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比嘉が望むルックス

 ほーん。比嘉の男を見るポイントはルックスか。選ぶ男は周りから羨ましがられるルックスの良い男か。よしよし。

 俺は、顔にだけは自信がある。いや、むしろ、顔にしか自信がない! 包容力だの個性だの抽象的なものを求められてもどうすりゃいいのか分からないが、ルックスなら簡単。普通にイケメンでいればいい。


「入谷! 馬だ! 馬を選んだ人は何がポイントなんだ?!」

「大知! もう帰って来たの? 猫どうなった?」

「大丈夫、エサのやりすぎによる消化不良が原因だった!」

「どんだけエサやったんだよ、細田のヤツ」


 まだ1時間目の後の休み時間だ。細田の家の飼い猫を獣医に連れて行ってたのに、すっげースピードで帰って来たな。あれからチャイムが鳴るまで高梨は机に突っ伏して寝てたから、二人が授業を抜け出したことはバレていない。


 俺のスマホで検索して、さっきの心理テストのサイトを探す。


「あ、あったあった。お前根性だな。あの中二病から馬を聞きだしたんだ?」

「ユニコーンって言ってたから、たぶん馬のことだろ」


「マジで中二病めんどくせえ! えーと、馬は、とても生真面目な性格で優等生タイプのあなた。自身が純真無垢であるため、異性にも誠実であることを望むあなたが重視するのは『嘘や浮気の入り込む余地のない真摯さ』。遊びで付き合うことなどできない人が好ましいでしょう。だって。あいつ、実はとても生真面目で純真無垢なんだ!」

「分かってた。俺には分かってたよ。あんな中二病なんて不可思議な武装は自分の弱さをカモフラージュするためのもの。その武装を俺は取り払い、本当の細田を磨き上げてみせる!」

「俺、お前のことも分からんなってきたわ」


 真摯さねえ。比嘉も優等生タイプだけど、こっちを選ばれなくて良かった。チャラいイケメンに分類される俺に真摯さとか誠実とかよく分かんねえ。俺わりと軽く嘘並べちゃうし。


 放課後になり、恋人ならではのスキンシップを求められていると知った充里は教室で堂々と曽羽を膝に乗せベッタベタにイチャイチャしている。見てられねえ。


「俺先に帰る。じゃーねー、また明日ー」

「私も帰ろう。充里、愛良ちゃんと家まで送って行ってね。まだ帰り道覚えてないんだから」

「分かってるよー。バイバーイ」

「バイバーイ、また明日ねえ」


 まだ帰り道覚えてねえのか、曽羽。さすがに覚える気がないだけじゃないのか。比嘉の家と近いって言ってたのに。比嘉ん家もたいがい俺ん家よりよっぽど学校から近い。


 比嘉と二人で教室を出る。おっと、いつもは四人でだが、これは珍しいシチュエーション。無駄にはしないぜ!


「なあ、今日あっちーからさ、アイスかシェイクでも飲まねえ? 俺おごってやるよ」

「いい。私の繊細なおなかはアイスやシェイクと相性が最悪なの」

「え? 腹下すの?」

「下すとか言うのやめてくれる?」


 ジロリと比嘉が睨んでくる。なんだ、ただのご褒美じゃん。

 やっぱ女子だし、腹下すとか言われんのイヤなのか。トイレ連想されんのイヤなのか。でも、腹下すんだろ。


「じゃあね、また明日」

「あ……また明日」


 あんましつこく誘ったら気ありまくりじゃんってバレるかな。断られたからには男らしく引き際鮮やかに大人しく帰るか。

 ……いや、それって男らしいか?


 立ち止まって比嘉の後ろ姿を見る。どうする? じゃあ、このクソあちー中ホカホカの肉まんでも食わねえ? って食い下がってみるか?


 比嘉がまっすぐに俺の目線を横切って行く。


 こら、どこへ行く。お前の家はそっちじゃない、あっちだ。

 俺はこそっと比嘉と黒スーツの紳士の後をつけた時に比嘉の家を知った。お前の家はそこを左に曲がるだろーが。


 俺の誘いを断って、どこに行く気だろう。え、まさか彼氏がいてこれからデートとか? マジで男出てきたりしねえよなあ。


 よし、後をつけよう。


 って、この間といい俺はストーカーか。2回目だからこそっと隠れるのも前回より手慣れたもんなんだけど。

 あ、聖天坂。そういや、引っ越して来てから学校と聖天坂にしか行ってないって言ってたな。聖天坂がよっぽど好きなんだろうか。


 聖天坂は広いから、俺は聖天坂南部を突っ切って桜町へと抜けるが、比嘉は聖天坂中心部へと進む。この辺は俺も来たことがない。俺が通学で通るのは聖天坂の端っこだったんだな。この辺りの家は俺が見慣れた家々とはまるで違う。デカさも奇抜さも桁違いだ。さすがは日本で一番の高級住宅地。


 中心部も抜け、聖天坂駅にほど近いコンビニ前で比嘉が立ち止まる。

 コンビニに用があるのかな。

 と思いきや、店には入らずコンビニを見つめるのみである。


 マジで何やってんの。


 こんな所まで比嘉をつけて来たことがバレるのはダサい。比嘉に見つからないように、電柱の陰に隠れる。俺もマジで何やってんの。


 比嘉の動きはない。退屈だ。飽きてきた。こんな意味不な行動に付き合ってないで、帰ろかな。


 ひとりの男が俺の横を通り過ぎて行く。なぜか目を引かれたが、すでに後ろ姿だ。色素の薄そうなフワフワな猫っ毛の背の高い男がコンビニに近付いて行く。


 すると、比嘉が動いた。コンビニ前からコンビニをぐるっと囲んでいるフェンスの陰に身を隠し、店内をのぞき込んでいる。


 え……もしかして、あの男が来るのを待ってたの?


 胸にドデカイ隕石が落ちてきたような衝撃だ。比嘉に、男……。


 いや、あれが彼氏とは限らない。彼氏ならむしろ、隠れるのは不自然だ。なんたって比嘉が求めるポイントはルックスのいい男だ。この俺よりイケメンかどうか、確かめよう!


 比嘉に見つからないよう、得意の瞬発力を発揮してコンビニの裏手に回る。従業員の自転車置き場になっているのか、フェンスに沿って2台の自転車がとめてある。


 途中までは壁だが、レジ側はガラス張りになってるから、ここから店内をのぞこう。

 壁ギリギリに体を隠し、顔だけを慎重にそーっと出していく。


「統基! 何してんのー?」


 こんな所でいきなり名前を呼ばれて飛び上がった。振り向くと、フェンスの向こうに自転車に二人乗りした充里と曽羽がいる。


 慌ててフェンスへと駆け寄り、

「声がでけーんだよ! シー!」

 と人差し指を立てる。


「そんなに焦ってどうしたの? 叶追いかけてるの?」

「どっから比嘉の名前が出た! 鋭すぎて怖いわ!」

「何だよー、統基、比嘉が好きだったんだ? 言えよー」

「だから、シー! 声がデカいんだよ、充里は!」


 曽羽から唐突に比嘉なんて出たもんだから、比嘉の姿が見えるのかと見回すも誰もいない。安心したのもつかの間、


「私が言って来てあげるよ。入谷くんが叶のこと好きだってーって。叶その辺にいるんでしょ?」


 とド天然が自転車を降りようとする。


「充里、走れ! その天然をこの場から連れ去ってくれ!」

「分かった! 飛ばすからしっかりつかまってねー、曽羽ちゃん」


 ふう、脅威は去った。ド天然怖ぇえー。


 気を取り直してコンビニに向き合う。あの男まだ店内にいるかな。

 あ、いる。レジの店員としゃべってるから、顔がよく見える。


 めちゃくちゃ、顔面が整ってる……。


 比嘉レベルだ。黄金比だ。イケメンなんてもんじゃない。美男子? 俺より年上だろう。美少年は違うけど、でもその笑顔は無邪気さもある。

 王子様感を醸し出すキラッキラした雰囲気。もうなんか、淡い月明かりのようなオーラが見えてくる。

 貴公子だ。貴公子って言葉が似合う。上品で、イケメンの最高峰の顔。


 背も高く、細身ながら引き締まったバランスのいい体格。笑顔で店員としゃべっている姿は、それだけで絵になる。


 比嘉が求めるルックスの良さって、このレベルなのか……。


 茫然自失である。

 俺には顔しかない。顔にしか自信が持てない。


 なのに、顔で負けた……。


 やがて別の店員がやって来て、男としゃべってた店員がどこかへ行き、私服で戻って来ると二人そろってコンビニを出た。

 俺も道路側に戻ると、比嘉がフェンスから電柱の陰に移動している。


 比嘉は、二人が歩いて行くその後ろを小走りしたりクルッといきなり方向を変えて建物の角に隠れたりと不審者でしかない動きをしている。あいつ、人の後つけるのも下手っぴなのか。俺の手本を見せてやろうか。


 男二人が茶色い大きなマンションに入って行くと、比嘉はそのマンションの前に建つ家の塀にもたれてマンション外壁を眺めている。


 ……あいつ、もしかして、あの男のストーカー?

 ストーカーするほど、あの男が好きなのか……。


 比嘉は、幸せそうに笑ってる。


 おい。マンションの壁なんか眺めて何が楽しいんだよ。愛しいあの人がいるマンションを見ているだけで私は幸せなの、とでも?!

 冗談じゃねえぞ! キャラ180度変えて笑ってんじゃねえ! お前はそんなヘラヘラ笑うようなヤツじゃねーだろ! 

 何もできねーくせに、無駄に堂々とした空気をまとって自信過剰なのが比嘉だろーが!


 俺の心の声は届くはずもなく、穏やかに笑いながら比嘉はマンションを見上げ続けている。


 そんなに好きなのか。あの男のことが。


 やっと人を好きになれたのに、やっとの初恋だったのに、こんなあっさり失恋とか、何だよ……。


 失意のまま、足を引きずるようにトボトボと来た道を戻る。


 失恋したら、どうしたらいいんだ。諦めるのか。好きでい続けるだけなら許されるのか。

 もしくは、奪う。


 ……いや……無理だ。

 身長も体格も男として負けてる。俺には顔しかないのに、顔すら完敗だ。個性派イケメンがあんな正統派プリンスに勝ってるとこなんかひとつもない。


 現実が重すぎて、いつの間にかうつむいていた。

 俺としたことが、失恋ごときで暗く沈んでイジイジウジウジ下向いて歩いてるなんて、何してんだ!


 これを人は現実逃避と呼ぶのだろう。

 何でもいい。こんな現実ぶっ壊したい。


 顔を上げてズンズン歩いていると、「高校生歓迎! バイト急募」と書かれたポスターが目に入った。

 これだ! バイトしようって前から思ってた。よし、比嘉のことを追いかけるなんて無駄な時間を過ごさず、時間を金に換えよう。時は金なり。タイムイズマネーだ。


 俺は全てをぶっ壊したくて、ポスターの貼られた引き戸を勢い良く開けた。

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