私たちの勉強場所
入谷と幼馴染さん、何を話してたのかしら。校舎に入る前に、中庭に立って昨日の二人の姿を思いだす。
付き合うとか何とか、言ってたと思うんだけど……入谷と幼馴染さんが付き合うってことはないわよね。だって、幼馴染さんが付き合ったら入谷がエサをくれなくなるって教えてくれた張本人なんだもの。
「比嘉! 今日からテストが始まる。余計なことは考えず、勉強の成果を出すことだけを考えるんだ。いいな?」
「入谷……」
昨日、幼馴染さんと何を話していたのかしら。
「比嘉! いらんことを考えるな。今は告白の返事とかすっかり忘れてテストに全力投球だ!」
「あ、テスト……そうね、テストを乗り切らなきゃ」
そうだわ、幼馴染さんのことは気になるけど、欠点が5つ以上あったら二年生になれないんだった。いつの時点で欠点が5つあったらアウトなのか分からないから、一度もないのが一番安心だ。たぶん三学期のテストの話だとは思うけど、この学校ちょっと変な所があるから油断ならない。
テスト初日は、数学と現代文だ。どちらも苦手……ううん、私はどの教科だって苦手だ。入谷と一番勉強したのが数学なんだから、きっと大丈夫! 私ならできる、私ならできる、私ならできる。
いざテストが始まると、正直分かる問題と分からない問題と半々くらいかしら。あれだけ勉強したのに、やっぱり公式が合ってるのか不安になってきた。
テストが終わると、入谷がシュバババッと机の間を縫って走って来る。
「どうだった?!」
「たぶん欠点は取ってないと思うわ」
「え?! あれだけ勉強してその程度? 俺100点の可能性すらあるんだけど」
それはすごいわね。入谷ってどうしてこの下山手高校に来たのかしら。私はパパの転勤が決まって住居を決める際に、親が近辺の高校について調べた。そして、下山手高校なら合格できるかもしれないと希望を持って下山手に引っ越して来た。
学校から家までが遠いと通学時間がかかって事件や事故に遭う可能性が高くなるから、と売りに出ていた中で一番学校から近かった家が今のおうちだ。
現代文は、漢字はたぶん大丈夫。記号選択問題もひらめきが冴える。書かなきゃいけない問題は問題文の意味すら分からないので適当にマスを埋める。何を書いて欲しいのかしら、この問題さんは。
「どうだった?!」
「……たぶん……たぶん、欠点は取ってないと思うわ」
「数学よりは自信がないんだな」
「私にないものなんてないわよね」
「謙虚さ」
「統基! 比嘉! 俺いい勉強場所確保したんだよ。一緒に行こーぜ!」
「お! ありがたーい。俺も今日からバイト休み取ってるから、時間ならいくらでもある! ビシバシティーチャーすっぞ!」
バイト……何だっけ。何か居酒屋さんでバイトしてるって言ってたわね。
勉強もしなきゃいけないのは分かってるんだけど、いつもよりも早い時間ならあの人とお友達の三人がそろうんじゃないかとソワソワしてしまう。
テレビで見た光景のように、あの人が友達に挟まれている姿をこの目で見たい。
充里が聖天坂に向かって歩いて行く。その後ろを私と愛良と入谷がついて行くのだけれど、入谷が途中からキョロキョロと周りを見回し、なんだか汗をかいていく。
「どうしたの? そんなに暑い?」
「あ……あー、今日暑いよね」
「そうかしら」
昨日の方が暑かったと思うけど。まあもう7月だから、暑いのはたしかだわ。
「ここ、ここ」
「マジかよ!」
充里が「創作居酒屋ひろし」と大きな木の看板を掲げるお店の引き戸に手を掛けると、入谷が大声を出した。
そのまま引き戸が開けられる。階段とカウンターが見えて、カウンターの中から優しそうなメガネを掛けた男性が微笑んでいる。
「待ってたよ、充里くん。……あれ? 入谷くん?」
「お……おはようございます、店長」
「あ! 統基がバイト始めたのって田中さんの店だったんだ?!」
「充里くんと入谷くんって友達だったんだね。知らなかったよ。いやあ、世間は広いようで狭いなあ」
男性が朗らかに笑っている。
お座敷に大きなテーブルが3つ並んでいる内の一番奥のテーブルに案内される。
「充里くん、まだお昼ごはんには早いよねえ?」
「腹減ってるから俺は食えるけど、曽羽ちゃん、どう?」
「私もおなかすいてるなあ」
「比嘉は? 食える?」
「ええ、食べられるわ」
「あ、お、俺も大丈夫っす!」
へえ、入谷が敬語なんて変な感じだわ。敬語って言うか、体育会系の部活の後輩みたいだけど。
店長さんの姿が見えなくなると、入谷が充里に詰め寄った。
「なんで充里が店長と知り合いなんだよ!」
「俺の親父と田中さんが飲み仲間なんだよ。親父が俺が勉強しないって愚痴ったらさ、平日だったらヒマだからここで勉強したらいいって言ってくれて。メシ付きだって言うからさ、俺田中さんの料理めっちゃ好きだから食いに来ようと思って」
「たしかに、店長の作るメシ超うまいけど!」
入谷が時計を見ている。現在11時25分ってところね。
「なあ、店の開店準備までには帰るよな? それでも5時間は勉強できるから十分だろ!」
「俺らは十分だけど、比嘉は5時間で足りるの? 明日は3教科あるよ」
「うー……比嘉は大丈夫じゃねえか……」
入谷は早く帰りたいのかしら? 私も早く終わったらせっかく聖天坂に来たんだし、あの人の姿を待ちたいわ。
「いいわよ。私4時には帰るわ」
「ちょっと待て、お前どこに行く気だ」
「コンビニ」
「いや、やっぱり比嘉は5時間じゃ足りねえ。俺が家まで送るから、しっかり勉強しよう!」
「でも私、門限が6時なんだけど」
「お前6時過ぎてもうろついてるじゃねーかよ!」
なんで門限は6時だけどママが帰って来るのは7時半頃だからギリギリまであの人を張ってることを知ってるのかしら。
ああ、そう言えば一度だけ7時頃に学校の前で入谷と会ったことがあったわね。
「あの時は、ちょっと用事があったものだから」
「今日もいいだろ」
「でも、ルールはルールだから守らないと」
「全く、お前は……分かったよ、6時でいいけど、俺が家まで送って行く」
「遠回りなのに」
「いいの! 彼氏になった時の予行練習だから!」
彼氏……!
私が入谷を好きだというこの思いを伝えたら、入谷が私の彼氏になる。
彼氏って、愛良にとっての充里。愛良にとっての充里って、いっつも愛良にくっついてて距離がすごく近くてしょっちゅうハグして……。
入谷が彼氏になったら、私も入谷にハグされたりするのかしら。考えるだけで、顔が燃える。
「お待たせー」
「おー、うまそうー!」
「すみません、店長。いただきます」
「いただきまーす!」
親子丼かしら。半熟状態の卵がすごくおいしそうだわ。
あら、今まで食べてきた親子丼とは何かが違う。たしかに親子丼なんだけど、鶏肉をかんだ時に出てくる味は初めて味わう。卵もこれ本当に卵なのってくらい、フワフワでおいしい。上に載っているネギとのコントラストが効いていてとてもおいしい。
「すごい、すごくおいしい」
「だろ! 店長のメシ超うまいんだよ! 俺バイトに来てるってか、まかない食いに来てるから」
「あはは! 嬉しいなあ。しっかり食べて、勉強がんばってね」
「ありがとうございます!」
おいしすぎるごはんに興奮状態で、4人の声がそろう。
小食らしい入谷も同じくそんなに食べられない私も、異例の早さで完食してしまった。充里はよく食べるとすでに知られているようで大きな丼だったけど、あっという間に食べてしまう。
「うまいメシ食ってテンションMAX! やるぞ! 比嘉!」
「うん! 今ならいくらでも頭に入りそうだわ!」
「じゃー、まず古文から!」
「うん! やりましょう、古文!」
いくらでもやれそうな気はしたんだけど、いざ問題集を開くと全くシャーペンが動かない。だって、まるで分からないんだもの。
古文が得意な愛良にも教えてもらうけど、
「だいたい、かきくけことさしすせそとなにぬねのだよ」
と何を言ってるのかまるで分からない。古文、難しすぎる……。
必死に動詞の活用なるものを覚える。いえ、覚えようとはしている。
「覚えたか? 比嘉」
「たぶん、たぶん覚えた」
「お前さては、たぶんって二回言う時は自信ねえんだろ」
入谷が渋い顔をしていたけれど、引き戸が開いてキレイな女の人が入って来ると慌てているように見える。
「おはようございまーす」
「あ! あ、おはよう、天音さん」
「あれ? テスト中だから休みなんじゃなかったの?」
「コイツが勉強しないからって、店長がこのテーブル使っていいって言ってくれて使わしてもらってんの」
「そうなんだ? 勉強がんばってね、統基」
優しく笑って女の人が階段を上っていくと、笑顔を返していた入谷がフー、と息を吐いた。また汗びっしょりだけどどうしたのかしら。
「バイト始めたばっかなのに、統基あのお姉さんとえらい仲良くなってんのな」
「まるで一線を越えたかのような雰囲気だったねえ」
「ばっ……ただの先輩後輩として多少仲良くさせてもらってるだけだよ! 変な言い方すんな!」
先輩かあ。優しそうな人だったわ。店長さんもすごく優しそうな人だし、このお店いいわね。
「比嘉、もう5時だからそろそろ帰るか!」
「え? ここから家まで1時間もかからないけど」
「30分くらいはかかるだろ! 30分前行動だよ! じゃーな! 充里、曽羽、また明日!」
「また明日~」
初めて聞く単語で押し切られ、店の外へと出る。
「なあ、夏休みに二人でどっか行かね?」
「えっ、二人で?」
「イヤ?」
「えっ……ううん、イヤじゃない」
どころか、嬉しい……。なんか……なんか、デートみたいじゃない?!
「よっしゃあ! 楽しい夏休みを迎えるために、テストがんばろーな!」
「うん!」
わあ、同級生と出かけるなんて初めてだ。しかも、入谷と……嬉しい。ものすごく嬉しい。
「なあ、比嘉」
感激していたら呼ばれたから、入谷を見上げるとものすごく穏やかな笑顔を浮かべていた。入谷っぽくなくて、ドキッとする。
「どうしたらお前が俺のこと、好きになる?」
もうすでに入谷を好きな私には答えられない質問をされた。返事に困ってしまう。
「分かんねえか。俺もなんでお前を好きになったのか、コレって一個がある訳じゃねえもんな」
……私も……どうして入谷をこんなに好きになったのか、何かひとつがある訳じゃない。でも、今また更に好きになった。どうしよう。もう、底が知れなくて怖いくらいに好き。入谷と過ごす一秒一秒ごとにもっと入谷を好きになる。
私、やっぱり入谷にこの気持ちを伝えたい。でも、幼馴染さんがせっかくアドバイスくれたのに無視をするなんて、申し訳ない……あ、そうだ!
私はテレビで見たあの人が友達に挟まれてる所を見たくてこの街にやって来た。私にとって、入谷の幼馴染さんの言葉よりも彼の存在は重い。
あの人が友達に挟まれてる姿を見たら、入谷に私の思いを伝えよう。




