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私と入谷のダンスレッスン

 6月に入ったからかしら。今日は雨が降ってる。

 1時間目の体育は体育館でダンスだった。着替え終わって教室に戻り、真ん中の列の一番前、教卓のすぐ前の愛良の席で休み時間の残りを過ごす。


「女子はダンスだからいいよなー。男子なんか柔道だよ。俺ダンスが良かった」

「俺らさ、アニメ制作やめて最近ダンス動画作ってんの。見てよ、恵里奈」

「えー、こんなん作れるんだ! すごーい!」

「恵里奈、ダンス得意だったりする? 良かったら俺らと一緒に動画作んない?」

「作んないー。私は体育のダンスくらいならできるけど、これは無理! 入谷、これ踊れる?」

「あー、大知(だいち)新しい動画作ったんだ? 曲は知ってる」


 愛良と入谷の席の間に阪口くんを挟んでいる。その阪口くんの席に渡部(わたべ)大知くんが座り、その後ろに吉田(よしだ)登生(とうい)くんが座って、入谷と充里と入谷の後ろの席の小田さんとがスマホをのぞき込んでいる。


 私は柔道が良かったわ。中学の時は1年生の間は受け身の練習だったからなんとかなったもの。2年生になって投げ技が始まったら途端にできなくなったけど。


「よし、覚えた! 充里は?」

「俺も覚えた! たぶん!」

「マジか。ダンス対決一発勝負だ!」

「やったろーじゃん!」


 音楽が聞こえてきて、入谷と充里が前に出る。一番前の席の愛良の机の前にしゃがんでいたから、私のすぐ目の前で入谷が踊っている。すごいわね。

 すごいけど、同じダンスを見て踊ってるはずなのに動きがまるで違うんだけど。そのせいか、小田さん、渡部くん、吉田くんが爆笑している。


「すげえ! 入谷完コピじゃん!」

「初見で完コピとかすっごーい!」

「あはは! 実は初見じゃなかった! 違う動画で見たことあったわ」

「反則じゃん、統基ー」


 入谷は完コピ、充里はオリジナルのダンスだったってことか。どちらにせよ、二人とも踊れていた。


「はあ~」

「元気出しなよ、叶。とりあえず振り付け覚えたら合格にしてくれるって先生言ってたじゃない」

「ん? どうかしたの?」


 入谷がこちらを振り向いて、愛良に尋ねる。


「次の授業でダンスの課題を発表されるの」

「ふーん? なんで比嘉はへこんでんの?」

「叶、ダンスが苦手みたいなのお」

「苦手なもんだらけだな」

「人間ひとつくらい苦手なものがあった方が努力することの大切さを知れていいのよ」

「だから、ダンスひとつだけじゃねーだろ。お前が苦手なのって」

「はあ~。なんで授業でダンスなんてやるのかしら。ダンスは娯楽なんだから、踊りたい子が好きに踊ればいいのに」


 ため息をつく私を入谷がじっと見ている。何かしら。


「比嘉、さてはお前文字と同じでダンスに慣れてねえだろ」

「え? そりゃあ、慣れてないわよ。私ダンサーじゃないもの」

「何事も慣れだよ。簡単なダンスの動画探しといてやるからさ、放課後練習しよーぜ」

「放課後は無理だわ」


 放課後は、あの人が友達に挟まれる姿を見に行きたい。今日こそ、見られるかもしれない。


「じゃあ、10分休みに動画教えるから、昼休みに練習しよう」

「えっ」


 私はダンスの練習なんてしたくないのに、返事をしないうちにチャイムが鳴って、じゃっ! と入谷が席に戻ってしまう。私も席に戻らなきゃ。


 昼休みになり、忘れてないかなと期待してみる。


「さっさと食えよ。丁寧に三角食べしなくていいから」


 入谷はあっという間にパンを食べ終わり、急かしてくる。忘れてないかあ……。


「はい、食い終わったな。さっさと片付ける!」

「お茶くらい飲ませてよ」

「よし、行くぞ!」


 入谷が私の手首をつかんで席から立ちあがらせ、そのまま教室を出て行く。えっ……。

 強引に腕を引かれながら、胸がドキドキしてくる。


「こっちこっち。人がいたんじゃ恥ずかしがって練習になりそうにないからさ」


 学校に人のいない所なんてあるのかしら?

 入谷が階段を上って行く。引っ張られてるから、私も上がる。ペースが速くて、こけそうになりながら必死で上る。


 必死に足元を見ていたら、急に風が吹いた。見ると、突き当りのドアが開けられている。


「あれ? このドア開いたっけ?」

「こないだ充里と中学ん時の連れとピッキングしてみたら開いた」

「ピッキング?」

「何でもない。知らなくていい。ほら、屋上になってんだよ。ここなら誰も来ない」


 朝の雨でまだ濡れてるけど、これくらいなら大丈夫そうね。体育でどうせ踊らなきゃならないんだから、がんばってみよう!


 入谷が選んだのは、男の子と女の子が踊っている動画だ。


「すごく短い曲なのね」

「男女のダンスパートだけだからな。本家はもっと長いんだけど、この動画上げてる人がこの長さにしてるの」

「へー、そうなんだ」

「これ聞いたことない?」

「ないわ。動画とか見たことないし」

「マジでそのスマホ何のために持ってんの」

「親が居場所を把握するため」

「でしたねー。はい、やるよ。まず見て振り覚えて」

「これくらいならすぐに覚えられそうね」


 と思いきや、全然覚えられない。覚えたつもりでやってみるけど、いざ動こうとしたら分からなくなる。

 しゃがんで両手を前に出す、はずなのに、何度やってもなぜか入谷の手とぶつかってしまう。


「あれ?」

「あはは! もー、何回目だよ! 先に俺がしゃがむから、比嘉はまず上で手を前に出すの。で、次に比嘉がしゃがんで手を出すんだよ」

「……分かったわ」

「分かんないなら素直に言えよ」

「よく分からないわ。と言うか、分かってるんだけどなぜかできないの」

「素直だな! あはは! えらい、えらい」


 入谷が立ち上がって、しゃがんでいる私の頭をポンポンと軽く叩いた。


 びっくりして見上げたら、入谷が笑顔で私を見下ろしている。


「はい、立って。俺に釣られてしゃがむのをこらえて、俺が今! って言ったらしゃがんで。分かった?」

「あ、私釣られてたのかな」

「たぶんね。とにかく、今って聞こえるまでは立ってて」

「分かったわ」


 立ってることに集中すればいいのね。それならできそう。

 向かい合わせで入谷が音楽をかけ、しゃがむ。ほんとだ。釣られて体がしゃがみそうになるけど、こらえて立つ。


「今!」


 慌ててしゃがんで、両手を出す。入谷は立たなきゃいけないのに、なぜかしゃがんだまま笑ってる。私が出してる両手に入谷も両手を合わせた。


「すっげえ! できたじゃん! ひとつ言っただけでできるようになるなんて、すごいよ、比嘉」

「え……」


 入谷の手が温かい。

 やっとできたのに、どうして嬉しい気持ちよりドキドキする方がだいぶ大きいんだろう。


「実は俺、コイツ俺に釣られてしゃがんでんなってすぐに気付いたんだよねえ」

「そうなの? どうしてすぐに教えてくれなかったのよ」

「比嘉が素直に聞かないからだよ。分かんないなら聞けばいいじゃん」

「え……」

「ちゃんと聞いたらすぐできるようになっただろ。お前はできないんじゃない。慣れてないのとコツを知らないだけだよ」

「あ……そうなのかな」

「うん。比嘉ならできるよ。よし、続き練習――」


 チャイムが鳴る。校舎の中より小さい音に聞こえる。


「時間切れかー。明日も練習しよーぜ。課題発表されるまで一週間あるんだろ」

「あ……ありがとう。入谷」

「え? 何が?」

「あ、えっと、練習付き合ってくれて」

「どーいたしましてー。あー、俺もダンスが良かったー」


 なんか、頭真っ白になっちゃって全部言えなかった。

 練習に付き合ってくれたこともありがとうなんだけど、私のことをできるって信じてくれてありがとうの方が大きかったのに。


 私は自分でも私ならできる、私ならできるって言い聞かさなきゃ信じられないのに、入谷は私ならできるって信じてくれた。嬉しい! ものすごく、嬉しい!


 席に着き、さっきの入谷の手の温かさを忘れたくなくて、胸の前で右手を左手で包み込んだ。

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