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私たちは海を目指して

 やっと入谷から連絡が来た! 良かった、二人で遊ぼうって約束、忘れてなかったんだ。もう夏休みも終わってしまうから、私から思い切ってメッセージを送ろうかと思っていた。


 良かった、今日は天気も良さそう。暑そうだけど、自転車だから大丈夫。私は自転車に乗ると壮大に風を感じて暑さを感じなくなる。


 何を着て行こうかしら。自転車だから、ロングスカートは論外ね。

 シンプルに7分丈のワイドパンツとタンクトップにしよう。動きやすさ重視で。


 この夏休みに私服の入谷と何度か遊んだけれど、いつも入谷はとても個性的な服を着てくる。


 入谷は小柄で細い体をしているのに、入谷二人分くらいの太いズボンを履いていたり、毎度柄物のトップスだけど何て呼ぶのか分からない柄。水玉とかしま模様とかチェック柄ではない、不思議な色と模様の柄。

 でもそんな不思議な服が入谷のミニチュア・ピンシャーを思わせる顔によく似合っている。


 待ち合わせの学校の近くの大通りに行くと、入谷はもう自転車をとめてスマホを見ていた。


「お待たせ」

「お! また変わった組み合わせの服着てんな。今日は自分で選んだんだ?」

「ええ、自分で選んだわ。変?」

「おもしろい。俺お前のファッションセンス好きだよ。比嘉が着れば何でもかわいい」

「えっ……」


 そう言えば、告白もせず釣られた魚になんてなってなかったのに、いつからか入谷の好き好きアピールがなくなっていた気がする。

 好きだとかかわいいって久しぶりに言われた。


 好きな人に好きって言われると、ものすごく嬉しい。それがファッションセンスの話でも。


 入谷は、深緑色に不規則な模様が不規則に並んでいる謎の柄の半袖シャツに、白いズボンだ。涼しそうな素材ではあるけれど、ゆったりしていて足首の上でキュッと絞られているからドレープができている。

 今日も個性的な服が似合ってる。


「この夏休みに行きたかったけど行ってない所、ある?」

「海とかプールかしら」

「そういうことは事前に言えよ。水着持って来てねーんだけど」


 水着? 夏と言えばと思って大喜利感覚でとっさに言ったけど、そうか、海やプールだったら水着で遊ぶ。言わなくて良かった、いきなり水着で遊ぶなんて恥ずかしい。愛良みたいなダイナマイトボディならともかく。


「あ! あの看板見て! この先にらんらんビーチだって! 海あるんじゃね?」


 入谷が大通りの車道の青い看板を指差す。右に行ったら聖天坂、左に行ったら読めない地名、そして、まっすぐの矢印の先にはらんらんビーチと書かれている。


「ビーチ行きたい! 楽しそう!」

「よし! 目的地はらんらんビーチだ!」

「おー!」


 すでに楽しくなってきた。入谷が拳を振り上げるのを見たら、大冒険に出発する気分になって私も拳を上げる。


 とりあえず表示に従いまっすぐに自転車を走らせる。風が気持ちいい。

 ご機嫌に入谷と並んで自転車をこいでいると、どんどん周りの景色が変わって行く。


 高層マンションや隣の家との隙間5センチみたいなせせこましい家並みは見えなくなって、大きな一軒家がまばらにある程度になって行き、代わりに田んぼや畑が現れた。


 だいぶ田舎に来ているわ。狭かった私の世界が広がって行くのを感じる。初めて見る地名立の小学校、見たことない名前のスーパー。すごい、今私たちは大冒険の真っ只中だ。


「お前全然汗かいてねーのな。すげえな」

「私、自転車に乗ると暑さを感じないの」

「へー、頭だけじゃなくて温度センサーまでぶっ壊れるんだ」

「え?」

「俺限界。そこのコンビニでアイスでも買わねえ?」

「アイスいいわね」


 コンビニの前に自転車をとめると、入谷があ! と叫んだ。


「コンビニ全然関係ないのにひらめいた! らんらんビーチの場所をスマホで調べとこ。闇雲に走ってるけど、めちゃくちゃ遠かったりしたら目的地を変更しねえと」


 入谷がポケットからスマホを取り出す。その画面を手で覆い隠す。


「何を言ってるの、入谷! 大冒険でスマホを使うなんて!」

「大冒険?」

「そうよ。知らない土地にビーチを求めて大冒険」

「お前は大冒険を楽しんでたのか、そら知らなんだ。大人っぽい顔してマジで中身小学生な」

「ほら、そんな文明の利器はしまって!」

「はいはい。大冒険に備えて体力補充といきますか!」

「うん!」


 コンビニに入り、アイスとジュースを買って、店の前で食べる。冷たいアイスがとってもおいしい。思ってたよりも喉が渇いていて、500mlのペットボトルを一気飲みしてしまう。


「よっしゃ、復活! 行くぞ! らんらんビーチ!」

「おー!」


 入谷との待ち合わせはお昼の1時だった。途中でコンビニに寄ったり駄菓子屋を見付けて入ったりと頻繫に休憩を挟みながらとは言え、自転車をこぎ続けることなんと4時間。夕方5時を過ぎてもビーチになんてたどり着かない。


「あ! ヤバい! 比嘉の門限のこと忘れてた! 今からダッシュで引き返しても帰るの8時は過ぎるぞ!」

「あ! ママに連絡入れておかなきゃ。花火大会の時に、連絡入れたら門限9時に変更してもらったの」

「お、俺10時までバイトしてるから門限9時もまだ過保護だけど、ちょっとマシになったじゃん」


 そうなの、どうしても入谷と花火大会したかったから、一生懸命大丈夫だよって訴えたら何とか納得してもらえた。


 ママに連絡を入れ、さあ再出発、と思ったら、入谷がだああ! と叫んだ。よく叫ぶわね。


「マジでヤバいことに気付いちゃったよ。最初にらんらんビーチを見付けた看板以降、ひとっつもらんらんビーチって出てきてない」

「あ、言われてみればそうかも」

「どっか曲がるんだったりしたら、まっすぐ行ったって永遠に着かねえぞ」

「じゃあ、次曲がってみる?」

「却下だ、バカ。曲がったりしたら絶対道に迷う。直進オンリーだからできるチャレンジだ」

「なら、とにかくまっすぐ走りましょう」

「お前案外度胸あるのな」


 だって、せっかくここまで走ったのに議論してる時間があるなら走らないと。私には門限がある。


「9時までに比嘉の家に帰らないといけないから、最大でも6時半かな。ひたすら走れば3時間かかんないかも」

「急ぎましょう」


 ここからはエンジョイせずに自転車競技の気分で懸命に走る。


「比嘉、チャリこぐのは速いんだ」

「ええ、私自転車大好きなの」

「よし、だったら遠慮はいらねーな。飛ばすぞ!」

「うん!」


 入谷は遠慮してたのかしら。格段にスピードを上げて走る。風を感じて気持ちがいい。


「出た! らんらんビーチ!」

「ほんとだ!」


 やっと矢印の先にらんらんビーチと書かれている青い看板が見えた。良かった、ひたすらまっすぐで合ってたんだ。更に10分も走ると、らんらんビーチこちら→、と木の立て看板が現れた。


 矢印に従って走ると、突然視界が開けて砂浜が見える。


「海だ!」


 入谷と声が重なり、顔を見合わせて笑う。


 海だ。道路からビーチの敷地に入ったのか、アスファルトからコンクリートを走る。

 近付いて行くと、砂浜の向こうに海が見える。わあ、海だ。自転車で、自分の力で海に来た。感動だわ。沈みゆく太陽の光を受けてキラキラと揺らめく海目がけて自転車を漕ぐ足に力が入る。


「え?! おい、比嘉!」

「わ?!」


 一瞬、自転車の前輪が浮いたような感覚がしたと思ったら、途端にバランスを崩してしまった。固い物と自転車のペダルに右足のひざ下が挟まれて激痛が走る。


「いったあ……」

「大丈夫か?!」


 自転車が私の体の上からどけられる。私は転んでしまったらしい。顔を上げたら、黄色とオレンジと赤がグラデーションに入り混じった空と、空の色を反射して映し込んだキラキラと輝く海が見えた。


 なんて、キレイ……。


「大丈夫? 比嘉、立てる?」

「うん!」


 バッと立ち上がって、海へと走る。キレイ……なんて迫力があるんだろう。目の前の自然の美しさに心を奪われる。

 刻一刻と色を変えていく空と海。


「すっげーな」

「うん!」

「写真撮ろうぜ!」

「撮ろう撮ろう!」


 スマホを取り出し、パシャパシャと連続で写真を撮っていく。今、私の目に映る景色をそのまま残したい。


 みるみる空が暗くなっていく。夕焼け、すごかった。空が一面に赤かった。


「いいかげん帰らなきゃ門限に間に合わねえな。行くか」

「そうね。どんどん暗くなるし」


 並んで自転車にまたがり、入谷が


「よっしゃ! 飛ばすぜー!」


 とこちらを向いて、驚愕の表情になった。


「比嘉! 足!」

「え?」


 左足を見ても何もない。右足を見ると、7分丈のズボンの下から大量の血が流れてペタンコのサンダルまでが血に染め上げられている。


「めっちゃケガしてんじゃん! 大丈夫か?!」

「大丈夫! 血が出てる割には痛くないわ」


 たしかにひざの下が痛い気はするけど、我慢できない程ではない。


「急いで帰らないと! 門限過ぎちゃう」

「本当に大丈夫? すげー血ぃ出てんだけど」

「大丈夫!」

「無理しないで痛かったらちゃんと言えよ」

「分かったわ」


 大丈夫、血はすごいけどたいして痛くはないから。

 と思っていたのだけど、いざ自転車を漕ごうと足に力を入れたら激痛が走った。


 あ、痛いかもしれない。でも、自転車を漕がなければ、門限に間に合わない。

 大丈夫、これくらいの痛み、私なら耐えられるわ。今は急いで家に帰るのが何より大事。


 私ならできる、私ならできる、私ならできる。よし大丈夫、家に帰ろう!

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