俺らについて回る謎のゴリラ
ドラムセットの前に座り、見様見真似でスティックを打ち鳴らす。
「ばっはは! すっげー適当! チャンチャカ言ってんじゃん、入谷!」
「な! 言ったべ。ドラム案外ムズイムズイ」
「マジだ。こんなもん叩きゃあいいと思ってたー」
選択授業が始まった。俺は音楽を選んでいる。
選択授業は1組だけでなく1、3、5、7組が合同である。俺と同じ桜三中出身の5組の佐伯と充里と楽器に親しもうの授業を受けている。
「次、マリンバやろー」
「俺マリンバ得意!」
「統基、小学校の時から合奏となったらマリンバとか鉄琴木琴選んでたよなー。鉄琴木琴の入谷」
「前出るじゃん、鉄琴木琴って」
「入谷の目立ちたがりー」
「そりゃー蓮に練習の成果を見せたいからねー」
「出たよ、充里」
「マジ蓮大好きなー」
わりとマジに、人数の多いリコーダーなんかだと俺すっげー背が低かったから見えなくなっちゃうんだよね。中3の時に突然の成長期でグングン伸びたけど、それでもまだ165センチ。
マリンバをポンポン遊んでると、プロかと思うほど激しくて上手いドラム演奏が聞こえた。思わずドラムを見ると、もっさりしたえらい体格のデカいゴリラみたいな顔と体の男子生徒が座っている。
「すげー。あのゴリラ超上手え」
「ゴリラのくせに生意気な」
「充里も入谷も普通にゴリラって呼ぶのな」
「ゴリってんだもん」
「それな」
「仲野だろ。たぶん7組だよ。あいつすげーワルいらしいよ。入学式の日によその学校の生徒とケンカして、いきなり停学くらったんだって」
ふーん。7組なら、あかねと同じクラスか。なんか言ってた気もする。すげー不良がおって怖いから守りに来てーや、だかなんだか。
もちろん一度も7組になんぞ行ったことがないから、仲野なんか初めて見た。端と端だから使う階段もかぶんねえし。
「こんな日本の最底辺校でも停学とかあるんだ? 何しても学校の裁きなんかないもんかと思ってた」
「一応校則はあるから。お前らが一切守ってないだけで」
「ゆーて佐伯もサンダル履いてんべ。それ絶対校則違反だろー」
「サンダル楽なんだもん」
「かっわいーな」
「優勝」
なぜかぶりっ子に両手をグーにしてあごにやり、上目遣いにかわい子ぶる佐伯がかわいい。
俺らがアコースティックギターに移動すると、軽やかなマリンバの美しい音色が響く。思わずマリンバを見ると、あのゴリラが見えない速さで演奏している。
「上手いんだけど、いちいち音がデカくてうっせーな」
「それな」
充里が適当にギターを弾きながら神田川を歌う。
「うろ覚えじゃねーか!」
「アニメでヒロインが歌ってたのしか聞いたことねえんだもん」
「次エレキギターやろーぜ」
俺らがエレキギターをこれまた適当に弾いて遊んでいると、アコギの切なげなメロディーが聞こえる。まさか、と見ると、やっぱりあのゴリラだ。ゴリラに似合わぬキレイな声で歌い始める。
「あ、神田川だ」
「すっげー上手え」
「上手いけど……もしかして、あいつ俺らの後ついて来てない?」
「たしかに」
「神田川だし」
何なんだ、あのゴリラ。俺はもちろんあんなゴリラ知らねえし、充里も知ってるヤツなら声掛けてるだろうし、佐伯も噂で聞いた程度で面識ないっぽかった。
「おおー、エレキかっけー」
「バンドやりたーい」
「モテたいだけだろ、佐伯は」
「どう? かっこいい?」
「かっこいい、かっこいい」
「適当に言うなよー」
あははは、とエレキギターを置きオルガンに向かう。ゴリラを見てみると、アコギを置いてやっぱりエレキを手に持つ。完全に俺らに対抗してる? なんで?
「あいつすげえ。楽器なんでもできるんだな」
「すげーけど、なんで俺らの後ついてくんの?」
「偶然じゃね? 俺たちも適当に近場の楽器に移動してってるだけだし」
「じゃーさ、次あっちのアコーディオンやりに行こうや」
「いーよ」
俺たちがアコーディオンで一通り遊んで、またしても離れたピアノに移動するとゴリラはドスドス歩いてアコーディオンに向かう。
「絶対、俺らの後ついて来てるよ」
「ゴリちゃん一緒に遊びたいんかね」
「そんな友好性は感じねえけど」
「どーでもいいべ、ゴリラなんか」
「それもそうだな」
なんで俺ゴリラなんか気にしたんだろ。言われてみればどうでもいいわ、あんなヤツ。
その後も楽しく音楽の授業を終える。ゴリラのことなんかすっかり忘れて、充里と佐伯と三人で教室に戻るべく廊下を歩いて行く。
「おい! 邪魔なんだよ!」
やたらとデカい声に、自分たちに言われているとは思わなかったが振り向いた。すると、仲野が俺を睨んでいる。
「何、お前。俺に言ってんの?」
「そうだよ、チビ」
言ってはならんことを言ったな、このゴリラ。
「デカきゃいいってもんじゃねーんだよ! いちいち俺らの後ろついてきやがって、ストーカーか! 気持ち悪い!」
「なめた口利いてんじゃねーぞ!」
「お前がな!」
因縁つけてきたのは向こうだ。俺は悪くない。
183センチある充里よりもだいぶデカい。190超えてそう。体格も充里のようなスポーツマン体型ではなく、ただのゴリラだ。
体格差は悲しいほど明白。もしも殴られでもしたら間違いなく吹っ飛んでしまうだろう。だがしかし、ここで引き下がるのは負けを認めることと同じ! 俺は絶対に負けない! 男のプライドに懸けて敵前逃亡なんかしてたまるか!
だがしかしだがしかし、絶対にケンカなぞしたくない! 俺ケンカなんかしたことない良い子だもん! 100パー負ける!
どうしようかなと思いながらも引く訳にもいかず睨み合う俺と仲野の前に、角を曲がって来た比嘉と曽羽とあかねが現れた。いい所に強力な盾がやって来てくれた!
「比嘉! なんであかねと歩いてんの?」
「美術の選択授業で一緒だったの」
「何か話した?」
「ううん、クラス別に座ってたから、端と端だったもの。ついさっきそこで声掛けられたとこよ」
手を挙げて比嘉に話しかける。
どうだ、ゴリラ。俺はあの神がかった美人の友人だ。あの美人の前で俺を吹っ飛ばせるもんならふっ飛ばしてみろ!
俺の目線につられて比嘉が仲野を見る。比嘉と目が合うと、仲野はクルリと背を向け、ドスドス歩き出した。
ふふん、やっぱりな。こんな美人の前でケンカなんかできまい。かわいい女子とは最強の盾である!
「え? 仲野?」
仲野の背中を見送りながら比嘉が驚いた様子でつぶやいた。
「仲野のこと知ってんの? 比嘉」
「中学が同じだったの。まさか仲野も引っ越して来てたなんて知らなかったわ」
「すっげー偶然。あ、もしかしたらあいつすげーバカでここしか行ける高校なかったのかも」
「そうかもしれないわね。中学でも不良で有名だったわ」
「入谷、仲野と関わったらあかんで。あいつ、ほんまもんの不良や。世の中関わったらあかん人間っておるねん」
「俺だって別にあんなゴリラと関わりたくねーよ。向こうが絡んでくるから睨みつけてただけだよ」
「睨みつけたんかいな。怖いもん知らずやなあ。ほんまに危ないで。やめときやめとき」
比嘉が驚愕の表情で俺を足元から頭まで見る。なんだ?
「本当にミニチュア・ピンシャーみたいね」
「ミニチュア? お前にチビ扱いされるほどは小さくねえよ」
「あ、チビ扱いじゃなくて、ものすごく気が強いのね」
「あんなデカいだけの男に絶対負けねえ!」
「いや、負けるから、入谷。もう関わらんときや」
「統基ってマジで煽り耐性ゼロなー。あんなん適当にスルーしときゃいいのにー」
「俺ゃ自由人と違って守らねばならぬプライドがあるのだよ」
「統基って昔から謎のプライドに支配されてるもんなー」
「謎言うな。男のプライドじゃい」
しっかし、マジで何だったんだ、あのゴリラ。俺らの後をついて来てると思ってたけど、狙いは俺だけだったのか?
俺、あんなゴリラに絡まれる心当たりなんかひとつもねえんだけど。




