私は嫌われている
もう今週も終わりね。金曜日だ。来週の今頃は期末テストの真っ最中。期末は科目も多いし不安しかないけど、テストが終われば長い夏休みだ。夏休みに向かってがんばろう。
なんとか3階まで階段を上り切って教室に入り、自分の席に座ると愛良も来た。入谷はもう席に着いていて、後ろの席の小田さん、隣の席の阪口くんと話している。家が遠いって言ってたけど、入谷はいつも登校早いわね。
「おはよう、愛良」
「おはよう。古文のノート今日提出だから朝からやってたら遅くなっちゃった」
「あ! 忘れてた! 私、書くのが追い付かなくて板書できてないんだったわ。愛良、ノート貸してくれない?」
「いいよー」
愛良がカバンから古文のノートを取り出していたら、
「あ! 古文今日までか! 忘れてた!」
と入谷がシュババっと走って来る。
「曽羽! 俺もノート写していい?」
「いいよー」
「サンキュー!」
入谷が勝手に隣の水無瀬さんの机を私の机にくっ付けて座る。真ん中に愛良のノートを置いて、頭を寄せ合いながら必死で写す。
古文は3時間目だというのに、5ページくらい写さないといけない。間に合うかしら。
「良かったねえ、入谷くん。なんか叶と仲良くなれ――」
「曽羽! 消しゴム持ってる?! 消しゴム貸してくんない?!」
「入谷くん、消しゴム持ってないの?」
「ないの! 俺消しゴム持ってないタイプの人間なの!」
どんなタイプ分けなのかしら。私も消しゴムなら持ってるけど、愛良が出してくれてるから任せてノートに取り組む。
「キャー! 入谷が私の席に座ってる!」
声の方を見ると、水無瀬さんがキャーキャー言いながら木村優夏さんと手を合わせて飛び跳ねている。
水無瀬さんはすっかり垢抜けたけど、木村さんは変わらず黒髪のお下げでメガネをかけていて大人しそう。はしゃいでいる水無瀬さんにニコニコと手を差し出している。
隣の入谷は水無瀬さんに笑いかけると、席を立つこともなくそのままノートを写し続ける。
……水無瀬さんって、やっぱり入谷が好きなのかしら。そうでもなければ、入谷が座ってるからってあんなに喜ばないわよね。
何人入谷のことを好きな子がいるんだろう。そして、入谷は誰が好きなんだろう。
私もノートを写す作業に戻りながら、胸がざわめくのを感じる。何だろう、この焦り。
「あー、終わる気がしねえ」
「あ、うん、私も」
「こんなにノート取ってなかったとはなー。俺、古文の授業って眠くなっちゃうんだよ」
「分かる! 先生が謎言語しゃべってるから眠りの呪文みたいに聞こえるの」
「謎言語じゃなくて古文な。お前、ちゃんと写せよ。ここ違ってるよ」
「あ、ほんとだ。ありがとう」
「間違って覚えんなよ、もったいない」
「覚えられる気がしないわ。写すだけで精一杯」
「それな」
「比嘉さんって、入谷とは話するんだ」
「鎌薙が告白しても聞いてももらえなかったって言ってたのにね」
水無瀬さんと木村さんの声が聞こえる。
え、私に言ってる? でも、私は告白なんてされてない。人違いかしら。それは私じゃないって言った方がいいのかな。
「男によって態度変えるとか、比嘉さん感じわるーい」
……え……どうしよう。なんか知らないけど私いつの間にか水無瀬さんたちに嫌われている。
どうしたらいいのか分からなくて、とりあえず聞こえていないフリをして一心不乱にノートを写す。
「おはよー。どうしたの?」
充里が教室に入って来た。良かった、充里ならこの張り詰めた空気を変えてくれるかもしれない。
「充里! 待っていたぞ、爆弾処理班! この音漏れするほどデカい音でボカロ聞いてるド天然爆弾をどっか遠くに連れてってくれ!」
「お! 統基ってば比嘉のこと落としたの? 仲良く並んでノート写しちゃって~」
「充里ぃい――!」
入谷が立ち上がった。すごい絶叫。
クラスメートたちが一斉にざわつく。
「え? 入谷が比嘉さんのこと好きなの?」
「そうだよ」
「入谷と比嘉さんって付き合ってないよね?」
「ないよ」
水無瀬さんの発言に驚いて見ると、水無瀬さんは充里に尋ねている。
え? 入谷が私を好き?
びっくりして入谷を見る。入谷は両手を机について大量の汗をかきながら古文のノートを凝視している。
どういうことなの? その滝のような汗は何?
「誰にも落ちなかった下山手高校のラスボスが片思いとか、萌える~」
「比嘉さんって、ただ美人なだけじゃなくて気高い雰囲気あるもんね」
「そうそう、高貴な感じするー。入谷が好きになるのも分かるわ」
ついさっき「比嘉さん感じわるーい」って言ってたのに、水無瀬さんと木村さんがキャーキャーと私を褒めだした。
一体あなたたちは何なの?!
「まだ落とせてねえんだよ! やっと隣に座れただけ! やっぱり比嘉は俺でも厳しいわー」
「キャー! やっぱり好きなんだー!」
入谷が二人に向かって大きな声で言うと、クラス中がわーっと盛り上がった。入谷は歓声の中みんなの注目を集めながらも笑っている。




