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比嘉の攻略法

 今日はバイトもないので早々に家に帰ると、孝寿がソファでゲームをする蓮を見ていた。

 ああ、親父から金もらうために前髪下ろしてくるとか何とか言ってたな。


「ただいま」

「おかえり、お兄ちゃん!」

「おかえりー」

「前髪下ろして来るんじゃなかったのかよ」

「もう目当てのモノは頂いたから上げた」


 孝寿が札束をこれ見よがしに振って笑う。

 顔見せるだけで10万とか前髪下したら50万とか、親父は孝寿に甘すぎるよな。孝寿が甘え上手なんだろうか。


「お兄ちゃん、ボク気付いたんだ」


 マシンガンのような武器で攻め入りながら蓮がチラリとこちらを見た。


「何に?」

「みんな、りょ――が、け――と、ゆ――ま、こ――じゅ、と――き、って間延びした名前なのに、ボクだけ、れん! なんだ。キレッキレだよ」

「えっ……そんなもん、お前の言い方次第じゃねーか。とーき! って言えばキレッキレだろ。同じだよ」

「あ、そっか」

「名付け親が違うからだろ。俺らは異母兄弟だから多分パパが名付けたんだろうけど、蓮は――」

「蓮! ちゃんと画面見ないとやられちゃうぞ! 集中しろ、集中!」

「うわ! ヤバい!」

「お前、ちょっと来い!」


 平然とした顔している孝寿の腕をつかんで階段を上がり、すぐの俺の部屋に入る。


「お前、何を言おうとした」

「何睨んでんの? かわいくなーい」

「いいから答えろ」


 そりゃ睨みもするだろ。俺は蓮に実の兄弟じゃないと知らせる気はサラサラない。


「蓮は兄弟とは名ばかりの血のつながりが一切ない弟だから、蓮の名前は全然知らない赤の他人が」

「もういい! 蓮は俺の弟だ。お前それ二度と言うなよ!」


 孝寿が美形のキレイな顔で挑発的に笑う。それを更に睨みつける。


「俺そういう高圧的な態度って嫌いなんだよね。蓮の方がかわいいから俺蓮とおしゃべりしてくるー」

「待って! 行かないで、孝寿お兄ちゃん!」


 部屋を出て行こうとする孝寿の腕を再びつかむ。なんっでこんなヤツの言うことを聞かなきゃなんねえんだよ!

 悔しいが蓮を盾に取られたんじゃ仕方ない。


「俺、孝寿お兄ちゃんと仲良くなりたいなあって思ってたんだ!」

「いいじゃん、かわいい。合格」

「お前なあ!」

「れーんー」

「孝寿お兄ちゃん、俺とおしゃべりしようよ!」

「うん、いいよ。俺も統基と仲良くなりたいって思ってたんだー。俺を楽しませてくれそうだなって」


 俺をオモチャにする気満々なだけじゃねーか!

 苦虫をかみつぶしたような笑顔を浮かべる俺のスマホがペコンと鳴った。


「あ……」


 比嘉から数学の進捗報告だ。

 数学の問題集を解いた写メを送って来た。見ると、1問目から間違ってる。のは分かるんだけど、後は合ってんのか間違ってんのかすら俺にも分からない。俺も理解できてねえんだよなあ。


「何これ、全部使う公式間違ってんじゃん」

「え? 分かんの? 孝寿兄ちゃん」

「この4つの公式の練習問題だろ。上2つと下2つが似てるからごっちゃになってめちゃくちゃな計算してるよ、これ。似てるからこそ違いを理解しないと使えねえよ」

「ほお、違いを?」


 孝寿の言う通りにメッセージを作って送信する。なるほど、学校の先生より孝寿の説明はよほど分かりやすい。俺もやっと理解できた。

 何コイツ、イヤなヤツだけど超使えるじゃん。


「あったま悪そうな字だな。その子違いに気付くのが苦手なんじゃねえかな。漢字めちゃくちゃに覚えてたりしない?」

「する! めっちゃする!」

「やっぱり。教える時はどこが違うかを強調して教えてやるといいと思うよ。漢字だったら部首の違いを漢字の意味と一緒に教えて関連付けるといい。例えば、よくある間違いが講堂の講と構築の構。講堂は入学式とか卒業式で校長の長い話を聞くだろ。人がしゃべるからごんべん。きへんの構は木を使って組み立てて行くイメージを持たせると間違いにくい」


 急に孝寿が先生に見えてきた。何コイツ、よくしゃべるな。昨日会った時はあんなに不愛想だったのに。


「すげえ、先生みたいだな」

「俺塾講師のバイトしてるんだよ。俺が教えてるのは小学生だけど、その子小学生レベルだろ」

「うん、そうなんだよ」


 そこまで見抜くとは、コイツマジですげえ。そう言えば、俺が頭悪いのも昨日会って数分で見抜いていた。コイツ、鋭い目と優れた頭脳を持っている! コイツなら、もしかして……。


「なあ、ストーカーってなんですると思う?」

「は? そりゃーストーカー対象が好きだからだろ」

「他に理由思いつかねえ? 孝寿兄ちゃんのその頭脳で!」

「まー、他には、そーだなー。何かされた相手で復讐の機会を探っているとか、憧れの相手でプライベートを知りたいとか?」

「そうか! 好きな訳じゃなくて憧れてるだけってパターンもあるのか!」

「好きと憧れは同じ意味だよ」

「あー……そっか……」


 思わずうなだれた俺を見て孝寿が笑った。


「嘘だよ。好きはその人自身に自分の感情が惹かれること。憧れはその人の理想の部分に惹かれること」

「え?」

「ああ、統基もバカだったな。違いを分かりやすく例文作ると、Aさんの作品が好きで憧れてるけどブサイクだから嫌い、Bさんってかっこいいから憧れるけど酒癖悪いから嫌い、これだと結局AさんBさん個人のことは嫌い。好きなのはあくまでAさんの作品とBさんのかっこいい顔だけ。それに対して、ブサイクなAさんが好きだけど作品は嫌い、かっこいいBさんは好きだけど酒癖の悪さは嫌い、だと嫌いな所も一部あるけどAさんBさんのことが好き」

「なるほど、分かりやすい!」

「ふーん、統基の好きな子がストーカーしてんだ。あれほど熱心に教え方聞いてたってことはあの頭悪い子が好きなんだな。たしかにアイコンはかわいかったけど、あんな頭悪い女のどこがいいんだか」


 孝寿が恐ろしいほどに言い当てて行く。だがしかし、最後の一言は聞き逃せない。


「頭悪いくらいじゃ1ミリも嫌いになんかならねえくらい比嘉はいいとこいっぱいあるんだよ!」

「へえー、統基が好きな子は比嘉さんって言うんだー」

「う……」


 なんだかまんまと乗せられてる感に口をつぐむと、ペコン、と通知が鳴る。


「お! ありがとう、孝寿兄ちゃん! ちゃんと解けるようになってるよ!」

「そうか、良かった。じゃあ、お礼のチューな」

「え?」


 孝寿が笑顔でチュッと俺の口をついばむ。初めての柔らかい感触に鳥肌が立った。


「バカかお前! なんで弟にチューしてんだよ! 嫁と子供がいるんだろーが!」

「奥さん今子供産んだばっかで育児に超疲れてて全然俺の相手してくれねえの。余裕ないのは分かるから俺も無理にとは言えねえしさ」

「だからって弟にチューすんなよ!」

「夜は俺が夜泣き見るんだけど、俺が大学行ってる昼間に泣き通しの日が結構あるみたいでさー」

「それってさ、孝寿兄ちゃんこそ寝てなくね? 昼間大学で夜夜泣きじゃさ」

「俺は元から睡眠取らなくても平気だから」

「そんな人間いるんかね。そこ寝てみろよ」


 俺のベッドを指差す。あははっと笑って孝寿が横たわる。


「平気だっつってんのに、バー……ぐー」

「早! 瞬殺!」


 寝転がったと思ったら秒で寝入った。かなりの寝不足だったんじゃねえか。ここまで寝不足なのに気付かないとか、ヤバいなコイツ。


 家では寝れないみたいだから寝かせといてやるか。俺は勉強しよ。

 比嘉に教えるために俺すっげー勉強してる。これまでの人生でこんなに勉強したことなどない。これぞ、愛の力。俺めっちゃいい成績取っちゃうかもしれない。


 比嘉に教えながら自分の問題集も進める。テストには課題やノート提出が付いて回るのじゃ。日頃からマメになんてやっていない俺はまとめて片付けなくてはならない。中学まではやらなかったし提出なんかしなかったから学習意欲の項目が全部C評価だった。


 2時間くらい経っただろうか、バウッと謎の声を上げて孝寿が目覚めた。机から振り返ってベッドを見る。


「……あれ……あれ?」


 体を起こし、うっすくしか開いていない目で周りを見ている。俺の部屋で寝てたことを忘れているようだな。疲れ貯めすぎだろ。


「おはよう、孝寿兄ちゃん。電話鳴ってたよ」

「あー、そっか俺、統基のベッド借りてたんだ」

「勝手に寝ていいから、ちょこちょこ来いよ。親父も孝寿兄ちゃんに会いたいみたいだし。無理しすぎだよ。そのうち体壊すよ」

「へー、俺の体心配してくれんの?」

「え……そりゃー、まあ」


 孝寿の顔って妙に好みど真ん中ドストライクなんだよな。男なのに不意に笑われるとドキッとする。

 スマホを見ていた孝寿が顔を上げる。

 

「ちょっと電話していい?」

「いいよ」


 俺も勉強に戻る。どうやら着信は奥さんからだったようだ。

 寝てたとは言わない。奥さんと子供を気遣うばかりだ。


 昨日会ったばっかだしよく分かんねえヤツだけど、とりあえず愛妻家なのはよく分かった。奥さんのこと、すっげー大事にしてんだな。


「あー、スッキリした! 自分でも知らない内に疲れてたみたいだなー」

「人のことはバシバシ怖いくらい言い当てるくせに。違いを意識して教えるように変えたらだいぶ覚えが早くなったよ」

「ああ、あの子本気で頭悪いだろうからがんばれ」

「本気で頭悪いヤツって思いこみ激しいイメージあるわー」

「あるな。攻略は蓮がやってたゲームより簡単だよな。あれ意外と奥深いよ」


 ……え? 今サラッと重要なことを言ったような。


「攻略できるの? 比嘉を?」

「ああ、頭悪い比嘉さんが統基の好きな子だったな。俺まだ寝ぼけてるわ」

「寝ぼけついでにポロッと言っちゃえよ。どうしたら比嘉を攻略できんの?」

「ええー。俺答え教えるの好きじゃねえんだよ。自分で考える力を身につけないと中学受験を突破できねーよ?」

「今更中学受験なんかしねーよ! 寝ぼけてねえで言っちゃえよ!」

「しゃあねえなー。ベッド借りたし、じゃーヒントだけね」

「うんうん」


 すっかり眠気の消えた様子で孝寿が俺を見て言った。


「ストーカーを利用しろ」

「ストーカーを……利用?」

「じゃーねーん。お邪魔しましたー」


 孝寿がベッドから立ち上がり、ドアへと歩きだす。


「ちょっと待て! 利用方法は?!」

「自分で考えろ」


 意地悪く笑って飄々と俺の部屋を出て行く。

 え? マジで言ってんの? 冗談を言われたの?


 いや、きっとマジなヒントだ。孝寿はふざけてる時は笑ってるから分かりやすい。


 ストーカーを利用?

 ……分かんねえ。いくら考えてもどう利用すればいいのか分からねえ。


 仕方ない。ストーカーの利用方法が分かるまで、当面は比嘉に告白の返事をされないように気を付けるしかねえな。

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