私の優しいお友達
入学式が終わり、講堂を出て愛良を探してキョロキョロしていたら、愛良の方から見つけて声をかけてくれた。
「髪黒い子の方が少ない学校だねえ。みんな制服ちゃんと着てないし」
「本当ね」
ニコニコしながらおっとりと綿菓子みたいにフワフワな声でそう言う愛良も、髪赤いしブレザーのボタンを留めずに中に着てる黄色いセーターが目立ってるし、学校指定の地味なネイビーのリボンじゃなくてピンクのかわいいリボンをしている。
こうして見ると、たしかに入谷はヤンキーじゃないわね。校則を守っているのが私くらいなのかもしれない。
「愛良の中学校はヤンキー多かったの?」
「ヤンキー? 派手目でヤンキーっぽい子はいたけど、ケンカしたりするようなヤンキーってヤンキーはいなかったよ。叶の学校は?」
「うちには、ケンカばっかりするヤンキーと言うより不良がいたわ」
「不良かあ。怖いねえ」
怖いねえ、と言いながら、フワフワと笑う。
愛良って、なんだかずっと笑ってる。話しやすくて初めての友達には最適だわ。
まだ入学式が終わったばかりでひとり黙々と階段を上る人も多い中、ワイワイとにぎやかな人たちがいた。
見ると、1年生がひしめく中に背が高い充里のスポーツ刈りの金髪が見える。
「あ、充里だよ、愛良」
「大きいからよく見えるねえ」
あ、入谷もいる。明るい髪色でツインテールの女の子が腕に絡みつくのを鋭い目でにらみつけながら振りほどいている。あの子とも入谷は仲が良いのかしら。
入谷よりも少し背の低い黒髪の男の子とも話しているみたい。
友達に挟まれるというよりも、囲まれている。いいな。
私と愛良なんて、なぜか周りに人が寄り付かず私たちの前後2段には誰もいないっていうのに。
同級生と話すことにまるで慣れていない私が話しやすかったくらいだから、入谷は友達が多いんだろう。
また入谷と話してみたい。
桜三中クオリティって何なのかまるで分からないままだし。思い切って、話しかけてみようかしら。桜三中クオリティって何? って。
「叶?」
「あ、ごめん、話聞いてなかったわ」
「なんだか、ずっと入谷くんのことを見てるんだねえ」
「そう? 気付かなかった」
せっかくできたお友達の話も聞かずに入谷のことを考えているだなんて、なんて失礼なことをしてしまったのかしら。
なんとか話題をしぼり出したいけど、特に浮かばない。
教室が3階なのがキツい。息が上がって、何か話したいけど余裕がない。
「叶、大丈夫?」
「……大……」
丈夫、が息が切れて言えなかった。
ニコニコと癒しの笑顔で愛良が励ましてくれる。私の友達はとても優しい人みたい。うれしい。
ツラい階段をなんとか上り終えると、充里と入谷がツインテールの子と黒髪の子と一緒に前のドア辺りの廊下でしゃべっている。
私は席が一番後ろだから、後ろのドアから愛良と入った。
空っぽの机の中に手を入れて高校の机を満喫していると、
「入谷ー!」
と叫ぶ声が聞こえた。見ると、前のドアから入谷が教室に入って来て、廊下の男の子と女の子に手を振っている。
みんなが席に着きしばらくすると、担任の鈴木先生が教室に入って来る。手に山盛りのプリントを抱えている。
「改めまして、担任の鈴木です。1年間、よろしくお願いします。とりあえず今日は、このお手紙を配って終わりです」
そのお手紙を配るのが大変そうね。教卓から束を手に取り、各列の一番前の人に渡していく。渡された人は1枚取って後ろへと回していく。教卓に残る山はまるで高さが変わってないように見える。
「俺、手伝いまーす、りんりん」
「りんりん?」
先生がキョトンとしてる間に、充里が席を立って教卓の山から束を取り、先生と同じように配っていく。
「あ、ありがとう。えーと……ありがとう」
「いーえー」
先生が戸惑ってる。私も初めて見たわ。頼まれてもいないのに、笑顔で先生の仕事を手伝う生徒。
私のもうひとりのお友達もずいぶんと優しい人みたい。良かったわ、いい人たちと友達になれた。
「明日からは8時25分までに登校してください。では、みなさん、1年間楽しく仲良く過ごしましょう。今日はこれで解散です」
「バイバイ、りんりーん」
「え? あ、はい、さようなら」
充里はすごい。私や愛良にも笑顔で話しかけていたけれど、先生にでも態度が変わらない。
「今からみんなでどっか遊びに行こうや! 1年間仲良く過ごすためにさー」
「いいねー、充里! 行こうぜ! みんなー」
充里が立ち上がってクラスメートたちに呼びかけると、入谷も立ち上がってシュババッと机の間を縫って私の前の充里の席へと来る。
クラスメートたちもいいよー、どこ行くー? と口々に言いながらひとりまたひとりと充里の席の周りにやって来る。
入谷と目が合う。が、すぐにそらされてしまう。
行きたい……すごく行きたい。
入谷とまた話せるかもしれないし、他にもお友達ができるかもしれない。私は友達がほしい。
「行くべ、曽羽ちゃん!」
「いいよー」
愛良も行くのか。完全に私も行きたい。でも……。
でも、今からかあ……。今からは、行けない。
クラスのみんなが充里の周りに集まり始める中、私はひっそりとひとり、後ろのドアから廊下へと出た。
急いでまだ人のまばらな階段を下りる。
1階の廊下から正門の方へと向かう。門の前で、スーツ姿のパパとママが待っている。
「叶ちゃん! お疲れ様。高校の制服もよく似合っててかわいいねえ」
「ありがとう、ママ」
「ばっちりビデオ撮れたよ。家に帰ってテレビに映して見ようね、叶」
「ええ、パパ」
パパとママに挟まれて、近くの駐車場に止めている車へと向かう。明日からは歩いて登校するんだから歩いて行くと言ったんだけど、迷ったり転んだりしたら危ないからと押し切られた。
「お友達はできた? 叶ちゃん」
真っ先にママが聞いてくる。
気が早い。まだ入学式が終わったばかりだと言うのに。
小学校、中学校の入学式の後も同じタイミングで同じことを聞かれた。どちらも、私はうつむいて首を横に振るだけだった。
「できたわ。二人も。二人ともすごく優しくて、ひとりは先生のお手伝いを率先していたわ」
「まあ、そんな優しい子たちとお友達になるなんて、叶ちゃんが優しい子だからね」
「叶なら、これからもっとたくさん友達ができるに決まってるよ」
はは……と苦笑いを返すしかない。
今日、みんなと一緒に遊びに行けていたら、もっと友達ができていたかもしれないんだけどなあ。
いざひとりで出てくると、今更ながら心配になってしまう。
愛良にたくさんお友達ができて、明日からまたひとりぼっちになってしまったらどうしよう。