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俺の告白

「比嘉!」


 追い抜きざまに比嘉の顔を見ると、ものすごい顔色をしている。土気色? どす黒? びっくりして言葉を失うくらいの顔色だ。

 しょっぱなからポニーテールが上下左右に揺れたと思ったらぐるっと円を描くような独特すぎるフォームで走ってたから、コイツ走るのも苦手なんだなと分かってはいた。ほんと何もできねえヤツだ。マジでなんでいつも堂々としてられるんだ。


 ただあの顔色は、単に疲れが溜まってるとかってものではないような。


「はい! 水!」

「げっ」


 いよいよ業を煮やした高梨が自分で冷たすぎる水を配りだした。仕方なく飲むけど、マジで冷やしすぎだよ、これ。

 高梨のいるポイント以外はスルーする。こんなん何杯も何杯も飲んでたんじゃ腹壊すわ。


 ん? 腹?

 比嘉、腹が痛いんだ!


 俺みたいに適当にスルーすればいいのに、俺が見てた限り比嘉は律儀に全部の給水ポイントで水を飲んでいた。

 前に比嘉を誘った時、アイスやシェイクで腹下すって言ってたもんな。こんなに冷たい水を頻繫に飲まされて、腹壊したんだ!


 あんな顔色になるまで無理して走らなくても、腹いてーからトイレ行きたいって先生に言えばいいのに。もうすでに棄権してるヤツらもいるんだし。


 あ、言えねえのか。あの時、俺に腹下すんだろって言われることすら嫌がっていた。


 どこだ?! 比嘉!

 グランドを見回すと、比嘉は高梨のいるポイントの手前をヨロヨロと走っている。ヤバい! 強制的に水飲まされる!


 俺ももうすでに疲れ切ってるけど、気力を振り絞ってダッシュし水へと手を伸ばす比嘉にタックルをかました。


「冷てえ!」


 水がかかった高梨が叫んでるけど、その冷てえ水を無理やり何杯も飲ませてんだぞ! お前!


「ごめん! 先生! 俺超腹が痛くて! トイレ行って来ていいっすか!」

「いいぞー。むしろ漏らすなー」

「比嘉! 頼む! 俺をトイレに! トイレに連れてってくれ! 早く!」

「え?!」


 比嘉の手首をつかんで、肩を入れ比嘉を担ぐ。こんな差し迫った状況でコイツの鈍足では不適切だ。

 比嘉は思ったよりも軽い。


 おおー! と生徒たちから大きな歓声が上がった。俺が比嘉を好きだと知ってるヤツらが俺が仕掛けたと思ったのかな。まあ似たようなものだ。比嘉はもらった!


 よく見たら比嘉ではなく俺が肩を貸していると分かるだろうが、構ってられない。トイレ目指して必死の瞬発力を発揮する。

 女子トイレの中へと比嘉を押し込み、俺も隣の男子トイレに駆け込む。間に合ったかな。


 俺はトイレに用はないので、手と顔を洗って出る。何となく、体を清めて気合いを入れたくなった。汗だくの顔だと何だし。

 頭を振って水分を飛ばす。


 ポケットから小銭を出す。あんなに水が用意されてるなんて思わないから、始まる前にジュースでも飲もうと持ってきてた。走ってる間ジャランジャラン言って邪魔でしかなかったけど、役に立って良かった。


 たしか、こっちの自販機にはまだ温かい飲み物があったはず。全部冷たいに変えられてなきゃいいんだけど。おお、あったあった。


 温かいお茶を買ってトイレの前に戻ると、ちょうど比嘉が女子トイレから出てきた所だった。


 トイレの前には植え込みがあって、座るのにちょうどいい高さだ。


「そこ座ったら? これやるよ。間違えて温いの買っちゃったから」

「間違えて? 入谷、赤と青も分からないの?」


 お前は文字じゃなく色で温か冷かを判別しとるんかい。


 お茶を渡すと素直に受け取って飲む。だいぶ顔色も回復してる。大丈夫そうかな。

 お茶を飲む比嘉の隣に飛び乗ったり飛び降りたりと落ち着きなく動いてしまう。あー、緊張する。


「もう、おなかは大丈夫なの?」

「俺は腹なんか痛くないよん」

「え?」


 不思議そうに比嘉が首をかしげる。


 今、二人っきりだ。今言うか。

 今日、絶対に言おうと決めていた。


 俺はルックスを重視する比嘉がとんでもねえ美形の男を好きだと知っている。それこそ、その男が入って行ったマンションの外壁すら楽しそうに見るくらい惚れている。俺には理解不能な域で比嘉はあの男が好きだ。

 でも、人の勇気が感動を与えることがあるのも知っている。

 あれほどの顔面偏差値を誇る男相手に、個性派イケメンの俺じゃいくら勇気を出しても無駄かもしれない。でも、それでも、俺は鎌薙以下でなんていたくない。


 比嘉に、俺の気持ちを知って欲しい。


 俺は比嘉と出会った入学式の日、ろくにしゃべることすらできなかった。あの日から今日まで、どんどんと後悔を積み重ねてきてしまった。

 比嘉を好きだと気付いていながら親の職業がどうの比嘉は真面目だからどうの理由をつけて認めようとしなかった。気持ちが暴走して好きだと言いかけたのに、比嘉に嫌われるのが怖くてごまかした。比嘉に好きな男がいると知って、諦めようとまでした。


 いろんなことを考えすぎて、俺は大事なことを見落としていたんだ。

 比嘉が誰を好きでも、俺が比嘉を好きなのは変わらないのに。


 覚悟を決めて、比嘉の前、正面に立って、比嘉を見つめる。あー、めっちゃキレイな顔してる。俺は無駄で無謀なことを言おうとしてる。分かってる。


 それでも、言う。俺の後悔は全て、この言葉を言えなくしてしまったことへの後悔だ。


「俺、比嘉が好きだ」


 比嘉がロシアンブルーみたいにキレイで印象的な目を丸くして俺を見上げた。

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