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俺と線香花火

 夏休みが始まった。と同時に、天音さんと土曜日に会うようになった。

 バイトでも気まずくならないかちょっと心配もあったけど、さすが相手は大人、高校生に変な気を使わせるようなことはない。まあ、最初にホテルに行った時の記憶が全くない俺と違って天音さん的には何も変わってないんだもんな。

 むしろ、ちょっとした頼み事なんかもしやすくなって仕事がやりやすくなった。プライベートで仲良くなると仕事にもプラスになるんだな、と発見した。


 待ち合わせの大型何でも屋の前で待つ。まだ誰も来てないな。


 あー、比嘉に会うのは一週間ぶりか……。いっそ、会わない方が気は楽なんだけど、どうしてか会いたい気持ちが募って行く。


 欠点も4つで済んだし、比嘉は毎日楽しくラブラブな夏休みを過ごしてんだろーなあ。大学生も夏休みあるんかな。

 あの男、大学あってもコンビニでダラダラ店員としゃべってたりヒマそうだったから、比嘉と付き合うようになって生活が一変したかもな。


「入谷! 入谷!」


 ふと気付くと、比嘉が笑顔で俺の顔の前で手を振っている。


「うお! 来てたんか!」

「全然気付かないんだもん。何を考えこんでたの?」


 お前とお前の彼氏がラブラブしてんのを想像してたんだよ、とは言えない。


「お前また、すげーカッコしてんな……」


 かわいい……。前に学校が急遽休みになった時の私服はすっげー斬新なコーディネートだったくせに、今日は肩にかかる程の大きなフリルの襟が特徴的な白いノースリーブのシャツに白いロングスカートで真っ白だ。

 めちゃくちゃ清楚でどこぞの令嬢みたいな雰囲気まである。コイツ、白が超似合うな。


「友達と遊びに行くって言ったら、これ着て行きなさいってお母さんが買って来てくれたの」

「友達と遊びに行くだけで新しい服買ってくるのかよ! 過保護にも程があるな」


 充里と曽羽も合流し、花火を買い込んで順調に暗くなっていく中公園に到着。すでにクラスメートも集まっている。

 言い出しっぺのくせに遅れて最後にやって来るとはさすが自由人。もうみんな充里が自由人だと分かってるから誰も文句も言わない。


「もうみんないるんだー」

「集合時間過ぎてるだろうが!」

「全くもー、充里だから仕方ねえなー」


 この風潮が俺ダメだと思うんだ。充里だから、が通用してしまう風潮が。


 それぞれ好きに花火に火をつけていく。うん、夏はやっぱり花火だな。蚊がいたら焼こうとすると逃げられるが、蚊よけにもなる。


「下野! 私も一緒にやっていいー?」

「うん! いいよ。花火楽しいね!」


 今日の恵里奈はいつにもまして気合が入った頭をしている。右側はグルッと編み込まれていて、左側の高い位置でポニーテールにし、更に少し編まれてリボンで結ばれ、毛先はクルンとカールしている。すげえ、もはやどうやってるのか訳分かんねえ。


 好きな女子に彼氏ができても前向きで、度を越えて性格のいい下野の周りには男女問わず人が多い。女子カーストトップの三人組のひとり、恵里奈が先に下野と花火をしていた優夏と下野の間に入って行く。

 優夏と恵里奈は共に下野を狙っている。


 女の闘い、ファイッ!


 こっちでは、幼馴染の阪口と釘城と、阪口と仲がいい杉田が三人固まっている。ピンクの髪を結いあげて紺地の大人びた浴衣姿の釘城の美少女っぷりはすごい。いいなー、俺もあんな幼馴染が良かったなー。


「その浴衣……」

「べっ、別に、トモがかわいいって言ってたから買った訳じゃないから。これ私に似合うなって思ったから買っただけだから!」

「うん! シーリエが着たら絶対かわいいと思ったんだ。すごく似合ってるよ、シーリエ!」

「えっ……あ、ありがとう……」

「なあ釘城。和服の下はノーパンノーブラってマジ? ちょっとめくっていい?」

「いい訳ないだろ! 手を離せ! 杉田!」


 うん、エロ杉さえいなきゃいい感じだったな、あの二人は。杉田が邪魔でしかない。


 うーん、後は……あ、一人でポツンと花火をする細田の元に火の付いていない花火を手に大知が駆け寄っている。細田の花火から火をもらう大知にさりげなく近付いてみる。この二人でいっか。


「細田のこと、莉奈ちゃんって呼んじゃダメかな?」

「莉奈ちゃんだと?! そんな、お前たちと同じ弱い人間のような呼ばれ方は心外だ! ボクはただの人間ではない! ボクを呼びたいならばオリジナリティのある呼び名にしろ!」

「オリジナリティ? え、えーと、りなっちは?!」

「却下だ! 莉奈が強すぎる!」

「ええー、じゃあ、リナティ!」

「莉奈の時点でもうただの人間っぽいから却下だ!」

「莉奈が入るとダメなのか。ナティならどうだ?!」

「ナティ! いいじゃないか! 暗黒の支配者トデュースにも負けぬ名だ!」

「ナティ、俺のことも大知って呼んでくれないかな?!」

「断る! ボクは人間と馴れ合う気はない! なぜならこの戦いに人間を巻き込まないために! 暗黒の支配者トデュースは強い。とてつもなく強い……一般人を巻き込んでしまっては被害者が出るだろう」


 中二病キャラに憧れわざわざ中二病ってる細田は今、悪の支配者と戦っているらしい。なんで大知はあんな重症患者かっこ笑て付けたくなるような女がいいんだろ。たしかに顔はかわいいけど、話が通じなさすぎる。かわいいだけに残念だ。細田がめんどくさいからやっぱやめとこ。


「あっ、あの……良かったら、一緒に花火していい?」

「ん?」


 ああ、那波か。イメチェンして制服はかわいく着崩すようになってるけど、私服にまでは気が回らないらしいな。花火大会だってのに、魔女みたいな黒一色のポンチョのようなワンピースを着ている。いや、これはこれで似合ってるしアリか。


「うん、いいよ。那波はさー、クラスの中にはいいなーと思う男いないの?」

「えっ」

「ダンサーの方は俺にはどうしようもないから自力で落としてもらうしかないけど、クラス内なら俺協力するよ」

「だから、落としたいダンサーなんていないんだってば!」


 那波がダンサーを好きでイメチェンしたことは分かってんだけど、俺、自分が比嘉にできることが何もなくなっちゃったもんだから人の世話を焼くしかないんだよね。さっきから周り見回してるけど、女の闘いに介入するのは野暮ってもんだし阪口と釘城は杉田さえいなきゃほっといてもいい感じだから世話焼く必要ないし、細田と話すのはめんどくさいから大知にがんばってもらうしかないし。


「もう! なんでダメなの?!」

「だって、普通に暑いよ」

「充里なんて曽羽さん抱きかかえて花火してるのに!」

「充里がいいなら充里と付き合えばいいだろ!」

「私は充里じゃなくて琉星くんと腕組みたいの!」


 突然すぐ横でケンカが始まった。

 ……世話焼けないやつだな、これは……。真鍋と結愛だ。大方、乙女な結愛は暑い中でも真鍋と腕を組みたいが真鍋はそんな結愛にうんざりしてしまっているんだろう。


「もういい! 琉星くんのバカ!」

「熱!」


 結愛が火のついたままの花火を地面に投げ落としたものだから、火の粉が真鍋の足にかかったらしい。


「大丈夫?!」


 バシャッとすぐ横にいた那波が足元にあった消火用バケツの水を真鍋に頭からぶっかける。


「おい! 頭はいらねえだろ! 足だけでいいんだよ!」

「あ! ごめん、慌てちゃって」

「あーあ、Tシャツがびしょ濡れだよ……」

「ごめん、真鍋。これ着て」


 真鍋が濡れたTシャツを脱ぐと、那波もポンチョを脱いだ。一瞬びっくりしたけど、ポンチョのようなワンピースかと思ったらポンチョだったらしく、中にえらいスポーティなタンクトップとショートパンツを履いていた。ポンチョを脱いだら魔女からマラソンランナーに変身したかのようだ。


「いや、いいよ、上半身くらい裸でも」

「でも、私のせいだし」

「いくら男でも上半身だけでも裸でうろつくのはどうかと思うよ」

「あ、じゃあ、お借りします」

「どーぞどーぞ。商店街のもったいない屋さんで買った安物ですが」


 その情報いらねえだろ。イメチェンして見た目はかわいくなったけど、やっぱり中身はまだおかしな所がある。


「あ、クリーニングして返すから」

「いいよ、普通に服着たら返してくれれば」

「あ、じゃあ服着たらこれクリーニング屋に持ってくから」

「じゃあ、私がクリーニング屋さんになるね」

「そうだね、それで解決だね」


 訳が分からん。那波ワールドに急速に引っ張られている真鍋を無視して、しゃがみ込んで線香花火に火をつける。


 比嘉も線香花火を手に持ってその小さな火花を見つめているのが見えた。


 キレイだなー。真っ白い服がキャンバスみたいで、線香花火がすごくキレイだ。ポトリと小さな火の玉が落ちると、しんみりと地面を見つめて、また新しい線香花火に火をつけた。


 うん、分かる。線香花火ってなんかセンチメンタルな感じある。儚いんだよ。

 他の花火に比べて勢いもないし単調だし正直何がおもしろいのか分かんない。でも、それがいいんだよ。


 自分の手元の線香花火の玉から放たれる火花もみるみる弱く小さくなる。

 この丸いのが落ちたら――落ちた……終わりだ。落ちた火の玉はすぐさま熱を失う。


 ……俺も終わらせなきゃな。


 比嘉はもうあの男のものになってしまったんだから、今更俺にできることはない。

 毎日毎日バカみたいに比嘉のことを考えてたから熱がこもってるだけで、比嘉への思いも手放してしまえば案外あっさり忘れられるのかもしれない。


「入谷って、線香花火が似合わないね」

「え?!」


 声に顔を上げると、比嘉が笑って俺を見下ろしていた。


「もっと勢いのある、シャーッて出る花火の方が入谷っぽい」

「俺、線香花火じゃなくていいのか?!」

「え?」


 女神の降臨に思わず立ち上がって比嘉の手を握っていた。真っ赤な顔になる比嘉に俺の熱が戻りかける。


「な、何の話?」

「あ、俺なんか自分と線香花火を重ねちゃってたから、つい」


 比嘉が首をかしげつつも、俺に一本の線香花火を差し出す。


「はい、新しい線香花火」

「新しい線香花火だと?! 俺が新しい線香花火なんかに飛びつくと思うのか! お前俺をそんな軽い男だと思ってたのか!」

「さっきから何なのよ!」


 あ、俺なんか自分の恋心と線香花火の先っちょを重ねちゃってたから、つい。


「あ、あの、入谷。私、来週ずっと予定空いてるんだけど……」

「ずっと?」


 あのプリンスイケメン、相当忙しいのかな。そうは見えんかったが。彼女一週間もほっぽらかすとか何考えてんだ。


「統基、比嘉、次の次の水曜日ひまー? 親父から日にち指定のサービス券もらったからさー、4人で映画観に行かねえ?」


 充里と曽羽がニコニコとやって来る。俺はいつ指定されてもヒマだけど……。


「行く! 次の次の水曜日ね」

「あ、俺も大丈夫」


 嬉しそうに比嘉が安請け合いしている。コイツは一切彼氏の予定を聞かずして自分の予定埋めてるけど、付き合ってるくせにそれでいいのか?

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