異母兄弟と俺の夢
カリスマレジェンドホスト・シルバーこと入谷銀二のだだっ広い自宅リビングに、7人の男がいる。
黒髪短髪、黒いスーツをビシッと着こなしたビジネスマン風の男。金髪の汚ったねえ長髪が乱れているショッキングピンクのスウェット上下を着た男。ブラウンの髪を自然に流しストライプのシャツとチノパンの前髪が異様に長く耳にピアスをビッシリと付けている男。明るいシルバーアッシュのマッシュヘアで前髪をピンで上げているパーカーにジーンズの中性的な美形の男。
愛しい初恋の相手にメッセージを返信している男子高校生。小学生らしく元気に跳ねてる髪すらかわいい、前髪パッツンでTシャツに短パンの小柄な小学5年生。
6人の若者たちを嬉しそうに笑いながら見渡す、やたらとデカくて中年太りの貫禄あるヒゲを蓄えた男。
「お兄ちゃん」
蓮が不安そうな顔でソファから俺の元へと駆け寄って来る。俺の腰にしがみつき、俺を見上げる。
「お兄ちゃんは、ボクのお兄ちゃんだよね」
「もちろんだ! お前は俺の弟だよ」
かわいい! なんってかわいいんだ、蓮!
何があってもお前は俺のかわいい弟だ! こんな赤の他人共のせいで蓮を不安にさせるとは、コイツら許せん!
「何訳分かんねえこと言ってんだよ! 蓮のお兄ちゃんはこの俺だ!」
金髪の男に正々堂々事実を告げる。
親父がガハハハッと大声で笑った。
「蓮に4人もお兄ちゃんが増えるんだよ。良かったな! 蓮! あれが俺の長男の亮河だ」
親父が黒スーツの男に手を向けると、男はニッコリ笑ってこちらに来て、腰をかがめ蓮に目線を合わせる。
「森山亮河だよ。よろしくね。蓮、何年生?」
「5年生」
「僕の一番上の子と同級生だね。僕まだ30なのにオーナーと子供同士は同級生とか変な感じ」
「蓮、かわいいー。リョウの子供なんかクッソ生意気な口利くのにー。俺は滝沢慶斗だよー。よろしくねー、蓮」
金髪の男もソファを離れ蓮の前にしゃがみ込んだ。ピアスの男が前髪をかき分けて蓮を見る。邪魔なら切れよ、そのウゼー前髪。
「蓮ちっちゃくね? リョウの子供なんかこれくらいあるよ」
「ちっちゃくてもいいんだよ! かわいいから!」
「マジかわいい。俺は林悠真だよ。よろしく、蓮」
コイツら、俺のことは眼中にねえな。三人して蓮を囲みかわいいかわいいと連発している。
ふと視線を感じて見ると、親父に孝寿と呼ばれていた女優さんみたいにキレイな男だけは俺を見ている。目が合うと笑った。おお、一瞬ドキッとするくらい美人さんに見えた。男だっつの。
「俺は泉孝寿。お前は?」
キレイな顔に似つかわしくないぞんざいなしゃべり方をするな。女みたいな顔してるけど完全に男だわ。
「入谷統基」
「統基ね。俺一人っ子だと思ってたけど、弟がいるって聞いてどんなヤツかと思ったよ。中学生? 高校生?」
「高1……弟?! 俺が?!」
「お前聞いてないの?」
「聞いてねえ! 何の話だ、親父!」
親父がガハハハッと笑った。
「嬉しいだろ、統基! お兄ちゃんが4人もいて!」
「お兄ちゃん?! オイ、冗談だろ?! コイツら兄ちゃんなんかじゃねえよな?!」
「いや、お兄ちゃんだよ。正真正銘、俺の血を分けた俺の子供たちだ」
「……え? どういうこと? 俺の母親が俺の前に4人も生んでたってこと?」
「いや、統基の母親が生んだのは統基一人だ」
意味が分からん。頭が混乱して言葉が出ない。孝寿が冷たい目で呆然とする俺を見た。
「お前頭悪いだろ。俺たち異母兄弟なんだよ」
「……イボ?」
「父親は同じで母親が違う。パパが結婚もしないであちこちではらませて生まれた子供が俺たちってことだよ」
「……ってことは……ここにいるの全員、母親は違えど半分血のつながった実の兄弟ってこと?!」
「そういうこと」
あ、蓮だけは花恋ママの連れ子だから親父の子供じゃない。
何だよ、俺の弟だけ血がつながってないってややこしいな、オイ!
「で、何なの? オーナー。突然僕たちを全員集めて」
「そうそう。俺たちとこのガキどもを会わせようなんてどういう風の吹き回し?」
金髪のクズが俺と孝寿を指差すと、孝寿が思いっきり金髪を睨んだ。怖えー。コイツ、キレイな顔して俺より目つき悪いじゃん。
「俺ももうすぐ50だからかな。子供たち全員と一緒に過ごしたくなったんだよ」
「年寄りの気まぐれか、ジジイ」
辛辣な言葉を吐く孝寿にも親父は笑顔を絶やさず、俺たちを見回している。
「では、全員そろったところで発表します! 俺は現役を引退する! 50になるのを機に俺はリタイア生活に入る!」
「ええっ?!」
黒スーツ、金髪、ピアスが驚いている。んなこたどうでもいいんだよ! 異母兄弟についての説明をしろ! このクソ親父が!
「店の経営は?」
「お前たちに任せる。ただ、俺がオーナーなのは変わらない。最高権力者は俺だ」
「なんだよー、オーナーが仕事しなくなるだけじゃん。俺の仕事が増えるじゃんー。俺ヤダー」
「慶斗は勝手なことばっかりしないで、ちゃんとやれよ」
「はいはーい」
「1号店は亮河、2号店は慶斗、3号店は悠真、今それぞれが務めている店をそのまま任せようと思ってる」
「はあ」
この3人だけが親父の店のキャストだったのか。孝寿は関心ゼロな様子で親父の時計のコレクションを手に取っている。
「俺は息子たちに平等になるよう、6店舗経営してる。問題は4号店から6号店だ。孝寿! お前も大学なんか辞めてホストになれ! お前なら俺すら超えるホストになる!」
「嫌だね。俺はホストにはならん!」
「気持ちは変わんねえか」
「ただ、俺大学で経営学んでるから店の経営には興味ある」
「じゃあ、亮河と共に孝寿に経営を任せる。全員、それでいいか?」
親父が俺たちを見回す。俺と蓮の店まであったのかよ。
「ああ、いいよ。オーナー」
亮河が代表するように答え、兄たちがうなずいている。
……そうか! 親父の長男は俺じゃなかった。亮河だ。俺が店を継がなくても、親父が築いたこの地の地盤は揺るがないんだ。長男として家を統べるとは店ごと守ることだと思ってた。でも、店は俺が守らなくてもいいんだ!
「統基は?」
「いい! 俺、ホストにはならないから!」
「え?! 俺の伝説を超えるんじゃなかったのか!」
「兄ちゃんたちに任せる! ホストじゃなく、俺は俺の伝説を作る!」
親父が口を開けてポカンとしている。うん、俺ずっと将来はホストになるって言ってたもんな。いや、本気でなるつもりだったんだよ。でも、他の仕事を選んでいいなら比嘉に言えないような仕事は選ばない!
「伝説を作る、ねえ。おもしれえこと言うじゃん。何するつもりなの? 何かよほど壮大な夢があるんだろ? 教えてよ」
「夢?」
孝寿が眼光鋭く意地の悪い笑みを浮かべながら俺を見ている。美形がこんな顔するとすげードS感だな。
「今は、特に夢なんかねえけど」
「なんだよ、ガキの戯言かあ。期待したのにお兄ちゃんガッカリだなあ」
「うっせえ。お前は何か夢あんのかよ」
「俺は社長になって奥さんと子供に何不自由ない暮らしをさせて、俺の愛情で一生幸せに溺れさせるのが夢だよ。いずれは店の経営権を乗っ取ってやる!」
「奥さんと子供? え、いるの?」
童顔なのかもしれないけど大学で経営学んでるって言ってたし、俺とそんな年変わらなそうに見えるのに。
「いる」
「マジか! 大学生なのに結婚してんの?!」
「高校生の時に結婚した。高校生だ大学生だ関係ない。俺は欲しいもんは全部自分のタイミングで手に入れる」
……カッコいい……。実際に手に入れてきたから言える言葉だ。一瞬ただのドSかと思ったけど、コイツは有言実行の男なんだ。
「あ、そうだパパ! こんなデカい家に住むくらい金あるんなら、お小遣いもっと増やしてよ!」
「孝寿が顔見せに来てくれたら10万やるよ」
「マジで?! 約束だよ、パパ!」
「孝寿、なんで前髪上げてるんだよ。下ろしてる方がパパ好きだなあ」
「嫌だ。最近パパ俺にまで手ぇ出しそうな顔するから気持ち悪い。でも、50万くれるなら俺、次来る時は下ろして来てもいいかなあ」
「分かった、50万やるから下ろして来いよ」
「やったあ! ありがとうパパ! 大好き!」
さっきと同一人物か?! えらい甘えたしゃべり方で親父におねだりかましだしたんだけど?!
親父に抱きつき、いくらか知らんが金を受け取ると、こちらに戻って来た。
「ふっ。財布の中身が残り22円だったがこれで安心だ。昨日洗濯機が壊れちゃってさ、買い直さなきゃならないんだ。明日にでも前髪下ろして来よう」
「親父から小遣いもらってんのかよ! 父親のくせに!」
「俺は大学生だよ? 学業をおろそかにしてはならんだろーが。バイト代だけじゃ奥さんと子供養えねえんだよ。奥さん今子供産んだばっかりで産休中だし」
「一瞬でもお前をカッコいいと思った俺の気持ちを返せ!」
「返しようがねえな。俺カッコいいから」
「ムカつくー! お前みたいのが兄だなんて俺は認めねえからな!」
「真実は覆らねえんだよ、バーカ」
ムカつくー!
孝寿がふふん、と俺を見下したように笑っている。
「口だけ高校生。お前がどんな夢を持って何の伝説作るか楽しみにしてるよ。若いから可能性だけはあるもんな。はーはっはっは!」
見下したようにじゃなかった。コイツ、俺のことガッツリ見下してやがる!
「君たち、すっかり仲良くなったみたいだね。さすがは兄弟」
変な声が聞こえ、振り向くと小さな蓮に目線を合わせていたホスト共も立ち上がっている。俺にすがりつく蓮と俺を中心に兄たちに取り囲まれている状態だ。
こうして見ると、一番見た目がいいのは親父の次男であろう慶斗だ。クズだが一番背が高く、引きつけられるものがある。うまい! うまい! と弁当を食う柱みたいに乱れた金髪にダサいスウェットでもカッコいいんだから、きちんとスーツでも着たら相当だろう。
引きつけられるで言えば、親父の三男らしき悠真はミステリアスな雰囲気があって興味をそそられる。亮河、慶斗ほどではないが背も高いし、口数少なく、前髪のせいで表情が分かりにくいせいかもしれない。
でも、顔だけ見れば一番整っている美形は四男に当たる孝寿だ。だがしかし、背が低い。俺より少し高いくらいだから、恐らく170ないだろう。更には、明らかに性格に難アリだ。
俺が唯一兄と認めてもいいと思えるのは長男の亮河だけだけだな。スーツが似合ってて大人の男って感じでカッコいいし、コイツは優しい。強いかどうかは分からんが、俺が理想としている強くて優しい男に最も近いと思われる。
うん、亮河以外を俺は兄貴だと認める気はない。
「仲良くなってねえよ! こんなイヤなヤツ!」
「俺もこんなバカな弟と仲良くなりたいとは思わないねえ」
「お! ケンカするほど仲がいいってやつなー」
「違う!」
共に目つきの悪い俺と孝寿が睨み合うのを、兄貴たちが微笑ましく見つめていた。




