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私がこの街へ来た理由

 パパとママに挟まれ、ソファに座ってテレビに映る自分を見る。他の人がほとんど映ってないから、映像を見てクラスメートの顔を覚えようと思っていたのに誰ひとり認識できない。

 今日みんなと遊びに行けなかった分、フォローしたかったのに。


 明日学校に行ったら、愛良にも充里にも新しい友達ができていて、また私はひとりぼっちになってしまうんじゃないかしら。


 やっぱり、みんなと遊びに行けば良かった……。


 ううん、大丈夫よ。私は愛良と充里というせっかくできた友達を離しはしない。そう、信じなきゃ。私ならできる、私ならできる、私ならできる。


 だって、私はあの人のように友達に挟まれるためにこの街にやって来たんだもの。こうしちゃいられない、あの人を探しに行こう!


「終わったわね。じゃあ、私散歩に出かけてくるわ」

「叶ちゃん、前はずっとお部屋にこもっていたのに、こっちに来てからはすっかり体の調子も良くなってうれしいわ」

「え……ええ、今私、すこぶる元気だからお散歩したくてしょうがないの」

「引っ越してきて良かったよ。叶、出かけるなら、スマホを持って行かないと」

「あ、そうね。ありがとう、行ってきます」


 パパ、ママ、ウソついてごめんなさい。心苦しくて急いで家を出ようとスマホをポケットに入れた。


「叶、何か明日からの授業で必要な物とかないかい? 買って来ておくよ」

「大丈夫、全部すでにそろえてもらってるから。行ってきます」

「叶、知らない人に声を掛けられたら、すぐにパパに電話するんだよ」

「分かったわ。行ってきます!」


 叶……とまだ何か言ってる気もするけど、もういいだろうと家を出る。


 目的地は、長い長い時間を費やして特定した、あの人が立っていた場所。

 ここに立つだけで心が躍る。だって、8年前にここにあの人はたしかにいた。

 


 あれは、私が小学校3年生になったばかりの頃だった。


 その日私は、クラス替えを機に小学校でがんばってお友達を作ろうと勇気を出して盛り上がってる男女のグループへと近付いて行った。なかなか声を掛けられない私の前で、会話が続いていた。


「大人みたいな顔してるから仲良くできる気がしないんだよね」

「そうなんだよ。あんな美形な人と話すなんて、緊張しちゃって無理無理」

「顔が整いすぎてて、見てたらいるのかいないのか分かんなくなってくるんだよお」

「お人形さんよりもっとキレイな顔してるんだもん、友達になんてなれないわ」

「かわいいじゃないんだよね。かわいいを通り過ぎてる。あんな子見たことない」

「あ、あの、えっと、何の話?」


 思い切って声を振り絞った私を見て、クラスメートたちは慌てた様子で互いに顔を見合わせて、いや、あの、何でもない……と消え入りそうな声で言った。


 ああ、仲良くできる気がしないって、友達になれないって、私のことだったんだ……私は黙って自分の席へ戻った。


 帰り道、涙をこらえきれずに、しょっちゅう目をこすりながら家路を急いだ。早くおうちに帰りたい、その一心だった。


 ひとりの友達すらできなくて放課後ヒマな私は、授業が終わるとママがまだお仕事でいない家に帰って録画されているバラエティ番組を見るのを楽しみにしていた。


 学校では誰とも話さない。笑うことなんてなかったから、笑いたかった。

 でも、その日はとても笑う気にもなれず、ただ楽しそうなテレビの中の人たちを眺めていた。


 彼は、街紹介のインタビューを受けて突然画面に現れた。

 色素の薄そうな茶髪に、フワフワのネコッ毛。色白で上品な顔立ちをした少年だった。


「まあ! 見てください! とっても美しいお子さんを見付けちゃいましたよー! 大人っぽい! なんて美形なんでしょう!」


 興奮気味のインタビュアーに、照れたような笑顔を返すその子は、本当に美しかった。その両隣にいた男の子と女の子も、カッコ良かったしかわいかった。

 3人、とても仲が良さそうで、すごくうらやましいと思った。


「顔が整いすぎてて現実味がないくらいでしたね! あんなお子さん初めて見ましたよ」

「ほんと! 大人みたいな落ち着いたキレイな顔しててねえ。成長が楽しみです!」

「追跡調査してくださいよ! あの美形の子供さんがどんな大人になるのか見たいですー」

「それまでこの番組が続いてるかどうかよね」


 あははは、とスタジオで話しているMCさんたちの会話を聞いて、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。録画を巻き戻し、今度は集中してじっくりと見た。


 やっぱり……この人は、今日の私と同じような単語を言われている。なのに、この人は友達に挟まれている。私にはたったひとりの友達すらできたことがないのに。


 何が違うんだろう、私とこの人と。

 この人に会ってみたい。


 大きな衝撃と同じくらい、私は彼に強い強い憧れを持った。彼のように、私も友達に挟まれてみたい。友達がほしい。


 クラスメートたちに拒絶されて、すっかり折れていた心が彼のおかげで持ち直した。


 録画を見直すと、そのインタビューは何とか県の聖天坂(しょうてんざか)という街を紹介したものだった。


 その日から私は、心臓が痛いー! と両親の前で必死の仮病を使い、

「聖天坂総合病院に名医がいるらしいの。パパ、聖天坂の近くに転勤して、引っ越して!」

 と懇願した。彼に会いたい一心で。彼をどうしても、この目で見たくて。


 普段、私がパパやママにお願いをすることなんてない。私が欲しいと思うよりも前にいるかどうか聞かれる。

 初めてすがりついて頼み込んだ私の姿を見たパパは、張り切って転勤希望を出してくれた。けれど、企業というものはそう簡単には動いてくれないらしい。


 やっと、転勤が実現し、聖天坂のほど近く、下山手に越してきたのがこの4月だった。

 小3のあの日からずっと、私はヒマさえあれば毎日タブレットのストリートビューとにらめっこして、背景に移り込んでいた看板から彼がインタビューを受けていた場所を特定した。


 こちらに引っ越して来てから毎日通っているけれど、いまだ彼を見付けるに至っていない。

 ひと目、友達に挟まれている彼を見たい。もしも見ることができたなら、大きな勇気をもらえそうな気がするの。


 絶対に、憧れの彼を見つけ出すんだ! 見つけるまであきらめない!

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