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真面目な比嘉と俺の親

「ナイッシュー」

「いえーい」


 今日の体育はバスケである。スリーポイントシュートを決めた充里とハイタッチする。バスケ部に入ったものの曽羽と遊ぶのを優先して早くも幽霊部員の充里は超バスケうまい。


 女子もすぐ隣でバスケをやっている。比嘉を見ると、ボールの動きの早さについていけないのかオロオロしてるように見える。運動神経まで悪いのか、あいつ。何でもできそうな雰囲気醸し出してるくせに何もできねえんじゃねえか。


 比嘉と目が合う。盛大にドキッとして目をそらす。ただ今授業中だ。バスケに集中!

 ボールは敵チームがパスを回している。そのボール寄越せ!


「うわ!」

「もらったあ!」


 得意の瞬発力で一気に距離を詰めボールを奪う。ちょうど敵ゴール下辺りだから、思いっきり跳んでゴールを決める。


「急にやる気出すなよ! さっきまでダラダラしてたから油断したー」

「ふふん、油断大敵」


 女子の方を見て比嘉を探す。お、こっちを見てる。シュート決めたの見てたかな。


 って、俺めちゃくちゃ比嘉のこと見てるな。めっちゃ目が合う。


 何か知らんが気付いたら比嘉を探し、目で追っている。

 ヤダ何コレ、もしかして、初恋?


 いやいや、ねえわー。

 よりにもよって充里が真っ先に見付けた女子に初恋とか、ないわー。この俺が充里の二番煎じなんて冗談じゃない。

 俺の男のプライドに懸けてない。


 しかも、あいつ自信過剰だし超頭悪いし親過保護だし怖がりのくせに強がるし。


 でも、何コレ何この気持ち。

 今もまさにシュートを決めた友姫の背後で小さく両手を揃えてハイタッチしたそうな比嘉が視界に入っている。気付いてもらえずうなだれた比嘉がこちらを見て目が合う。盛大にドキッとする。


 ハイタッチしたそうだったから両手を上げてエアーでハイタッチを申し出てみると、笑ってエアハイタッチを返す。何あいつ、超かわいい。


 超かわいい、けど……。


 体育が終わり、着替えて教室に戻ると次の現代文のために几帳面に教科書を机の角に合わせて配置している比嘉がもう席についている。

 他の女子はかわいく制服を着こなしていると言うのに、比嘉はただひとり校則通りに制服を着ている。アクセサリーもひとつも付けてない。染めたことなんかなさそうなキレイな黒髪で、化粧っ気もない。そこはする必要がないだけかもしんない。


 親が過保護なせいだろうか、比嘉って真面目だよな。掃除当番もサボったことねえし、宿題も毎回提出してる。できてるかどうかは知らねえけど。


 真面目な比嘉の親もきっと真面目なんだろう。親がホストな俺とは違って。


 日本最大の歓楽街、天神森の恩恵を受けている家庭の多い地元桜町では、「天神森ナンバーワンホストの息子」はそれだけで一目置かれ好き勝手できる立場にしてくれた。でも、ホストの息子なんて桜町を一歩出れば偏見を生むマイナスポイントでしかないって分かってる。


 まして、真面目な比嘉になんてまず間違いなく引かれる。

 遠くから引っ越して来たらしい比嘉は天神森すら知らないかもしれない。だいたい、歓楽街なんて高校生にとって全く身近なものじゃない。俺の環境が特殊なものだという自覚はある。


 俺は彼女が欲しいんだよ。もう本当に心から彼女が欲しい。女子とイチャイチャしてみたい。

 中学で学習したことを活かせなかった俺は、またしても硬派な魅惑の男ポジションを築いてしまった。好きでもない女子を俺が好きだったと周囲に思われないためには、本当に好きになった女子としか付き合えない。誰かを好きにならなきゃ彼女を作れない。


 でも、比嘉は……。


 筆箱からシャーペンを取り出して消しゴムと共に丁寧に並べているような比嘉に、俺の親、歓楽街でホストクラブいくつも経営してんだ、なんてとても言えない。俺的トップシークレットだが、問題はコイツだ。


 教室に入るなり、充里が曽羽をひざに乗せてイチャイチャし始める。マジで爆発すればいいのに。そしたら、うっかり口を滑らせる心配もねえし。


 充里ん家が自営業だって曽羽知ってんのかなー……あ。


「どした? 統基。ぼーっとして」

「なあ、充里。俺の親父の職業は?」

「は? 自営業」

「だよな」


 箱作家含め自営業の家が多い桜町っ子は親の職業は自営業だと刷り込まれている。いけるな、これ。


 余計な雑念は払拭しよう。高校に入って初めての定期テストも近い。俺の生徒をこの日本最底辺の高校で無事に二年生にするため、比嘉専属ティーチャーが働かねば!


「比嘉! 今日現文ノート提出だろ。漢字の宿題やった?」

「やったわよ、ほら」

「おー、ちゃんとやっ――お前、ちゃんと見て書けよ。悪態をつく、が悪能になってんじゃん。こんな言葉ねえよ」

「え? あ、ほんとだ」


 比嘉は真面目だけど、俺が見てやんなきゃせっかくの努力が無駄になってしまうかもしれない。いらんこと考えてねえで、しっかりティーチャーしないと!


 能を消しゴムで消す。


「ほれ、書け。下心忘れんなよ」

「え? 下心?」

「お前が忘れてた心だよ」

「これそんな名前なんだ」


 小学校で習ったはずなんだけど。


 下心……俺、なんでわざわざ比嘉専属ティーチャーなんか買って出たんだろ。こんなバカほっときゃいいのに。


「ちげーから。俺強くて優しい男なだけだから。ただの優しさだから」

「何の話?」

「比嘉がバカなのが悪い。だから俺、お前のことほっとけねえの」


 ……え、無言?


 顔を上げると、比嘉が真っ赤になってシャーペンを握りしめて固まっている。


「なんで?!」

「そーゆーとこなー、統基ー」

「下心だねえ」


 バカップルの笑い声が俺たちの間に流れる妙な空気をかき乱してくれて、ちょっとだけ感謝して大いにムカついた。

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