俺の幼馴染
俺が下山手パーク略してSYTPの時に適当にペアにしたのがきっかけで、真鍋琉星と背が低いのに高井結愛が付き合い始めたらしい。
真鍋はメガネをかけていて大人しそうな小柄男子だが、よく見ると愛らしいかわいい顔をしている。その上ガンガンにグイグイ行く度胸も持ち合わせていたようで、クラスの女子カーストトップの三人組の一人、結愛があっさりと陥落したと言う。
「くっそー。俺のおかげなのに礼のひとつもないとは無礼なヤツめ。陰キャの皮を被ったリア充が!」
「統基と正反対なー」
「誰がリア充の皮を被った陰キャじゃい」
適格に評するのはやめろ、充里。
「あーあ、僕、背が低いのに高井さんのことが好きだったんだけどなあ」
「俺もだよ、下野。背が低いのに高井って小さくってかわいいよなあ」
「杉田くんは高身長だからもっと背の高い女の子でもいいんじゃないの?」
「あの小ささがいいの。興奮するじゃん。いろいろ妄想が広がるんだよねえ」
「ダメだ、下野! お前みたいな純粋な男がエロ杉なんかとしゃべるんじゃない! 汚されるぞ!」
「あはは! そんなことないよー、関くん。僕、杉田くん好きだよ。すごくエエ声だよね。羨ましい」
「俺はお前が羨ましいよ。めっちゃ明るくてかわいくてハッピーオーラがすげえじゃん、下野って」
そうなんだよな。充里の隣の席の杉田とその前の席の下野拓海、杉田の後ろの関迅がしゃべってるのを頬杖ついて眺める。
下野は明るくていつも笑顔で元気いっぱいでかわいい。小学1年生がそのまま高校生になったみたいな初々しさで、みんなから好かれている。
「下野も杉田も結愛が好きだったんだ? まー、俺もデカいより小さい女子の方が好きだわ」
「俺は入谷みたいに比嘉さんにはグイグイ行けねえけどな」
「入谷は非常識なだけなんだよ、エロ杉」
「迅はどうも俺を非常識な男にしたがるなあ」
「そうとしか思えねえだろ!」
「僕も応援してるよ、入谷くん! 僕は失恋しちゃったけど、入谷くんはがんばって!」
「いいヤツなあ、下野。お前なら絶対、とんでもねえかわいい彼女ができるよ。知らんけど」
「うん! 次の恋に向かって僕もがんばるよ!」
下野の目がキラッキラしてる。失恋したのにこれほど爽やかで前向きな男を俺は他に知らない。下野が尊すぎてエロ杉とまで呼ばれる不純な男すら拍手を送っている。
ふーん。結構クラス内で好きなヤツができ始めてるんだなあ。
ちょうどすぐそばにいた吉永あむに聞いてみる。吉永は髪が肩につくかつかないかくらいのボブ、サクランボ型のゴムでチョコンとハーフツインにしている漫画のキャラみたいなかわいい女子である。
「吉永、好きな男いる?」
「ええー、私はいないよぉ。学生は勉強が本分でしょ。好きな男とか彼氏とか婚約とか結婚とか不倫とか離婚とか、私にはまだ早いよぉ。エヘッ」
「あざとー。鮮やかにあざとー。日本最底辺の高校に来といてよく言えたもんだな。そしてお前の人生が今予言された気がするわ」
「やだぁ、まさか入谷、比嘉さんだけじゃなくて私のことも好きなのぉ? ダメだよ、あむは誰の物にもなりません!」
「求めてねえんだわ。俺は比嘉だけが好きだから」
勝手に俺を二股男にするんじゃない。誤解を招くのはいただけない。両手でバツを作っている吉永を残して自分の席、窓際の一番前に戻り、後ろの恵里奈に聞いてみる。
「恵里奈は好きな男いねえの?」
「えっ」
いきなりの質問に恵里奈がうろたえる。
「入谷の好きな人を知ってるから言っちゃうと、私下野が好きなんだあ」
「分かる。下野なら今がチャンスだよ。失恋したばっかだから」
「そうなの?!」
と驚いた声を上げたのはたまたま那波と通りかかった優夏だ。声に反応して無意識に優夏と目が合うと、あ! と口元を押さえて赤くなった。
「へ~、優夏も下野が好きだったんだあ。ライバルだな、お前ら」
「そっ、そんな小田さんとライバルなんて、私辞退します!」
「いやー、分かんないよ。阪口なんか好みのタイプが図書委員だから、私より木村さんの方が絶対好みだもん」
「あいつの図書委員好きは嘘だろ。幼馴染の釘城が真反対なタイプだから言ってるだけで」
「えー、そうなの? 私信じてたんだけど」
「なーにー。阪口も気になってた感じ?」
「なんかかわいくない? 阪口くん」
「いやー、阪口は釘城がいるから難しいんじゃねー? あいつら付き合ってるようなもんだろ、絶対」
「聞こえてるよ! すぐ隣の席なんだから! シーリエはただの幼馴染だって何回も言ってるだろ!」
「もーそういうのいいって。バレバレだっつーの、お前ら」
聞こえるように言ってたんだっつーの。ニヤニヤ笑っていた恵里奈も本当に阪口が気になってた訳じゃないんだろう。
むしろ、ライバルである優夏に私には阪口という抜け道があるアピールか。コイツ、かなり下野に本気だな。
「あー、いいなあ。俺も阪口と釘城みたいな幼馴染ラブコメパターンやってみたかったー」
「そんなパターンやってないから!」
「入谷、入谷の幼馴染だって子が呼んでるわよ」
真っ赤になっていく阪口で遊んでいたら、当の釘城がやってきた。
指差す方を見ると、大人っぽい顔に似合ってないツインテール、一際スカートが短く長い足を存分に出したあかねが前のドアから手を振っている。
「一緒に帰ろうやー、入谷ー! うち大事な話があんねん!」
すでに放課後である。美術の作品ができあがってないから居残りで美術室に行っている比嘉と曽羽を待っていたのだが、まーいっか、下手に比嘉と帰って告白の返事でもされたら困る。
「何も始まらない俺の幼馴染と帰るわー」
「だから、俺たち何も始まってないから!」
「そーなの? じゃあ俺が釘城もらっていい?」
「だったら私も阪口狙っちゃおうかなあー」
俺の発言に勘のいい恵里奈が乗っかって来る。顔面蒼白の阪口に対して、釘城はアタフタと冷や汗をかいている。
「だっ、ダメ! トモは……トモは、私のなんだからあ!」
思いのほか釘城の絶叫が大きかった。まだ結構残っていたクラスメートたちの注目が集まる。
「あ……わ、私の幼馴染ってだけよ! ただの幼馴染! 勘違いしないでよねっ!」
「真っ赤じゃん、釘城ー。かーわーいーいー。いいなー、阪口」
阪口も真っ赤になっている。この二人はいつになったらくっつくんだろう。くっついたら終わる仕様なんだろーか。
「何しとったん?」
「冷やかし」
ふーん、と興味なさげなあかねと廊下を歩き階段を下りて行く。
「大事な話って何だよ。ブルックボンドに帰るのか?」
あかねはアメリカのどっかの都市、ブルックボンド生まれで2歳までは大阪育ち、それ以降はずっと俺の地元と同じ桜町に住んでいる。
「ちゃうわ! そんでブルックボンドやない、ブルックリンや! 何回間違えるねん」
「覚える気がねえんだよねー。俺お前に興味ないんだもん」
「そんなん言えるんは今だけやで。うちの話聞いたらそんなん言われんなるで」
「え? 何だよ」
いつものあかねと雰囲気が違う。ツインテールじゃなく大人っぽくアレンジしたら普通に美人であろうあかねの顔を俺も一応真剣に見る。
「うち告られてん」
「は?」
「誰に告られたんか気になるやろ」
「いや、全然」
「同じクラスの斉藤翼ゆーねんけどな。どんなヤツか気になるやろ」
「全く」
完全にどうでもいい話が始まっている。あかねはほったらかして帰ろかな。
「1年生にしてソフトテニス部のキャプテンでな。部員が1年しかおらんらしいねんけど。めっちゃ運動神経いいし結構モテんねん。焦ってくるやろ。けどな、うちは入谷が好きやからーって断ってん。うち健気やろ。けどな、斉藤翼が引けへんねん。入谷と付き合ってないんやったら俺と付き合ってほしいって言うねん。えー、そんなん言われてもうち困るわーゆうてな」
リアクションしなけりゃ話が終わるかと思いきやまるで終わらない。マジでよくしゃべる女だ。
「うち、どうしたらええんやろ」
「知るか! 好きにしろ! いや違う、斉藤翼と付き合え! そしたら俺にまとわりつかなくなって清々する!」
「ほんまにええんか? 心の中ではうちがおらんなる恐怖に苛まれてるんやろうけど、素直に言わなうちは斉藤翼のもんになってまうねんで」
「苛まれてない! 俺は本音しか言ってねえ!」
「好き好き言われてる間は何とも思わんくても、他の男のものになってしもたら後悔するねんで」
「ぜってーしない! 安心して斉藤翼と付き合え!」
「知らんからな! こんだけ丁寧に言ったってんのに! うち、ほんまに斉藤翼と付き合うで!」
「もー、しつこい! はい、どうぞ!」
「うちがええよ、って言うたらうちは斉藤翼のもんやねんからな! もう入谷とは付き合えへんねんで!」
「元から俺はお前と付き合う気は一切ない!」
中庭であかねと睨み合う俺の視界に、美術セットを持った比嘉と曽羽の姿が見えた。
あ、ヤバい。あかねが告白された話なんかするもんだから、流れで比嘉から俺の告白に返事されちゃうかもしれない。
「俺バイトあるんだよ! もう行くわ!」
「ちょっと! 待ちいや、入谷!」
逃げるように学校を出る。聖天坂に向かう俺と桜町に帰るあかねはすぐに別れることになる。
「じゃーな! 斉藤翼とお幸せに!」
「うち、ほんまに斉藤翼と付き合うからなー!」
「どーぞ!」
「後からやっぱり俺と付き合ってくれってゆーても遅いねんからなー!」
「言わねえよ!」
もう相手してられない。さっさと歩いて創作居酒屋ひろしに向かう。
余計なもんがひとつ減って清々しい気持ちでひろしの引き戸を開ける。店長は厨房の奥にいるのか姿が見えない。まあいいや、と階段を上る。
「おはよう、統基」
「おはようございます、えーと……天音さん」
統基って呼んできたかー。だったら天音さん、と返すしかない。
土日は入れる人材が多いため、俺は平日だけだし昨日は元からシフトに入っていなかった。歓迎会から初めて天音さんに会う。俺はちょっと気まずいけど、天音さんはいつものように笑っている。
ホテルにはいたけど、まるで覚えてないからやっぱり何にもなかったんじゃないのかとしか思えない。けど、だったらなぜまだ始めたばかりのバイト先の7歳も年上の先輩を天音って呼ぶなんて話になったのか辻褄が合わなくなる。
「今週からテストが始まるんでしょ? しばらく入谷くんがお休みになるよって店長が言ってたよ」
「あ、そうなんだよ。ちょっと、ご迷惑おかけしますっす」
「ちょっとじゃないよ、統基のこと頼りにしてるからいてくれなきゃ困る」
「えっ……いやいや、俺まだ全然戦力になってないっすから」
「なんでそんなかしこまってしゃべってるの?」
たしかに、天音さんニコニコよく笑うしなんかかわいいからいつの間にかタメでしゃべるようになっちゃってた。
「そんなに意識しないでよー。仕事しにくくなっちゃうじゃない」
「べっ、別に意識はしてねえけど」
「また行こうね、統基。彼女はいないんでしょ」
行こうねって、どこにだよ……俺の答えを待たずして、天音さんはニッコリ笑って事務所を出て行った。




