私の気持ち
俺、比嘉が好きだ
俺、比嘉が好きだ
俺、比嘉が好きだ
……え……。
入谷を見上げると、まっすぐに私を見つめている。ミニチュア・ピンシャーみたいな、気の強そうな鋭い目でまっすぐに。
梅雨時の湿った風が吹きつける。入谷のクルクルのパーマな髪が揺れる。
両手を固く握りしめて、両足を踏ん張って立つ入谷をじっと見てしまう。
入谷が、私を好きだった。え、なんで?
私の専属ティーチャーだからめちゃくちゃ勉強できないことも知ってるし、入谷が気付かせてくれたんだから私の両親が過保護なことも知っている。
何人もの女の子から好かれていてモテるし友達も多い入谷が、なんで私を……。
混乱して、なんか恥ずかしくて思わずうつむいてしまった。
入谷がくれた温かいお茶のペットボトルを両手で胸に押し当てる。体操服越しでも、まだ温かさを感じられる。
なんか、恥ずかしい……けど、すごく嬉しい。嬉しいが胸の奥から大量に湧き上がって来る。嬉しい。入谷が私を好きでいてくれた。それが、こんなにも嬉しい。
こんなに嬉しい気持ちでいっぱいになるなんて、なんて幸せなんだろう。これまでの人生でこんなに幸せを感じたことなんてなかった。幸せすぎて溶けそう。
こんなに、幸せを感じるなんて……私も、入谷のことが好きだったんだ。
入谷のことが好きだから、他の女の子が入谷を好きだと知ると不安になって焦ってたんだ。他の女の子に、入谷を取られたくないから。
私の気持ちを伝えよう。私は入谷が好きだって、入谷に知って欲しい。
顔を上げると、入谷は私に背を向けてしまっていた。
「入谷! あ、あの……あの、私っ……」
恥ずかしくて、歯切れが悪くなってしまう。好きだと伝えるのって、こんなにも勇気がいる。
でも、言わなきゃ。入谷だって言ってくれたんだから。
「言うな!」
「え?」
入谷が振り向いた。その顔は、ついさっき私を好きだと言っていた人だとはとても思えないほどに険しい。
「誰が返事しろって言った! 勝手にしゃべんな! 俺はお前の返事なんか聞く気ねえ!」
「え?! どうして?!」
「俺が自分の気持ちを伝えたかっただけだ! お前の気持ちを聞く気はない!」
……ええ? どういうこと? どうして聞いてくれないの?
私も、入谷が好きなのに!
「ちょっと、聞いて、入谷」
「嫌だ! ぜってー聞かない!」
「なんで?!」
「聞かないったら聞かない!」
入谷は両手で耳をふさいで頭をブンブン振っている。取り付く島もないとはきっとこのことだと思う。
とりあえず耳をふさいでいる手をどけようとつかんでみるも、ビクともしない。
どうしてこうまで頑なに私の気持ちを聞いてくれないのよ!
「今は、返事なんか聞かない」
「今は?」
「俺、絶対にまた比嘉に告白する。約束する。だから、お前も約束しろ。その時までに絶対に俺のことを好きになっておくよーに! 絶対にだかんな!」
「え?!」
入谷が犯人はお前だ! って勢いで私を指差している。
ちょっと待って。もうすでに好きなのに?!
何のためにもう一度告白する必要があるの?! 意味が分からない!
「いいか、比嘉。好きになるのは俺だけだ。他の男は好きになるなよ。俺だけを好きになれよ。今好きな男のことは忘れて、俺だけを好きになれ。いいな?」
その今好きな男が入谷なんだけど? 本当に何なの?!どうしてそんな怖い顔で威嚇してくるの?
でも私、今言わなきゃ恥ずかしくてとても言えない気がする。今、入谷が伝えてくれたこのタイミングじゃないと、勇気が出なさそう。
私も入谷が好きだって聞いたら、入谷の態度も変わるはずだわ。遮られても、もう、強引に言っちゃおう!
「聞いて入谷、私――」
「聞かないって言ってるだろーが! しつこい!」
焦った様子で入谷が私の口を手で塞ぐ。入谷の顔が近い! ドキッとして何も言えなくなってしまった。
「今は俺が比嘉を好きだってことが分かればそれでいいんだよ! 俺は絶対にお前を落としてみせる! 覚悟しとけ!」
だから、すでに落ちてるのに……何なの、もう! 手にかみついてやろうかしら。
「分かったら、うんって言って」
声が出せないから仕方ない。とりあえずうんって言って、手が離れたら伝えよう。私も入谷のことが好きだって。
うん、とうなずくと、入谷が笑った。
その笑顔がズキューンと胸を貫く。
「良かった」
もう入谷の手は私の口を塞いでなんてないのに、ドキドキして何も言えない。
気の強そうなミニチュア・ピンシャーみたいな入谷の、目がなくなるくらいの嬉しそうな笑顔を至近距離で見てしまった。
いつも大声でわめいている入谷の、ささやくような「良かった」を耳元で聞いてしまった。
魂が抜けたみたいに全身から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
「よし! 言いたいこと全部言ったー! やったー!」
と、なぜか満足そうに犬みたいに飛び跳ねて喜んでる入谷を呆然と見るしかなかった。




