充里爆弾の後処理をする俺
「比嘉さん、感じわるーい」
いや、違うんだよ。鎌薙が告ったのを比嘉は聞いていない。あの鎌薙の告白が比嘉さん感じわるーいにつながってしまうとは。
どーすっかな。ここで俺がかばうと更に比嘉が悪く言われてしまうだろう。
モテるとは諸刃の剣。ひとりの女子と仲良くなると、俺ではなくその女子が他の女子から嫌われてしまう。
比嘉を見ると、聞こえていないかのように必死な様子でノートを写している。でも、俺にはっきり聞こえたのに聞こえてないこともないだろう。
「おはよー。どうしたの?」
「充里! 待っていたぞ、爆弾処理班! この音漏れするほどデカい音でボカロ聞いてるド天然爆弾をどっか遠くに連れてってくれ!」
目の前にイヤホンして座っている曽羽を指差す。だがしかし、この自由人は俺が指差した先を見ることもなく俺と並ぶ比嘉を見て目を輝かせた。
「お! 統基ってば比嘉のこと落としたの? 仲良く並んでノート写しちゃって~」
「充里ぃい――!」
お前がバカデカい爆弾を投下してんじゃない! 処理をしろ、処理を!
「え? 入谷が比嘉さんのこと好きなの?」
「そうだよ」
「入谷と比嘉さんって付き合ってないよね?」
「ないよ」
さらしもんじゃねーかよ、この自由人が! いらんことしか言わねえ!
どうしよ?! もうどうせなら便乗して告るか? このクラス中の注目を集めながら? 冗談じゃねえ! 絶対に嫌だわ!
「誰にも落ちなかった下山手高校のラスボスが片思いとか、萌える~」
「比嘉さんって、ただ美人なだけじゃなくて気高い雰囲気あるもんね」
「そうそう、高貴な感じするー。入谷が好きになるのも分かるわ」
……え?
俺はずっと、ひとりの女子と仲良くすることは避けてきた。俺が仲良くなるとその女子が嫌われるからだ。だがしかし、この状況は話が違うようだ。
俺が比嘉を好きだって設定になると、「男によって態度を変える感じ悪い女」から「下山手高校のラスボスが惚れた美人で気高い女」に比嘉の評価が一変すんの? だったら……。
「まだ落とせてねえんだよ! やっと隣に座れただけ! やっぱり比嘉は俺でも厳しいわー」
「キャー! やっぱり好きなんだー!」
「那波! 俺のために休み時間もこの席貸してくんない? これビッグチャンスだと思うんだよねー」
「いいよ! 応援してるね! 入谷!」
「ありがとう、那波!」
「がんばって! 入谷!」
「ありがとう、恵里奈!」
「俺の分までがんばれよ! 入谷!」
「ありがとう、鎌薙!」
がんばれー、落とせー、という声援ひとつひとつに手を挙げて応え丁寧に礼を述べる。ここまですりゃあ比嘉が矢面に立たされることもないだろう。
席に座り直すと、呆然とした様子で当然ながら比嘉が俺を見ている。さすがに照れるわ。
「よし、これで堂々とノートを写し続けられる!」
「ああ……あ、ノートね。私も急いで写さないと」
ん? 照れ隠しを本音だと思った? どこのどいつがノート写すためだけにクラスメートに俺はこの女が好きだと宣言するんだよ。
だが驚くべきことに、比嘉は本当に俺がノートを写すためだけにみんなの前で宣言したと思ったらしい。
昨日までと何ら比嘉の態度が変わらない。ピュアか。ノー猜疑心にも程があるだろ。そこは空気読んで疑ってくれよ。
マジかよ。どんな頭してんだよ。頭ぶっ壊れてんだろ、コイツ。
でも、結果オーライだ。比嘉には伝わっていないが、他の連中に俺が比嘉を好きだと知れ渡った。この俺を差し置いて比嘉に告る猛者はそうそういないだろう。抑止力にはなる。
「じゃあねー、バイト行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
またストーカーしに行くらしく、比嘉は聖天坂中心部へと消えて行く。
結果オーライではあるけど、このままじゃダメだ。この俺が鎌薙以下なんて俺の男のプライドが許さない。
「おはようございます」
「おはよう、入谷くん」
創作居酒屋ひろしの引き戸を開けると、今日も店長がにこやかに迎えてくれる。店長の名前がひろしなのかな。田中ひろし。すげー数の同姓同名がいそう。
「おはようございます」
「おはよう、入谷くん」
事務所に入ると、今日も橋本さんがいる。もうエプロンを着け終え、テーブルに置かれたバイトの交流ノートを座って見ながらペットボトルのコーヒーを飲んでいる。
「入谷くんって高1だったんだ」
「そっす」
「高1って何歳だっけ?」
「15っす」
「15歳には見えないわね。もっと上かと思ったわ。大人っぽい」
「そっすか? 初めて言われた。橋本さんはいくつなんすか?」
「22歳よ」
「へー」
7つ上か。ニコニコ笑ってるせいか、橋本さんって話しやすいしそんなに年上には感じないな。
またしてもエプロンに手間取る俺に笑って、立ち上がって手伝ってくれる。優しくてありがたい。
「ありがとうございます」
「あ、そうだ。ロッカーの上に新しいティッシュが置いてあるんだけど、取ってくれない? さっきコーヒーこぼしちゃって使い切っちゃったの」
「いっすよ。届くかな」
橋本さんよりは背が高いけど、そこまで違わない。橋本さんに届かなかったんなら俺も届かん可能性大だわ。
と思いきや、背伸びする必要もなく取れた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。男の子がいると助かるわ」
「これくらいならいくらでもやりますよ」
「頼もしいー。入谷くんが入ってくれて良かった」
おお、大人の人にニッコリ笑ってそんなことを言われると、超嬉しい。橋本さんかわいいし。思わずニンマリしてしまう。
「ねえ、彼女いるの?」
「いないっすねー」
「好きな子もいないの?」
「好きな子はいます!」
「そうなんだ。同級生?」
「クラスメートっす」
「そっかー。高校生くらいってやっぱり同級生がいいよねえ」
「他に出会いもないですしねー」
「ちょっとお、出会ってるでしょー」
自分と俺とを交互に指差しながら橋本さんが頬を膨らませる。かっわいいお姉さんだな、マジで。なんとなく二人して笑い合う。
「橋本さんは大人でしょ」
「大人は恋愛対象外なの?」
「俺はね。女子はそうでもないみたいだけど」
「ハッキリ言うなあ」
「橋本さんが聞くからじゃん」
俺は年上の彼女とか考えられないけど、比嘉が好きな男はたぶん俺らより年上だ。二十歳いくかいかんかくらいに見えた。高校生には見えない。制服着てなかったし。
俺はあの男に勝ってる所なんてひとつもない。でも、大事なのはそんなことじゃない。
このまま勇気なく鎌薙以下で甘んじるなんて嫌すぎる。明日で6月も終わる。鎌薙以下な俺も明日で終わらせる。




