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俺とセクハラ男

 開店準備はだいぶ覚えたかな。基本掃除やセッティングだからやるべきことが分かりやすい。

 ただ、店がオープンして客が入るとまだ不慣れだと認めざるを得ない。接客ってなかなか慣れない。


「入谷くん! 笑顔! 笑顔!」

「あ、すんません」


 テンパってきちゃうと笑ってる場合じゃねえんだよ。俺のキャパシティは激せまだからさあ。


「統基、テーブル2番さんのビールついでに入れるから、こっちの梅チューハイも作ってくれない?」

「分かった。梅ね。はい」

「ありがと。はい、ビール」


 今いる客は三組だけだが、なぜか一斉に注文が入ってテンパって一気に終わる。ふう、ホールを天音さんに任せて皿を洗いながら一息つく。


「すごく橋本さんとのコンビネーションがいいね。もしかして、君たち早くも付き合ってる?」


 店長が笑顔で焼き鳥を焼きながら尋ねてくる。びっくりして目ぇひんむいちゃったよ。


「付き合ってねえません!」

「そうなの? なんか下の名前で呼び合ってるし」

「それは、その……俺にもよく分かんないけど、断固として付き合ってませんから!」

「そんなに慌てなくても、この店別にバイトさん同士の交際は禁止してないよ」

「それは知ってるっす。工藤さんが有田さんと付き合ってるって聞きました」

「バイトさん同士の出会いの場にもなるのは僕も嬉しいんだよ。僕自身も学生時代のバイト仲間と結婚したしね」

「お気持ちはありがたいけど、俺と天音さんは付き合ってません!」


 すっげー誤解が生まれかけてるじゃねーか! あー、びっくりした。

 無事に否定できたことに安心していたら、天音さんが空いた皿を運んで来た。


「やだ店長、そういうこと言うのやめてくださいよー。私働きにくくなっちゃうタイプなんですからー」

「ああ、そうだったんだ。なるほど、そういうことね。ごめんごめん。僕も奥さんが7つ年上の年の差カップルなんだよ」

「おんなじですねー」


 なるほど? どれほど?

 何がなるほど?

 年の差カップルって……え、まさか、俺と天音さんは付き合ってるけど天音さんが働きにくくならないために俺が付き合ってないって言ったと思われてる?!


 なーにがおんなじですねーなんだ、このおねーさんは! 適当なこと言いやがって!


「違う! 俺、彼女いない歴年齢の男なんだから!」

「え? そうなの? 入谷くん、モテそうなのに」

「モテるのに彼女いない歴年齢の男なんです!」

「あはははは! なんでそんなカミングアウトしちゃうの」

「あ……」


 大声で彼女いたことない宣言をしてしまった。恥っず……。


「彼女いない歴年齢の統基くーん! ビールおかわりー」


 客たちから爆笑が起こる。う……天音さんのせいだからな!

 キッと睨むと、天音さんは嬉しそうに笑う。俺の目つきが悪いと言われる目も大人には通じないのか。


「ほら、統基ビールビール!」

「うっせー、分かってるよ!」


 あはは! とまだ笑ってる天音さんに見守られながらビールを入れる。


「はい! 持ってって! テーブル1番さんね!」

「はーい」


 天音さんがビールを持って行くと、店長が焼き鳥を皿に並べながら微笑ましく俺を見た。


「いいカップルになると思うよ、君たち」

「なりませんから!」


 焼き鳥をひったくるように店長の手から奪い、ホールへと出て行く。


「焼き鳥お待たせしました!」

「うちら頼んでないよ」

「え?!」

「こっちだよ、統基!」


 俺はテーブル3番さんに持って行ったが、天音さんが1番さん横から手招いている。

 また客たちから笑いが起きる。


「統基くんには姉さん女房がちょうどいいなあ、こりゃあ」

「やだもうー、そうかなあー?」

「こんなキレイな姉さん女房なんて羨ましいよ」

「ほんとだよ。彼女いない歴年齢の統基くんにはもったいない」

「俺をからかって遊ぶなー!」

「あはははは!」


 この店は客と店員の距離感が異様に近い。それがこんな辱めを受けることになるとは!


 その後もいじられまくって、やっと事件を知る三組ともが帰って行った。

 夜9時を過ぎて、店にいるのはカウンターの端っこで一人で飲んでる三十代くらいの男だけだ。


 なんとなく、客が少ないとホールを天音さんに任せて俺はカウンター内で洗い物をする流れができている。店長は厨房奥の大きな冷蔵庫の方に行った。店がヒマなうちにやっておきたい仕込みがあるらしい。

 

「やめてください!」


 いつもニコニコと笑っていて明るい声の天音さんの厳しい声が聞こえた。ちょうど全部洗い終わったタイミングだったのもあり、何となくホールに出てみる。


 カウンターの客がニヤニヤしている前で天音さんが珍しく真顔で両手を後ろに組んでるようだ。何してんだ。


「いいじゃん、ケツくらい。減るもんじゃなしー」

「セクハラは認められません」

「かわいいんだからさ、そんな怖い顔しないで笑ってよー。接客業だろー。お客様は神様だろー」

「うちはお料理とお酒を提供する店です。従業員に触らないでください」


 ……セクハラ? 

 全く、酔っ払いが。すぐ近くに歓楽街があるんだから、女触りたきゃそっちへ行け。さすが、天音さんは大人だから冷静にあしらっている。こういう客に絡まれるのも慣れてそう。


 座ってた男が立ち上がった。結構デカいな。何かスポーツでもしてたのか、半袖のTシャツから伸びる腕はガッシリしていて筋肉質そうだ。


「ケツイマイチだったけど痩せてる割に胸はあるよね。バイト終わったらホテル行こうよ。2万払うからさ。いやー、あんただったら3万でもいいわ」


 さっきまでは淡々と言い返していた天音さんが絶句した。

 明らかに傷付いた顔をしていると言うのに、男は気付いてないのか天音さんの体をジロジロと見ている。


 ……コイツ……天音さんに値段を付けたのか?

 俺なら自分に3万とか言われたら俺そんな高いんだーって喜んじゃいそうなもんだけど、天音さんはどう見ても喜んでいない。


 得意の瞬発力を発揮して天音さんと男の間に割って入り、男を睨みつける。男は一瞬ギョッとしたものの、相手が小柄な若造だと認識したのかヘラヘラと笑う。


「ここは創作居酒屋なんだよ。女に金払いたいんなら店選びから間違ってんだよ!」

「うぜぇー。デカい声出して何なんだよ、ガキが」

「ガキにも分かることが分かってねえから言ってんだよ」

「お客様にそんな口利いていいと思ってんの?」

「てか今どき客なら何言ってもいいと思ってる方が信じられねえわ」

「かわいい~女子高生ならともかく男になんか用はねえんだよ。俺はそっちのお嬢さんとお話してんの」

「お前のはお話じゃなくてただのセクハラだ。天音さん傷付けて笑ってんじゃねーよ!」

「んな大げさなー。俺はこの人が美人だなーって思ったから――」


「どうかしたの? 入谷くん、本田(ほんだ)さん」

「店長! 警察呼んでください。コイツセクハラ犯です」


 本田さんと呼ばれたセクハラ男を指差して言うと、いつもは優しくて穏やかな店長の表情が変わる。


「本田さん、酔ってうちの従業員にセクハラなんてされるんじゃ酒は出せませんよ」

「出禁にしましょう、店長」

「そんな大げさなもんじゃねえんだって! 冗談だよ、冗談」

「冗談で済むか! 自分の発言には責任を持て!」

「何言われたの? 橋本さん」

「え……あ、いえ、あの……何でもないです」


 背後から天音さんの小さい声が聞こえる。それを聞くと、セクハラ男が笑った。


「ほーら。本人が何でもないって言うんだから何でもないんだよ。それとも何ですか? この店は善良な客にセクハラの汚名を着せる店なんですか?」

「どこが善良な客だよ!」


 とは言え、何を言われたか店長に知られるのが天音さんはイヤなんだ。それもそうか。自分が傷付いた言葉なんて一人でも多くの人に知られたくないか。


 この客を出禁にすることより、天音さんがそっちを選ぶなら、この男超ムカつくけど俺が勝手に店長に言うのは天音さんを余計に傷付ける。


「せっかく気分良く飲んでたのに台無しだよー。お嬢さん、ハイボールちょうだい」

「はい。喜ん――」

「はい! 喜んでー!」


 せめてもの抵抗で、俺が入れる! 

 男を睨みながら大きな声で言い、天音さんの手を引いてカウンターへと入った。一人でホールに立たせてたらまたセクハラされかねない。


 ハイボールを作って持って行く。


「ハイボールお待たせしました!」

「ちっ」


 男が俺を睨んで舌打ちするのを見て、ちょっと溜飲が下がる。しゃあねえ、今日はこのくらいにしといてやるよ!


 さすがに居心地が悪いのか、男は一気にハイボールを飲み干すと伝票を手に立ち上がった。もちろん俺が会計に立つ。


「ありがとうございましたー! また来れるもんならお越しくださーい!」

「憎たらしいガキだな! 絶対また来てやる!」

「どーぞ来てください。俺がお相手すっから」

「お前がいるのを確認してから入ってやるよ!」

「おー、望む所だよ」


 バーカ。俺がいたんじゃお前、天音さんにセクハラできねえのに。

 更に言うと、後30分もしたら俺働けねえ年だからいなくなるのに。


「客いなくなっちゃったな」

「平日はこんなもんだよ」


 客がいないうちにアルコールで丁寧にメニュー表やカウンター椅子などを拭いて行く。

 まだショックを引きずっているのか、天音さんなのに笑顔がない。あんな男の言うことなんか気にせず忘れればいいのに。


「私のせいで、ごめんね。ありがとう」

「何が」

「だって、まだ高校生なのにあんな大きな男の人に立ち向かわせちゃって……」

「ああ、俺そういうの全然平気。むしろ蹴飛ばしてやりたいのを我慢する方がしんどかった」

「え? そうなの?」

「うん。俺跳び蹴り系が得意なんだよね。あんま力ないからさあ、全体重乗っけられるのがいいよね」

「跳び蹴り? 無茶するわね」

「平気平気」

「さすが、若いわねー」


 やっと出た天音さんの笑顔に、なぜかホッとした。


 男たるもの、相手がデカいからってひるんだりなどしない。傷付けられた女がいたら守る。それが男のプライドを掲げた男ってもんだ。

 でも俺、天音さんだからまだ冷静だったけど、これが比嘉だったら秒で蹴ってたな、確実に。

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