鎌薙の勇気
あー、ムカつく。なんで俺がこんなストーカーのカバンなんか持ってやらなきゃなんねーんだよ。動物アレルギーなら動物避けろよ。まー、あの勢いで突っ走って来られたんじゃ俺でも避けれなかっただろーけど。あの犬でけーくせに超速かった。
「足もかゆい!」
「だろーよ。スカートかまれてたんだから足にも犬が触れてるだろーよ」
不機嫌全開で比嘉を見ると、靴と靴下を脱いで学校の水道に左足を乗せ太ももまでスカートをまくり水に流している。突然あらわになった太ももに盛大にドキッとして目をそらす。
ギャルの多いこの高校で、あれくらい通常運転に足を出してる女子なんかいくらでもいるのに、普段は膝丈のスカートに隠されているせいか見てはいけないものを見てしまった罪人の気分だ。パンツ見えねーかななんて考えはまるでよぎってない。
ハンカチで足を拭く比嘉を見てたら、すっげードキドキしてくる。見てはいけないと思う気持ちと見ないという行動は別物らしい。
「カバンありがとう」
「はい。災難だったな。スカートかまれるわアレルギー発症するわ」
「でも、ピックかわいかったから懐いてくれて嬉しかったわ」
「ピック?」
「サモエドの名前」
「サモエド?」
「あの犬の種類」
「ああ、そうなんだ」
コイツ、動物アレルギーのくせに詳しいな。さては動物好きか。俺なんか白くてやたらデカい犬だなくらいにしか思わんかった。
嬉しい、ねえ。
俺には分かんねえ。後からアレルギーに苦しむのが分かってるのにバカデカい犬に懐かれて喜んだり、好きな相手をただ見てるだけで満足そうだったり。
俺には比嘉がまるで分からない。俺は比嘉を見てるだけだなんてイヤだ。一緒に笑ったり遊んだりしたい。見てるだけじゃ満足できない。でも比嘉は、あの男を見てるだけであんなに楽しそうに笑う。
もうなんか、俺の好きと比嘉の好きはレベルが違う。俺なんかが想像つかないくらい、比嘉はあの男が好きなんだ。
認めるしかない。俺は、マンションを見てるだけのくせに幸せそうな比嘉を見てしまった。この顔の俺には、あんな笑顔させられない。
比嘉のことは諦めようと心に決めた俺の前に、ひとりの男がいる。鎌薙だ。そして、鎌薙が血走った眼で見ているのが比嘉と曽羽だ。
暑いからワイシャツは着ないことにして体育の後の着替えを早々に終えた俺は、自販機でジュースでも買おうと充里を置いてひとりで男子更衣室を出た。ジュースを買い飲みながら戻ろうとしたら、女子更衣室を凝視する鎌薙を見付けた。痴漢行為でもする気か。とりあえず比嘉が痴漢被害に遭うことなく無事に出てくるまでは見張っておくかと見ていたら、比嘉と曽羽が出てくると鎌薙はその後をつけだした。
ストーカーをストーカーしてんじゃない。
何コイツ。
鎌薙って、比嘉のことが好きなんかね。でも、鎌薙に告られたとか聞いたことねえぞ。好きになったら告るものだろーから、別に好きって訳でもないんかね。まあ、比嘉の男を見るポイントはルックスだと知ってる鎌薙が比嘉に告るとか無理ゲーでしかねえけどな。
決意の表情の鎌薙が気になって、俺も鎌薙の後をつけてみる。別に見つかってもノー問題だから、階段を上る鎌薙に普通に近付いた。
ん? 何かひとりでブツブツ言ってる。
「初めて見た時から、すごくキレイな人だなって思ってて、あの、素敵だなって思ってたんですけど、話しかける勇気が出なくて。でも、比嘉さんは女神なんかじゃなくて、俺らと同じ高校生だって入谷に言われて、だったら、あの、この気持ちを比嘉さんに伝えたいなって、思って」
……え? 何コイツ。もしかして、比嘉に告ってる?
曽羽と話しながら階段を上る比嘉は苦しそうな表情で必死に足を動かしているからまるで聞いてないけど、マジで告ってる?
「あの、比嘉さん、好きです! 良かったら、俺と付き合ってください!」
鎌薙が決定的な告白をした。びっくりした。なんでコイツ比嘉に告れんの?!
比嘉が男を見るポイントはルックスだって知ってるじゃん。お前全然ルックス良くねえじゃん。俺よりチビだしデブだし顔だってまんじゅうみたいでブサイクじゃん。クラスメート相手に言いすぎか。
でも、真剣な眼差しで比嘉の背中をただ見送っている鎌薙がものすげえカッコ良く見える。勇気だ。勇気がすげえ。男だな、鎌薙。すげえ。感動した。コイツはブサイクだが勇気がある。絶望してバイトに逃げた俺はなんてダサいんだ。
俺だってずっと友達でいたい訳じゃないのに、比嘉に拒絶されるのが怖かっただけだ。友達ですらいられなくなるのが怖くて、勇気が出なかった。俺は鎌薙以下だ。
比嘉は全く聞こえていない様子でヨロヨロと階段を上っていく。なんでこのタイミングで告ろうと思ったんだ、鎌薙。
……鎌薙の告白は比嘉に聞こえていなかったけど、もしも聞こえていたら?
俺ですら感動した。このブサイクがあんな神がかった美人に告る勇気に。
比嘉が同じように、告白そのものに感動したり気持ちが動かされることがあるかもしれない。心理テストでは比嘉が男を選ぶポイントはルックスだったけど、ルックス以上の良さを告白自体に感じる可能性は十分ある。
鎌薙が言ってたように、俺はみんなの比嘉は女神だという概念を打ち破り、リアル高嶺の花子さんにしてしまった。女神に告る人間なんぞはいなくても、高嶺の花だと勇気がある男は告ってしまうんだ。女神のままにしておくべきだった。俺だけの高嶺の花子さんにしていれば良かった。
誰かの恋が比嘉に届いた時、勇気を出した誰かが比嘉を連れてっちゃうかもしれないんだ。
嫌だ。比嘉が誰かのものになってしまうなんて、絶対に嫌だ。