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俺の兄貴たちの遺伝

 彼氏がいるのにあんなことをされて、怒った様子もなく嬉しそうだったんだけど。実際、嬉しかったって言ってたし。

 まさか、比嘉も天音さんと同じく男何人いてもいいタイプ? 嫌だそれ、比嘉に彼氏ができた以上にショックだわ。


 昨日、トイレから戻ると明らかに比嘉の様子がおかしかった。マラソン大会の時のように顔色が悪く、小刻みに震えているのを見て、肌着みたいな細い肩紐の白いキャミソール一枚であの冷房のよく効いたカフェにいるせいでまた腹が冷えてるんだと理解した。

 とりあえず近付いてみたら、比嘉の席は冷房直撃だった。腹が冷えに弱いくせにこんな席に座るなんてバカだろと思ったけど、冷房が原因なのが分かったからとりあえず壁になるのとひとまず冷え切ってるであろう肩を温めようとした。


 他の男が着てた服を着るなんて嫌がられるだろーなとは分かってたけど、俺も比嘉に着せられる服なんてあのパーカーくらいしかないから貸した。


 迷惑千万! と突き返されてもおかしくない。だがしかし、比嘉は笑顔でお礼を言って来た。


 どういうこと?!


 そう言えば俺、比嘉が彼氏の話してるの一度も見たことがない。この夏休みにもみんなで何回か会ってるけど、たぶん曽羽にすら彼氏ができたと告げてない。


 なんで言わないんだろ? 比嘉は周りに自慢できるルックスのいい彼氏が欲しかったのに。比嘉の性格的に自慢はしないまでも、彼氏ができた報告くらいは俺だって受けてもいいはずだ。


 もしかして、比嘉とあの男は付き合ってない?


 ……いや、それは考えにくい。

 ストーカーして一方的に見るだけでもあんなに嬉しそうだったくらい、大好きな男と千載一遇のチャンスがあったんだ。いくら比嘉でも何も言わないってことはないだろう。人見知りなだけに、あれがどれだけ大きなチャンスかは比嘉自身だって分かってたはずだ。


 えー、マジかよ。意外と女ってみんな天音さんみたいにいくら男いてもいいもんなの? ロシアンブルーみたいに一人だけを特別な存在にする女って実は希少種なの? まさかの絶滅種だったりする?

 ショックだわー……比嘉にはロシアンブルーのようにいて欲しかった……。


 もうすぐ夏休みも終わるってのに、何もいい思い出がない。この夏休みの間ずーっと鬱々とした沈み込んだものが心の中に常にある。


 リーンゴーン、と陽気な鐘の音にイラッとしながら玄関へ向かいドアを開ける。うおっ、ドアを開けた瞬間から外の熱気がすごい。

 背の高いホストが3人、強烈な負のオーラを発しながらグッタリした様子で立っている。


「暑い……」


 ゾンビか、お前ら。足を引きずるようにダラダラと玄関に入り込み、靴もあっちこっち飛ばすように脱ぎ散らかす。


「おい、母さんが嫌がるからちゃんと揃えろよ」

「知るか! お前がやれ、弟!」


 慶斗が牙をむきだす勢いで言い捨て、リビングへと入って行く。あのクズ! ムカつく! 相変わらず汚ったねえ金髪しやがって!

 かと言って母さんにこの状態を見られるのは良くないので仕方なくデカい靴を揃えていく。なんで俺が兄貴たちの後始末をせにゃならんのだ。


 リビングに入ると、このクソ暑い中でも黒いスーツをビシッと着こなしたビジネスマン風の亮河、ショッキングピンクのTシャツハーフパンツの慶斗、アロハシャツに短パンの悠真がソファでゲームをしていた蓮を取り囲んでいる。


「あー、生き返った……」

「涼しいー! 夏はやっぱり家の中に限るな! 蓮!」

「お兄ちゃんたち、暑い中来てくれてありがとう。ボクお兄ちゃんたちに会えてうれしいなっ」

「かわいいー!」


 慶斗が蓮をギューッとハグし、亮河と悠真もさっきまでとは別人のようにほっこりした笑顔を浮かべている。すげーな蓮、あのゾンビ共を一瞬で蘇生させやがった。


「蓮、前に食べてみたいって言ってた銀座の有名店のチーズケーキ買って来たんだ。冷蔵庫に冷やしておくから後で一緒に食べようね」

「やったあ! 本当に買って来てくれるなんて思ってなかったよ! ありがとう、亮河お兄ちゃん!」

「どけ! リョウ! 蓮、俺前に蓮がテレビで見たって言ってた北海道の牧場特製一個4500円の牛乳プリン買って来たよ。二個あるから一緒に食べような!」

「すごい! 北海道まで行ってくれたの?! 感激だよー、ありがとう! 慶斗お兄ちゃん!」

「どけ、ケイ。蓮、前になごやん検索してたから食べたいのかと思って名古屋行って買って来た。食べる?」

「食べる! 見られてたんだー、恥ずかしいなっ。でも、すっごくうれしい! ありがとう、悠真お兄ちゃん! みんなで食べようよ!」


 うちのリビングにはテレビの前のガラス製のデカいセンターテーブルを中心に、左側に3人掛けのL字のソファ、テレビの正面と右側に同じソファのI字のものが置かれているのだが、蓮の定位置テレビの正面のソファに全員集結してなごやんを食いだした。


 いやいや、蓮のヤツ完全にホスト共を意のままに操ってるじゃん。自分が食いたかったものを見事に献上させている。


 リーンゴーンとまた鐘の音がする。ドアを開けると、さっきのホスト共と同じくグッタリした孝寿がなだれ込むように玄関に入って来る。


「暑い……」

「どいつもコイツも暑いくらいで情けねえ。どんだけ暑さに弱いんだよ、ホッキョクグマか」

「お前、そんなこと言ってられんのは今の内だぞ。二十台になった途端、急にすっげー暑さに弱くなったの。お前くらいの頃は真夏でも平気でサッカーやってたのに」

「その顔でサッカーとか想像つかねえな」

「これほどの美形で頭はいいしサッカーまでうまいとか半端ないだろ。それが俺」

「でも弱ってる今の孝寿ならぶっ殺せそうかな」

「今の発言すらも後悔させてやるよ、統基」

「嘘です、ただの冗談です、お兄様」


 孝寿の眼光鋭さはまさに目で殺す勢いだ。目つきが悪いレベルの俺とはジャンルが違う。下手なことは言わんでおこう。


 そう言えば、親父も極端に暑さに弱い。遺伝か。俺も二十台になったらこんな暑さに弱くなるんだろーか。


「ソファのヒンヤリが気持ちいいー!」


 孝寿がソファに突っ伏して手足をバタバタさせて叫んでいる。


「孝寿も暑さに弱いのか。若く見えるけど二十歳超えてるんだな」

「これ絶対遺伝だよな。マジで二十台になった途端来るんだよ」

「統基も二十歳になったら仲間入りだ」

「ウェルカム! 地獄のサマータイム!」


 兄たちが口々に遺伝について語っている。おい、お前ら、そんな話を蓮の前でしてたら……。


「じゃあ、ボクも二十歳になったらお兄ちゃんたちみたいに暑さに弱くなるのかな?」


 天使のような笑顔で俺を見上げて蓮が尋ねる。ほら! お前らがそんな話するから!


「大丈夫大丈夫、蓮は一切血が――」

「そう! 孝寿の言うように大丈夫だ! 蓮が二十歳になるまでに兄ちゃんが暑さに負けない魔法か薬を発明してやるから!」


 隙あらば蓮が俺たちと血のつながりがないことをバラそうとするな、孝寿は! 油断ならんヤツめ!


「ほんと? 良かったー、ボク海が好きだから暑さに弱くなったらイヤなんだよね」

「俺に任せておけ! 蓮が寝てる間に魔法かけとくから! 蓮が知らない内に遺伝なんか消しといてやるから!」

「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」

「おおー、蓮に遺伝しないことが不自然じゃないようにうまいこと言ったなー」

「お前は黙って寝てろ! もうしゃべんな!」

「俺そういう高圧的な態度嫌いだって言ったよね? れーんー」

「俺が悪うございました! お願いだからお口チャックして!」


 この俺がこれほどまでに振り回される人物は孝寿くらいだ。コイツとは完全に相性が悪い!

 涼しい室内にいるのに汗びっしょりになっていると、ガヤガヤと玄関から人がやって来る気配がする。


「おー、全員そろってるな。よし、始めるか!」

「おせーよ! 親父!」


 やっと本題か……。ここまでですでに俺グッタリなんだけど!

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