俺が目覚めた場所は
「入谷くん、酒つえーな!」
「俺も工藤さんくらい飲める男になりてえー!」
「やめときなよー、健一は飲みすぎだよ。水みたいにビール飲むんだもん」
「ビールうまいんだもんー」
「うまいんじゃしょうがねえっすよねー」
あはは! と工藤さんと笑い合って楽しく俺の歓迎会を満喫していると、階段を上がってくる足音がする。
「入谷くん、10時だよ、帰らないと。ごめんね、僕忙しくて全然歓迎できなくて」
「店長!」
そんな、土曜の晩なんだから忙しいのは当たり前。なのに俺のために歓迎会を開いてくれて、ありがとう! マジ感謝!
「ありがとうございます! これからもよろしくお願いします!」
「え? うん、こちらこそよろしく」
「俺、帰ります!」
「入谷くん? うん、気を付けてね」
あれ、靴がいっぱいで俺の靴が分かんない。俺どの靴履いて来たっけ? あ、これだ、これ。
靴を履こうとしたらなぜかフラついた。
「入谷くん?」
「あ! 私、うっかり入谷くんにお酒飲ませちゃったんで責任持って送ります!」
「お酒飲ませたの?! ダメだよ、橋本さん! 入谷くん未成年なんだよ」
「ごめんなさい! 大人っぽいからつい高校生だってこと忘れちゃって。責任持って送り届けます!」
「頼んだよ、橋本さん。事故とかないようにね。ちゃんと送ってあげてね」
「はい!」
なんとか靴を履き、階段を下りる。体がフワッフワして階段がグニャアと歪んで見える。何コレ、おもろー。
「大丈夫? 入谷くん」
「あー、橋本さん。ありがとーござーます」
フラつく俺の体を橋本さんが支えてくれる。階段を下りるとすぐに引き戸がある。橋本さんが引き戸を開けて外に出る。
「側溝に落ちちゃうよ、こっちに寄って」
「うんー」
目が閉じそう。橋本さんに引き寄せられるとそのままもたれかかるように歩く。すげー眠い。寝そう。
何この急激な眠気。
そこ段差あるよ、とか言われながらなんとか足を動かす。あーねっむー……。
「入谷くん、ちょっと休憩して行く?」
「あー、いいね、休憩……すっげー眠い」
なんかやたらと明るい建物の前で橋本さんに聞かれた気がして、ほとんど出てない声で答えた。
鼻がフガフガする。何かある。鼻に手をやると、髪の毛だ。え、俺髪の毛伸びすぎ……俺のじゃねえな。
目を開けて確認したらすぐに分かった。俺の髪はこんなベージュがかったゆるいウェービーヘアではない。
髪をたどって目線を動かす。隣で眠る橋本さんの姿があった。
「橋本さん?!」
びっくりしてベッドの上でなぜか跳ねてしまった。え? 何?! ここ、どこ?!
なんで俺、橋本さんと見たことない丸いベッドの上で寝てたの?!
改めて周りを確認して愕然とする。
初めて見るベッド、初めて見るデカいテレビ、初めて見る革張りのソファ、何やらパンフレット的な物が置かれた初めて見るテーブル、初めて見る室内を流れるゴールデンなリバー。
体を起こすと、金色のガウンの上に寝ていたらしい。
呆然としてたら、クスクスと押さえているけど漏れてしまうって感じの笑い声がした。見ると、もちろん橋本さんだった。ベッドの上に座って口元に手を置いて笑っている。
「もう起きたの? まだ夜だよ、統基。12時」
「12時?! 俺家に帰らないと!」
慌ててベッドから降りようとして、違和感に気付いた。
「え……なんで、急に統基って……」
「えー、やだ、覚えてないの?」
「いや、てか、ここどこ? なんで部屋の中にリバーが流れてんの?」
「この部屋に入った時にもゴールデンなリバーの話したじゃない。このホテルの名前がゴールデンリバーなの。看板に偽りなしだねって」
「ホテル?!」
すっげー冷や汗が止まんない。いや、薄々まさか、とは思ってた。でも俺、こんな旅行で使うためじゃないタイプのホテルなんか知らねえからまさかな、に留めてた。
「え……俺……橋本さんに何かした?」
「橋本さんじゃなくて、天音でしょ」
「え?!」
ぜんっぜん覚えがない。そんな話した? てかどういう経緯があればバイト先の先輩を天音って呼ぶ話になるの? 冗談だろ? お願いだから冗談だよって言って?
「何も……してないよね?」
「まさか、何も覚えてないとか言う気じゃないでしょうね?」
「覚えてない! 何っにも覚えてない! 俺好きな子がいるんだよ! どうしよう?!」
「え! やだ、かわいい!」
かわいいじゃねえんだよ。何もかわいくねえんだよ。俺、今日告ったばっかりなんだよ!
「好きな子って、付き合ってるの?」
「付き合ってない!」
「だったら大丈夫だよ。浮気でも何でもないから」
「浮気? 浮気ではないけど……」
いや、そういう問題?
もー頭がぐちゃぐちゃで俺は何に焦ってるのか自分でも分からない。
「え、ちょ……橋本さん」
「橋本さんじゃなくて、天音でしょ」
「え?」
橋本さんはじーっと俺を見ている。本気で言ってるっぽい……。
けど、天音って……7つも年上の先輩を呼び捨てにするとか、それこそ特別な関係がないとおかしい気がする。
「天音……さん」
俺の苦肉の策に天音さんは不服そうに顔をのぞき込んでくる。いや、そんな顔されましても。これ以上は俺も譲歩できねえわ。
本気で怒ってた訳でもないのか、すぐにふふっと天音さんが笑った。
「急いで帰らないといけないんじゃなかったの?」
「あ! そうだ! 俺帰らねえと!」
もうパニックだ。何をしなきゃいけないのか全然判断できない。
混乱しかない頭で、とにかく帰らなきゃと夜の街を走った。初めて来たゴールデンなリバーの流れるホテルからどう帰ったのかすら、翌日には分からなくなっていた。