私と入谷の共通点
カワイイなお前
カワイイなお前
カワイイなお前
分かってる。弟さんよね。入谷がかわいいって言ったのは弟さん。でも、分かってるけど、入谷の声がこびりついて離れない!
1年1組の教室で、いつものように愛良、充里、そして入谷と一緒にお弁当を食べる。
「充里、午前中全然会わなかったな」
「俺ら教室にいたからねーん」
「教室? なんで」
「学校探検より曽羽ちゃん探検。教室に誰もいなかったからさー、ずーっとチューしてたんー」
「ぶっ」
ちょうどお茶を飲んでいた入谷が吹き出した。私も口に何か入っていたら危ない所だったわ。
「学校でやめんか、自由人」
「統基! お前は学校でどこまでやっていいと思う?」
「バカか! 何もすんな!」
「ええー。何それつまらん。お前んなピュアボーイかよー」
どこまで、って、どういう意味かしら。
聞こうかとも思ったけど、ちょうど口におかずを入れた所だったからしゃべれなかった。入谷と目が合うと、気まずそうに目を泳がせる。どうかしたのかな。
「充里と比嘉、今日掃除当番だろ。はよ食ってはよ終わらせよーぜ」
「曽羽ちゃん、ついて来てよー。階段掃除」
「いいよー」
「掃除しろよ。イチャつくなよ」
「はい、フリもらいましたー。イチャつきまーす」
「フリじゃねーんだよ! この自由人が!」
「統基と比嘉はSYTPの間、何もしてなかったん?」
「友人なんでね! もーお前黙って食え!」
私たちはちゃんと全部スタンプラリー回ったのに、どうして言わないのかしら。私が言おうかと思ったけど、ちょうど口にごはんを入れた所だから言えなかった。また入谷と目が合うと、すぐにそらされる。何なんだろう、さっきから。
「まだ5月だっつーのに、あっちーなあ。家だったら冷房入れてるわ、俺」
「あ、スマホと間違えてエアコンのリモコン持って来ちゃった」
「え?」
愛良がランチバッグからリモコンを取り出して机に置いた。たしかに、リモコンだわ。角の丸い白いリモコン。
「もーマジで天然な、曽羽ー。家に誰かいるの?」
「お母さん」
「まーこれくらいならまだテレビでも見てたらしのげるだろ。真夏じゃなくて良かったな」
「あ、間違えてテレビのリモコンも持って来ちゃった」
「え?」
愛良がランチバッグから黒いリモコンを取り出し、さっきのリモコンの隣に置いた。
「あーあー。お母さんかわいそ。テレビ見れないじゃん」
「どんまい、曽羽ちゃん。レコーダーのリモコンでもテレビ付けられるからノー問題」
「レコーダーのリモコンも持って来ちゃった」
「え?」
愛良のランチバッグから3つ目のリモコンが取り出されて、並んだリモコンの上にピラミッドのように載せられる。
「あはは、リモコンてんこ盛りだ」
「何それ?」
「回文だよ。上から読んでも下から読んでもリモコンてんこもり」
頭の中で一生懸命にリモコンてんこもりを文字化して、逆に読もうとしてみる。難しい。
「なんでそんなにリモコン持って来てるんだよ。お母さんスマホでも見て時間潰すしかねえじゃん」
「あ、間違えてお母さんのスマホ持って来ちゃった」
「え……」
「あれ? 愛良のスマホあるよ?」
そう言えば、ピンクのディズニープリンセスのスマホカバーの付いた愛良のスマホはずっと机の上に置かれていた。
「曽羽、もしかしてお母さんとケンカでもした?」
「した」
「嫌がらせじゃねーかよ! 虹色綿菓子みたいな声してやること陰険だな、お前!」
「え? 綿菓子?」
私もずっと、初めて愛良の声を聞いた時から綿菓子みたいな声だと思っていた。
「綿菓子っぽくない? 曽羽の声って」
「私も! 私も綿菓子みたいな声だと思ってた!」
「えっ、比嘉も?」
「そうかー? 綿菓子に高い声のイメージって特にないよ、俺ー」
「高くて甘ったるーくってなんかフワフワした感じするじゃん、曽羽の声って」
「そうなの、フワフワ感があるの」
入谷も愛良の声が綿菓子っぽいと思ってたんだ。私と同じように思ってたんだ。なんでだろう、なんか嬉しさがじわじわくる。
入谷と目が合った。思わず笑うと、入谷が目をそらす。だから、どうしてすぐに目をそらすんだろう、と思いながらお茶を飲む。
「ひ……比嘉ってさあ」
「何? 入谷」
「いまだに丁寧に三角食べしてるよな。俺、こないだ気付いてまさかなと思ってたけど、今日確信したわ」
「三角食べ! 懐かしいー。小学校の時にばっかり食べしてて先生によく怒られたわー」
「そうそう、充里真っ先に牛乳一気飲みするからさあ」
三角食べ? たしかに、小学校の時に三角食べするようにって言われたからずっとそうしてるかもしれないわね。
入谷はいつも細長い結構大きなパンを丸呑みする勢いであっという間に食べてしまう。
入谷との共通点なんてこれまで感じたことがなかった。入谷は私と違って髪も明るく染めてるし、肌もこの時期であんなに黒いってことはどこかで焼いてるんだろうし、ピアスしてるし、制服もいつも着崩してる。
でも、愛良の声が綿菓子みたいだって、私と同じように思っていた。たったひとつの共通点がどうしてこんなに嬉しいのかしら。
クラスの人気者でいつも人の輪の中にいてモテる入谷。いまだに愛良、充里、入谷くらいしか日常的に話せない私。
掃除の担当場所である階段を上からほうきで掃いて行く。
「ズンチャッチャー、ズンチャッチャー」
「はえーよ! いきなりはえーよ!」
踊り場ではバンブーダンスが始まっている。イチャついてはないけど、やっぱり掃除してないわね、充里。
愛良と充里が2本のほうきを両手に持ち、リズムに合わせて開いたり閉じたりしている。入谷が足を挟まれないように跳んでいる。
「あんたら、やってること小学生から変わってへんなあ」
ひとりで掃除を続けていたら、聞き覚えのある関西弁が聞こえて振り向いた。あ、入谷の幼馴染のツインテールの女の子だわ。
「うちも入れてえや」
「やりたいんかよ!」
「懐かしいやん。小学校の時はよくやったなあ」
「いちいち腕につかまんのやめろ」
幼馴染さんが入谷の左腕にしがみついている。特別な関係なんだもんね……。
入谷は迷惑そうに腕を振り払いながらこちらを向いた。目が合うけど、今度は私がサッと目をそらして背を向ける。私掃除当番だから、掃除しないと。
「もー、お前マジでウザい」
「ええやん、幼馴染やねんから」
「理由になってねえよ。いいかげんに離れろ、1号」
「1号?」
「え? 俺そんなこと言った?」
「言ってたよ、入谷くん」
「あ、いや、曽羽の聞き間違いだろ」
「そっか、そうかもねえ」
「全く、曽羽は天然だなー」
あははは、と入谷も愛良も笑ってるけど、私も1号って言ったように聞こえた。1号って、どういうことかしら。
「比嘉さん」
まだ上から3段目くらいを掃いている私の所まで幼馴染さんが階段を上ってくる。
「1号の意味教えたろうか」
「やっぱり1号って言ってたわよね」
「1号って、本命って意味や。お妾さんのことを2号さん言うたりするやろ。入谷は照れ屋やから暗号使いよるねん」
「わざわざ1号って言うってことは、2号がいるってこと?」
「おるかもしらんなあ。入谷チャラいから、8号さんくらいまではおっても不思議ないわ」
「チャラい?」
「見るからにチャラいやろ、信用したらあかんタイプの男や」
うん、見た目はチャラい。たしかにチャラい。でも、本当にチャラい人ってたくさん彼女がいたりするイメージだわ。入谷はモテるのに彼女を作らないって聞いたけど、実は何人もいるかもしれないんだ? 幼馴染さんが言うなら、そうなんだろう。
でも……。
信用しかない。入谷はいろいろ言われちゃうけど、でも、私が見た入谷は――




