんがごはん作りながら比嘉の帰りを待ってるのか……。じゃあ、帰らないとな。


「比嘉、あそこのコンビニまでがんばれ」


 すぐ先に見えたコンビニの看板を指差す。

 時間がない。コンビニの前で自転車から降りた比嘉に消毒液と3枚目の絆創膏を渡し、俺だけコンビニに入る。


 レジの前にはかなり高齢と思しき強面のじいちゃんが立っている。名札には店長と書かれていた。このじいちゃんがこの店の長か。怖そうなじいちゃんだな。


「すんません。あの、俺ら、遠くからチャリでらんらんビーチに来たんだけど、友達がケガしちゃってチャリ乗れないんす。俺の後ろに乗っけて帰りたいから、店の前にチャリ置かせてもらえませんか?」

「チャリ?」

「赤いチャリ。あ、自転車」

「友達のケガは?」

「結構えぐれちゃってて、めっちゃ血ぃ出てます。俺心配でチャリ漕がせたくないから、置かせて欲しいんす。俺明日絶対に取りにくるっす」


 じいちゃんはうなずくと、ちょっと待ってなさい、とカーテンの奥へと消えてしまった。

 ちょっと待ってても戻って来ないから、ジュースを4本取って来て台に置く。


 じいちゃんが出てきたと思ったら、手に持っていた物を差し出してきた。


「友達に塗ってあげるといい。消毒もできるし厚めに塗れば絆創膏もいらない」


 反射的に受け取って見ると、新品じゃないかくらいキレイな軟膏のチューブだ。


「あ、じいちゃん、ごめん! 俺あんま金持ってないんだよ」

「いいよ、それはじいちゃんからケガした友達へのプレゼントだ」

「え?! いいの?! マジで?!」

「ははっ。マジで」

「ありがとう! じいちゃん!」


 強面のじいちゃんが意外にも朗らかに笑う。良かった、見た目に反して超いいじいちゃんだ!


「あ、じいちゃん、これください」

「はい、どうぞ。黙って自転車を置いて行くこともできるのに、ちゃんと言いに来たご褒美だ。これはじいちゃんから坊主にやろう」

「え? いや、それは悪いっす。ジュース買う金くらいはあるから、ちゃんと払うっす」


 ジュースを袋に入れながらニコニコ笑っていたじいちゃんの顔が険悪になる。え、なんで?


「坊主、いくら持っている」

「1300円くらい。足りるっしょ?」

「まだ先が長いんだろう? 何があるか分からないんだから、そんなはした金は大事に持っていなさいと言っている」


 どんどんじいちゃんの表情が険しくなる。なんか分かんないけど、ここは素直に受け取った方が良さそうだ。


「ありがとう! じいちゃん!」

「気を付けて行けよ、坊主」

「うん!」


 笑顔で受け取るとじいちゃんが満足そうに笑った。手を振ってコンビニを出る。


 比嘉を見ると、しゃがみ込んで絆創膏の剥離紙をはがすのに手こずっている。まだ手当が終わってないのか。トロいヤツめ。


 絆創膏を落としてしまい、慌てて拾っているが小石やらがくっついてとても使えたものではない。


「何してんだよ」

「……コンビニで買ってくる」

「いらねーよ。見て、これ! コンビニのじいちゃんがくれたの。友達に塗ってやれって」

「コンビニのじいちゃんが?」

「そう! すっげー世話焼きなじいちゃんみたいでさ、ジュースもくれた」

「ジュースも? 売り物じゃないの?」

「うん、俺も金払うって言ったんだけどさ、先が長いんだから金は取っておけって」

「え? 知ってるおじいちゃんだったの?」

「ううん、初めて会ったじいちゃん」

「すごいわね、入谷……」


 比嘉が何に感心してるのかは知らんが、ササッと傷口を覆うように軟膏を乗せていく。軟膏と血が混ざってるけど、大丈夫だろ。


「はい、OK! 後ろ乗って」

「え、でも、私の自転車は?」

「店の前に置いといていいって許可もらった。俺明日取りに来て比嘉ん家に置いとくから」

「明日?! こんな遠くまで取りに来るの?!」

「遠いの分かってんなら早く乗れよ。もうすっかり暗くなっちゃったじゃん」

「あ、そうね。分かったわ」


 背中に比嘉の気配を感じる。相変わらず小学生みたいに俺のシャツを握りこんでつかまっているが、これは、いい! この状況を利用させてもらおう!

 

 俺知ってる。吊り橋効果だ。恐怖のドキドキを恋のドキドキと勘違いさせる黒魔術。


「比嘉! 後ろからゾンビが! 飛ばすからしっかりつかまって!」

「ええ?! にんにく! 十字架!」


 それドラキュラだろ。違いに気付くのが苦手な比嘉にはゾンビもドラキュラも似たようなものなのか。


「比嘉! お化けだ! お化けの大群が!」

「キャー! おだぶつあみぶつ!」


 南無阿弥陀仏か? お陀仏させてどうするんだよ。お化けだっつってんだろ。すでに死んでるんだよ。

 なんか違う。一応怖がってるけど、知識がなさすぎてイマイチ効果を感じない。


 ならば、と大きな坂をほとんどノーブレーキで猛スピードで下る。恐怖に固まった比嘉が声もなく両腕で俺の腰を締め上げる。

 比嘉が俺に抱きついてる! ああ、素晴らしき夏休みの思い出。俺はこれが欲しかった。


 坂を下りきっても車は走っていないし信号もないからそのままハイスピードで走る。かなり時間短縮になったな。これなら9時までに比嘉の家に送り届けられそうだ。


 比嘉の家の近くにも小さいながら坂がある。一気に下りて比嘉の家の前で急ブレーキを掛けて止まる。あー、おもしろかった!


「比嘉?」


 家の前に着いても動かない比嘉を振り返ると、おだぶつあみぶつとブツブツ言いながらギュッと目を閉じている。やりすぎたか。


「あ! シーサーが除霊してくれた! もう大丈夫だ、比嘉!」

「シーサー? あ、家だ~……」


 比嘉が自宅を見上げて安堵の息をもらす。ごめんごめん、つい楽しくなっちゃって。


「すごい! まだ9時になってない!」

「ふっ。俺の脚力をなめるんじゃない」

「ありがとう、入谷」

「じゃーな! 早くケガ治せよ」

「うん」


 比嘉の家の玄関に物音がした気がする。ケガさせちゃってるし夜まで引っ張り回しちゃったから、急いで退散するとしよう。


 比嘉が笑顔で家に入って行くのを見届けて、俺も自分ちに帰るべく自転車を漕ぐ。


 家に帰って風呂に入り、自分の部屋のベッドに座ってスマホを見ると、何件ものメッセージの通知が来ている。


 なんだ?

 比嘉からだ。比嘉から、海で撮ったたくさんの画像が送られている。


 俺も一緒に撮ってたから、似たような写真持ってるのに……。

 これが、比嘉の見てた景色か。俺も映ってる。うっれしそーな顔してんな。一人で見てるとちょっと恥ずい。


「ありがとう。画像で見てもやっぱりキレイだな」


 メッセージと共に俺からも何枚か画像を送り、改めて今日撮った写真を見返す。こんな小さな画面で見ても、軽く震えるくらい比嘉の笑顔は破壊力ヤバい。

 鮮やかな夕焼けの中で、輝く海を背景にしてガチ女神だわ。


 比嘉にケガさせちゃって申し訳ないけど、いい一日だった。すげー楽しかった。


 ああ、素晴らしき、俺と比嘉、二人だけの夏休みの思い出。

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