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俺らの納涼流しそうめん大会

 親父が連れてきた業者の皆様によって、ダイニングとリビングの間のスペースに立派な流しそうめん台が設置された。

 ながーい竹筒、地上二メートルはあろうかという高さに流しそうめんを流す役の人のための足場が組まれているのを見上げる。うちの天井って、こんなに高かったんだ……。


「すごい! ボク上りたい! 上からそうめん投げたい!」

「投げるな、蓮! 流せ!」

「危ないよ、蓮。流す役は大人がやるから、蓮は流れてきたそうめんを食べたらいいよ」

「イヤだ! ボク上りたい!」

「もー、しょうがないなー。ユウ、先に足場に上って蓮を受け取って」

「分かった」


 亮河の説得に応じなかった蓮を慶斗が肩車する。ハシゴを上って足場に立った悠真が手を取り蓮を足場に引っ張る。四つん這いで下りた蓮が足場に這いつくばっている。


「怖い! 立てない!」

「何がしたかったんだ、お前は!」


 蓮が真っ青な顔で悠真にすがりつくと、また慶斗へと引き渡される。両手両足で必死にニホンザルの赤ちゃんのように慶斗にしがみついている蓮の頭をとろけそうな顔して慶斗がなでている。


「かーわいいー。たまらん!」


 もうコイツら、蓮が何をしてもかわいくてしょうがないんだな。半泣きになっている蓮を見て俺も愛しさがこみ上げてくる。マジでかわいいんだから、蓮はー。何がしたかったのかは分からんけどー。


 各自流しそうめんを取り、7人そろってテーブルにつく。


「納涼流しそうめん大会、いざ開幕! 好きにトッピング乗っけて食べてくれ!」


 大きなダイニングテーブルの上には業者の皆様が用意してくれたそうめんに合いそうな具材が多数用意されている。


 納涼流しそうめん大会って何なんだ、一体。思い付きで人を集めやがってクソ親父が。

 親父はお誕生日席で嬉しそうに息子たちの顔を見回して満足げに笑っている。


「みんな嫁と子供も連れてこいって言ったのに、誰も連れて来てないのか」

「僕は嫁と娘は絶対に連れてこないって言ったじゃない」

「俺も」

「俺も」

「俺も」


 兄貴たちが警戒心を隠さず親父を冷たい目で見ている。親父、自分の息子たちからめちゃくちゃ警戒されてるじゃねーか。

 まあ、あちこちでホイホイ作られた子供が自分たちなんだもんな。警戒したくなる気持ちは分からんでもない。


「てか、兄ちゃんたちみんな結婚してたんだ?」

「してるよ。最初に会った時に言ったじゃん。子供5人いる既婚者だって」

「あー、言ってたような気もする。子供5人ってすげーな、亮河兄ちゃん」

「俺は今の嫁との子供が1人と、前の嫁の所に1人とその前の嫁の所に1人いるよ」

「バツ2かよ。やっぱりクズだな、慶斗兄ちゃん」

「俺は子供2人だよ。嫁さんが子供は2人でいいんだって」

「子供の数まで嫁さん任せか。嫁さんに完全に主導権握られてんじゃねーの、悠真兄ちゃん」


「蓮! お前取りすぎだよ! 俺の分のそうめんがなくなるだろ!」

「だって、おいしいんだもん!」

「分け合おうって気持ちはねえのか! この食いしん坊!」

「孝寿お兄ちゃんこそ!」


 親父とホスト三兄弟と俺は落ち着いてテーブルに座って食っているが、孝寿と蓮は流しそうめん台の脇で流れてきたそうめんを奪い合いそのまま立ち食いしている。

 蓮はよく食うが、孝寿もよく食うらしいな。暑さで食欲ないって言ってたのに。


 俺も食欲はないと思ってたけど、ツルツルしたそうめんは意外と食べられる。腹ポンポンになってきた。


「あ、そうだリョウ、ユウ。エミリさんの娘、本当に店に出てたよ。昨日エミリさんの店に行ったらいた。ミーナだって」

「へえ、ミーナねえ。相変わらず似てた?」

「エミリさんにクリソツのソツクリすぎてオーナーの娘かどうかなんか分かりゃしねーよ」

「娘?!」


 このクソ親父、まだ娘までいるってのか?!

 お誕生日席を睨みつけると、親父は朗らかに笑っていた。


「おー、絵美(えみ)そっくりならえらい美人に成長してるじゃないか。絶対に俺の娘だ!」

「俺の娘だ! じゃねーんだよ! 誰だ、そのエミリってのとミーナってのは!」

「オーナーは話聞いてんじゃねえよ。俺はリョウとユウにしゃべってるんだから。エミリさんからオーナーには言うなって言われてるんだからね」

「だったらここで話すべきじゃないが、俺にはどうでもいい! 誰なんだ、エミリって!」


 コイツらバカだろ。聞かれたくないなら親父のいない所で話せ。


「オーナーの昔の女だよ。エミリさんが生んだ子供をオーナーは自分の娘だって言い張ってるんだけど、他にも父親候補がいるからって認知させてもらえなかったの」

「結局誰の子供か分からないまま、そろそろ二十歳くらいになるんじゃないかな」


 ええー。誰の子供か分からないって、とんだアバズレじゃねーかよ。まさか、写真の一枚すらない俺の母親もそんな女じゃねーだろうな。

  

 階段から足音がするのに気付いた。お、ネトゲ廃人で昼夜逆転生活を送る母さんが起きてきたのかな。

 案の定、リビング入り口の階段からこちらを振り向いたのはやはり母さんだった。そりゃそうだ、知らない人が普通にいたらビビる。


 セクシーなキャミソールのワンピースの部屋着一枚だ。ホスト三兄弟が目を見開いて母さんを凝視している。


「あら、かわいい男の子がいっぱい」

「花恋! 俺の息子たちだよ! 花恋も一緒に流しそうめん食べよう!」

「私、この子がいい~」


 ゆったりと物色するように歩いて来た母さんが悠真にしなだれかかる。悠真が前髪を横に流して微笑んだ。今まで前髪に隠れていた目が見える。すごくキレイなアーモンドアイだ。めっちゃイケメンじゃん。なんで顔隠してんの、あいつ。


「悠真! 花恋から離れろ! こっちにおいで、花恋~」


 親父が鬼の形相で悠真の椅子を蹴飛ばし、悠真が床に転がる。悠真は悪くないのに、かわいそ。

 俺も腹ポンポンだし、親父のデレた顔を見てても何もおもしろくない。悠真を促しソファに座る。


「誰? あのセクシーなお姉さん」

「蓮の母親だよ。俺の今の母さん」

「あれ母親なの? 大変だな、統基」


 大変なのかね。俺、実の母親の記憶がまるでないから母親像が花恋ママしかない。


「なんで悠真兄ちゃん顔隠してんの?」

「嫁さんが前髪伸ばせって言うから伸ばしてるだけで、特に理由はないよ」

「なるほど、その顔につられた女が寄って来るのを防いでる訳ね」

「ユウの嫁さんは高校の時の同級生だから、ユウのモテっぷりを知ってるもんなあ」


 50のジジイがイチャイチャしてんのなんか見てられないのか、亮河と慶斗もソファに座る。


「お! その同級生、どうやって落としたの?!」

「ユウは落とされた側だよ。このボーッとした男が女落とすなんてハイレベルなことできる訳ないじゃんー」


 慶斗が笑い飛ばしている。たしかに、慶斗はよくしゃべるが悠真はほとんどしゃべらない。でも機嫌が悪そうということもなく、にこやかにしてはいる。


「なんでモテるのに嫁さんに決めたの? 決め手は何?」


 落とされた側の声はかなり参考になるかもしれない。比嘉のことは諦めなくてはいけないと理解はしているが、万が一比嘉があの男と付き合っていなかった時のために参考意見が聞けそうなら聞いておきたい。


「好きだとか付き合ってくださいとは色んな女の子に言われたけど、私と付き合うよって断言したのは嫁さんだけだったから決めたよ」

「は?」

「で、高校卒業したら結婚しようって言われて、卒業して結婚して、子供作ろうって言われて、その子が2歳になった時にもう一人作ろうって言われて、生まれた下の子ももうすぐ2歳」

「もう一人作ろうって言われたら作るの?」

「いや、そろそろかと思って俺も聞いたんだけど、子供は2人でいいんだって」

「雰囲気に流されてるとかいうレベルじゃねえな! 主体性ゼロじゃん!」


 ここまでだとは思わなかった! コイツの脳みそ何のために備わってんだよ!


「それだけ脳みそ使わなかったら腐るだけだろ。俺そんな言いなりになるのぜってーヤダ! 何もおもしろくないじゃん」


 孝寿がそうめんの器を持ったままやって来た。


「じゃあ、孝寿は何がおもしろいの?」

「相手を観察して研究して俺が何を言ったらどう動くか予測を立てて実行して、思い通りになった時が最高におもしろい」

「何それ。孝寿兄ちゃん、嫁さん相手に研究とかしてんの?」

「だから、一生幸せに溺れさせる自信があるんだよ。俺、奥さんを幸せにするプランが無限にある」

「おお、よく分からんがすごそうだな」


 俺は食いついたが、慶斗はええーと引いてる様子だ。


「一人の女にそこまで労力を割いて何が楽しいんだよ」

「俺は生涯一人の女しか愛さないと決めている」

「おお! こんな所にロシアンブルーがいた!」

「ロシアンブルー?」

「その一人の女が死んだらどうするんだよ。その後ずっと独り身でいるの?」

「え……急に重いこと言うなよ」

「お! 蓮も食い終わった? 一緒にゲームしようぜ!」

「うん!」


 俺たちはセンターテーブルの左側にあるL字のソファに固まってしゃべっていたが、慶斗が蓮と共に右側のソファに移動して行く。


 ……あのクズ、一瞬、すげー悲しそうな顔してたな……。


「ケイ、初恋の子を火事で亡くしてるんだよ。中三の時に」

「え?!」


 亮河が穏やかな口調で語りだす。


「家族でキャンプに出掛けて、疲れて片付けは明日でいいか、ってなったんだろうな。夜中にキャンプ用品から火が出て全焼。家族誰も助からなかった」

「げ……」

「ケイは受験が終わったら告白する! って言ってたんだよ。小学校の時からずっと好きだったけど、告白できない勇気のなさを認めないで受験を言い訳にしてたんだろうな。告白しなかったことをすごく後悔してた」

「後悔……」

「統基も好きな子がいるよな。比嘉さん」

「孝寿!」


 慌てて孝寿を睨みつける。好みドストライクな美しい顔で涼しい笑顔を返され、気まずく亮河に向き直る。


「いや、好きってか、好きだった、ってか」

「その様子じゃうまくいってないみたいだな」

「……その子が大好きだった人と付き合いだしちゃったんだよ。俺にはもう何もできない」

「統基、諦めることはいつでもできる。でも、よく考えろ。明日その子が死んでも自分は後悔しないのか」


 今、このまま何もしないでただ諦めるしかないんだって思い込んで、心から祝えないのに比嘉おめでとうって自分に言い聞かせて。俺は後悔しないのか。


「……絶対、後悔する。ごめん、俺ちょっと、集中する」


 スマホをポケットから出して、比嘉にメッセージを送る。頭を使って、必死になんとか彼氏のいる比嘉と会うための文章を考える。

 俺は今、思い出が欲しい。みんなとじゃなくて、比嘉と二人で、俺たちだけの夏休みの思い出。


 ペコンと通知が鳴る。画面をずっと見ていたから、即タップして確認する。

 明日空いてるよ、と返信が来ていた。良かった、明日、比嘉に会える。


「そんなに好きなんだー? 比嘉さんのこと。バカなのに」

「うっせえ! バカでもいいんだよ!」

「うーわ、怖! せっかくへこんでる弟を励まそうとそうめん食いながら特別ヒント考えてたのに」

「え? お前俺がへこんでるって気付いてたの?」

「統基の顔見た瞬間分かったよ。前と全然様子が違うからね。俺のデータ取得能力を甘く見るんじゃない」


 俺は普段通りにしてたつもりだったけど……コイツ鋭すぎねえ?

 そして、気になりすぎることを言った。


「特別ヒントって?」

「どーしよっかなー。このまま忘れちゃおうかなあー」

「じらしてんじゃねーよ! わざとらしい!」

「かっわいくねえな。忘れよ」

「お願い、教えて! 孝寿兄ちゃん! どうやったら比嘉を攻略できるの?!」


 こう言えば俺が下手に出ることが分かってたな、孝寿のヤツ。したり顔で笑っている。


「俺が前に出したヒントは覚えてるか?」

「ストーカーを利用しろ」

「よしよし。じゃあ、特別ヒントだ。運命的な出会いを作れ」

「運命的な出会い?」


 孝寿がうなずいてるけど、ちょっと待て!


「もう出会ってんだよ! 同じ高校のクラスメートっていう、一番オーソドックスな出会いをもうすでに果たしてんだけど?!」

「だから?」

「だから……時間を戻して出会いからやり直せってのか?!」

「あはは! お前タイムトラベラーだったの?」

「俺にどうしろってんだよ!」

「自分で考えろ」


 ストーカーを利用する。運命的な出会いを作る。

 うー……どっちも分かんねえ。これ本当にヒントなのか? 遠回しに無理だから諦めろって言われてるんじゃねえのか?!

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