俺よ、桜三中クオリティって何なんだ
講堂での入学式の間中、校長の話もPTA会長の話も地域の方の話も何も耳に入らない。頭の中には比嘉の顔しか浮かばない。
「各クラスの担任を紹介します。1年1組、鈴木先生」
舞台上を見ると、メガネをかけた黒髪ボブの女性教師が頭を下げる。何の特徴もねえ担任だな。つまらん。
あー、比嘉とまともにしゃべれなかったなあ……。
何をしゃべればいいのか分かんなくなってしまった。何だよ、桜三中クオリティって。自分でも意味分からんわ。ふがいない自分にムカついて、自分で自分の頭をわしゃわしゃにしてしまう。
鬱憤を晴らすように大声で国歌斉唱すると、なぜか充里も爆音で歌っててあちこちから笑いが起こった。
この俺が女子と話せないなんて……何なんだ、あの女。
女神みたいな顔を見なきゃマシなのかもしれないけど、昔っから親父に女性と話をする時は絶対に相手の目を見て話せって徹底的に叩き込まれたから、もうクセになってんだよなあ。
目をそらそうとしてもそらそうとしても、引き付けられるように見てしまう。ロシアンブルーみたいに印象的でキレイな目。
よろしくって笑った時には心底驚いた。比嘉のまとう堂々としたたたずまいが、笑うと一気に崩れて普通の女の子になる。曽羽みたいにずっと笑っててくれたらもっと話せたかもしれない。
……充里、早い者勝ちって言ってたけど、あれ結局誰の勝ちなんだ。僅差で一番に話しだしてた曽羽か?
とりあえず確実なのは、比嘉を見付けたのは俺よりも充里が先ってことだ。あいつ、あんなすぐに心変わりするくらいなら最初っから曽羽を見付けとけよ!
「統基、りんりん何歳くらいと思うー?」
「りんりん? ああ、担任? さー、30半ばってくらいかねえ」
新入生退場で講堂を出ると、すぐに充里が鈴木先生にあだ名を付ける。
「入谷! 同じクラスになられへんかったなあ」
って声と共に騒音と呼ぶべき人間が腕にくっついてきた。茶髪のツインテールが大人っぽい顔立ちにまるで似合っていない阿波盛あかねである。悔しそうに俺を見上げる。
あかねはそこそこかわいいし、スタイルもいい。出し惜しみをしない性格で、スカートが短い女子が多いこの下山手高校の女子生徒の中でも一際短くして長い足を出している。
全国高校偏差値ランキング4年連続最下位の高校に入学したくらいだから、当然頭の方は残念である。俺と同じく。
「ありがたい。あかねがいたんじゃうるっせーからな」
「ひどいわー。ザコキャラの自爆に巻き込まれて死んだかませ犬くらいひどいわー、入谷」
「かわいそうな人をかませ犬とか悪口ゆーな。お前、高校でも関西弁キャラで行く気か」
「キャラって何やねん! うちは大阪生まれやから、こっちに来てだいぶ経つけど関西弁って抜けへんもんやねん」
「うわ! 本物の関西弁初めて聞いた!」
ん? と思って振り返ると、充里やあかねと同じく桜三中出身の佐伯がいた。黒髪でメガネをかけ、身長165センチの俺よりも小柄な佐伯が180センチを超える充里と並んでいる。
コイツは一見真面目そうな好青年だが、かわいい顔して佐伯ほど女の子のことばかり考えてるような男を俺は知らない。
「あかねの関西弁を本物だと思うなよ、佐伯。コイツ大阪にいたのは2歳までだし、両親共帰国子女で家の中は英語だから。コイツの英語こそ本物だから」
「ちゅーか佐伯、あかねのこと知らんのー? 同中なのに」
「充里も知ってんだ? えー、知らんかった。同じクラスになったことないもん。ねえ?」
「そうやな、うちもこの人知らんわ」
「関西弁かわいい~」
あかねが満足そうに笑っている。佐伯のように関西弁で釣れる男がいるから、エセ関西人でい続けちゃうんだよ。あかねは小学校から同じの、充里に次いで付き合いの長い幼馴染だ。
「ねえねえ、君何組?」
「うち7組やで」
「7組かー。俺5組なんだけど、知ってるヤツひとりもいねえの。入谷と充里は同じクラスでいいなー。せっかく3人で下山手来たのに俺だけ違うクラスとか、さみしー」
「うちも知ってる子おらんねん。たぶん、桜三中から来たんこの4人だけなんちゃうん」
「充里の彼女も来てるよ」
「はーい、それは誤りです。さっき別れたから元彼女」
「は?! こんな最底辺校に連れて来といて入学早々別れるとか鬼かよ! 自由人!」
「しゃあない、自由人は自由なもんや」
「そしてもう充里には新たな彼女がいるよ、佐伯くん」
「げ! マジで鬼だ! でも二股せずに別れたんだ? 充里にしてはちゃんとしてんな」
「だろ。もう高校生ですから」
ドヤ顔するほどはちゃんとしてねえけどな。
高校生ともなればもう子供じゃない。たとえ自由人であろうともケジメをつけることは大切だ。
階段を3階まで上がると、すぐに1組の教室がある。その隣に2組3組4組と並んでいる。充里がクラスの表示を見上げた。
「4組までしかねえじゃんー。5組とかマジにあんのー?」
「角曲がると5組から7組が並んでんの」
「どうでもいい情報だわ。5組も7組も行かねえもん」
「さみしーつってんだから、冷たいこと言わずに遊びに来いよ! 入谷!」
「絶対ヤダー。じゃーなー、ぼっちくんー」
「入谷ー!」
さっさと手を振って教室に入る俺に佐伯が叫んでくる。あー、うるさい。うっせーのはあかねだけじゃなかったか。うるさいヤツが多いのも、桜三中クオリティなのかもしんない。
……桜三中クオリティ。ダサすぎる……比嘉ともっとまともな話がしたかった。
次に比嘉と話すチャンスがあったら、俺の男のプライドに懸けて日和ったりなどせず、ガンガン話しかけてみせる!