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俺たちは卒業する

 ちょっと早いけど、行くか。テレビを消してソファから立ち上がり玄関に向かおうとしたら、階段を花恋ママが降りてくる。


「へー、朝に起きるなんて珍しいじゃん」

「まずはおはようでしょ。そりゃ起きるわよ」

「もしかして、学校来んの?」

「行くに決まってるでしょ。あなたの母親なんだから」

「へー」


 へえ、今日が卒業式って知ってたんだ。来るんだ、卒業式。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 花恋ママがセクシーなツルツルのキャミソールワンピースで笑って手を振る。


 いくら何でも早すぎたかな、と思いながら歩いていたら、充里が家から出てきた。


「おはよ! 早くね? ハリキリボーイか、若いな」

「俺より先に家出てる統基が言うなしー。俺のこと迎えに来てくれたん?」

「ただの偶然」

「冷てえー。入学式の朝は迎えに来てくれたのにー」


 俺が迎えに来なくなったのはお前がしょっちゅう曽羽ん家にお泊りするようになったからである。人になすりつけるんじゃない。


「充里! 入谷!」

「おー、佐伯」

「おはよー」


 佐伯が角を走ってくる。得意の瞬発力を活かして逃げてやろーかな。


「なんか緊張するー。俺あんま寝れてねえの」

「クソザコ。ダッセ」

「ひどいな、入谷! 俺はお前らと違って繊細なの!」

「言い訳までザコい」


 爆笑してたら、道の先であかねと長谷川が手を振って待っているのが見えた。そんな二人を華麗にスルー。


「無視しなや!」

「ごめん、気付かなくって」

「なんや、えらいご機嫌やん」

「俺も思った! 今日の入谷ご機嫌さんだなーって」

「別にー」


 特に機嫌がいいつもりはない。ただ、3月にしては暖かいこの陽気のせいかな。太陽までもが俺たちの卒業を祝ってくれているような気がするんだ。


「こんな仏頂面でえらいご機嫌だなんて、入谷くんは本当に愛想のない人だなあ。でも、それで人気者なんだからいいな。カーストトップの人間には愛想なんていらないんだ。僕みたいな底辺は愛想笑いしか取り柄がないって言うのに」

「何、長谷川。なんか暗くない?」


 そしてムカつく。誰の笑顔が仏頂面だってんだ。


「大学のバスケ部の合宿に参加してんねんけど、えらい体育会系ノリらしいわ。あいさつがなってないとか言ってグランド10周走らされるねんて。そんでフォームが乱れてるとか言って10周追加させられるねんて」

「うわ、地獄ー」

「充里もそうなるんじゃねえの?」

「まず走れって言われたけど、パス練とかでゆるく体あっためてった方がケガしなくていんじゃねっつって変えた」

「ド新人が変えてんじゃねーよ、自由人」


 学校に着いたら、まずは教室へ。

 って、予行の時に聞いている。


「なあ、中庭行かね? まだ時間早いしさ」

「俺も思ってた!」


 充里と競い合うように中庭へダッシュ。


「俺の勝ち!」

「くっそー」


 高校最後の勝負も俺は絶対に負けない!


 桜の木にはまだ花はひとつもない。けど、つぼみは膨らんできてる。今年も開花が早いんかな。ゴツゴツした幹に意味なく手を添える。


「おはよう」


 女神の声に振り返ると、叶と曽羽がいた。


「えらい早いじゃん。いっつもギリなのに」

「愛良が迎えに来てくれたの」

「たぶん、充里と入谷くんが中庭来るんじゃないかと思ったんだよお」

「大正解!」


 常軌を逸したド天然のくせに、曽羽は相変わらず妙なところで鋭い。


「どうして中庭なの?」

「お前と出会った思い出の場所だからだよ」


 顔を近付けて微笑むと、一気に真っ赤になって照れる。最高です、叶さん。


「入谷ー! 見て、コレ!」


 佐伯が大声で呼んでいる。掲示板?


 入学式の日にはクラス発表がされていた掲示板に、卒業する者、と名前が貼り出されている。

 3年1組33名、3年2組32名、計65名。


「1年の初めって何クラスあったんだっけ」

「7やで。うち最初7組やったもん」

「俺も!」


 野太いガサガサのゴリラボイスに思わず顔をしかめながら振り向くと、嬉しそうに笑った仲野と行村が掲示板をのぞき込んでいる。


「お前らも卒業できんのかよ」

「卒業しても友達だ! 俺たちはずっと友達だよ!」

「一瞬たりとも友達だった実績ねえよ」


 何このマザゴリ、テンションきめえ。


「良かったー! 俺の名前あった!」

「やっと卒業できるね、緑川くん」

「長いようで短い5年間だったなあ」

「うんうん、あっという間の5年だった」


 緑川と和中の留年コンビも掲示板を見て感慨深げに肩を叩き合っている。5年はなげーだろ。


「緑川ー、和中ー。卒業についてひと言!」

「やっと俺らも高校を卒業します! けど、これからも応援よろしくお願いしまーす!」

「いえーい!」


 スマホを緑川と和中に向けながら登生と大知が片手でハイタッチしつつ、うぇいうぇい騒いどる。


「なんかわちゃわちゃしとんな、君らー」

「うわっ、ビビった、箱作か」


 突然体のデカい充里が現れ、緑川がビビる。しょーもねえ男だな。


「俺ら今4人で活動してんの。チャリで遠出してさ、現地の川とか海で食いもん調達して調理してって動画がバズってさ」

「んな見たことある気ぃしかしねえ動画でもバズるもんなんだ。チョロいな」

「男子高校生がわちゃわちゃしてるのがかわいいってコメント殺到で」

「じゃー今日はその動画チャンネル終焉の日じゃん。マジでしょーもねえな、お前ら」


 言いすぎじゃない? と叶が4人の今後を心配してあげているが、俺にはどーでもいい。


「いた! 光の戦士・入谷! 今日この下山手高校に脅威のエメラルドグリーンの悪魔が降臨する!」

「貴様も戦いの支度をしておけ! 敵は強大な力を持っている!」


 金髪ツインテールの細田と黒髪ツインテールの優夏がそろって謎のポーズを決めている。

 図書委員風おさげだった優夏がすっかり細田色に染め上げられて二人して包帯と絆創膏だらけだ。


「まだ中二病やってんのかよ」

「今日は、女子高生最後の日だ……」

「そうだな」

「うわあああん。もっと女子高生でいたかったー。あの子はまだ女子高生なのにー」


 あの子とは、アニメに出てくる細田の推しの中二病キャラであろう。細田は中二病キャラのコスプレをするためにだけで女子高生になった。だがしかし、アニメの中のあの子は永遠に女子高生でも現実を生きる我らには確実に終わりがくるのじゃ。


「ナッティー! どうした?!」

「そうだ。大知、細田に悔いの残らないよう、そのスマホで女子高生PV作ってやってくれ」


 めんどくさいから大知に押し付け、掲示板前を離れる。大知の編集技術をもってすれば、満足いく映像が作られることだろう。


 ふと見ると、佐伯、実来、来夢、結愛が固まってしゃべってる。


「ぷっ。お前らかわいーな。お似合いじゃん」


 小柄な4人が集まっている。叶と近付いていくと、俺たちが一番背が高いという珍しい現象が起きる。


「別に、佐伯とは付き合ってないから」

「嘘?! じゃーなんで実来、俺にチューしたの?!」

「ちょっ……佐伯!」


 実来がそんな女だとは知らなかった。

 佐伯に無駄なダメージを与えてしまったか。しゃあねえ、知らなかったんだから。


「結愛ちゃん、かわいいだってー」

「来夢くんこそー」


 ジャジャーン! と唐突にギターの音が中庭に響いた。

 いつの間にやら、3年1組クラス全員が中庭に集まってるっぽい。


「よっ! 仲野!」

「それでは聞いてください。フォーエバーギブアップ!」


 仲野が弾き語りを始めた。歌いだすとなんともキレイな澄んだ声。

 夢を追い、未来に向かって歩みたくなるポジティブな歌詞がミディアムテンポのメロディと相まって胸に来る。


 津田なんてとっつぁん坊やフェイスをゆがませ、メガネをずらしてハンカチであふれる涙を拭いている。


 なあ、マザゴリ。

 それネバーギブアップの間違いじゃねえのか。永遠にギブアップしてどーすんだよ。夢も希望もねえんだわ。


「ねえ、賢者の落とし物って昔話知ってる?」


 マザゴリの歌に聞き入りながら、叶が俺を見上げる。


「昔話?」

「ええ」

「賢者のくせに落とし物すんのかよ。頼りになんねー賢者な」

「私にはすごく頼りになる賢者だよ」


 ニッコリ笑った叶が超かわいい。言ってる意味は分からんが、思わず叶の頭をポンポンと軽く叩く。


「へー。どんな話なの?」

「何かね、クリスマスにお互いにプレゼントを贈り合うんだけどどっちも無駄になるの」


 ちょっと待て。全く、違いに気付くのが苦手ですーぐごちゃ混ぜになるんだから。


「それ落とし物じゃねえ。贈り物だろ。賢者の贈り物!」

「あ」


 ハッとする叶の髪をわしゃわしゃにする。


「これから卒業式なのに!」

「大丈夫。頭わしゃわしゃでもすっげえ――かわいい」


 真っ赤になって絶句する叶の髪を一応手ぐしで整える。


 ジャーン! とかき鳴らされたギターの音が空気に溶けていく。余韻に浸り、シーンとした中庭にペッタペッタと緊張感皆無な足音がして、振り返ると高梨が歩いてくる。


「お前ら、最後まで迷惑かけてんじゃねーよ。職員室の電話鳴りっぱなし。うるせえっつって」

「最後までビーサンかよ。お前それでも担任教師か」


 一応スーツは着ているが、いつも通り髪ボッサボサだしタバコくわえてるし。


辰也(たつや)さーん! あ、間違えちゃった、高梨先生! 靴下と靴、家に忘れてましたよ!」


 こちらは完全に卒業式の教師スタイルの綿林先生が手に荷物を持って走ってくる。


「おー、ありがと」

「もー、せっかく用意してあげたのに忘れちゃうんだから」

「わりー、わりー」


 マジか。

 嬉々として綿林先生がしゃがみ込み、足をあげた高梨に靴下を履かせる。


「マジで高梨なんかやめとけって、あおたん。こんなんデカい園児じゃん」

「高梨なんかのどこがいいの、あおたん」

「全部」


 無数の非難の声をひと言でバッサリ黙らせる、全部。


「ぜんっぜん分かんねえ。あおたん、あんなカスのそばにいても苦労すんのが目に見えてんのに。なあ?」


 叶は微笑ましげにあおたんと高梨を見つめている。


「私は分かるなあ」

「マジか! 叶も高梨がいいっての?!」

「そうじゃなくて!」

「ダメ! 俺のもん!」


 叶をギュッと抱きしめる。あんなカスにかっさらわれてたまるか!

 恥ずかしいんだろう、叶の手が俺の胸を押す。だが一歩も引かず腕により一層の力を込めると、諦めたのか叶も俺の体を両腕で締め付ける。


 よっわ。

 笑っちゃうくらい力弱ええ。


 ピンポンパンポーン、と放送が響く。


「おはようございます。卒業生の皆さんは、講堂前に集合してください。繰り返します、卒業生の皆さんは――」


 靴を履いて綿林先生に髪を整えてもらいながら高梨が小声でやっべ、と言ったのを俺は聞き逃さなかった。


「点呼取ってねーや。いっか、全員いるよなあ?」

「はーい」

「じゃー、このまま講堂前に移動ー」


 中庭から講堂へは、一旦校舎を抜ける。

 俺が校舎に入ると叶がついてくる。その感覚にふと既視感があって、思わず振り返って叶を見ると、叶も目を見開いて驚いているように見える。


「なあ?」

「うん!」


 笑う叶の手を握り、中庭を見渡す。

 ここで出会った俺たちは、今日、この下山手高校を卒業する。さあ行こう、卒業の場、講堂へ!


「ねえ、統基」

「ん?」

「桜三中クオリティって何?」

「……叶さん、そのフレーズ脳内から消してもらっていい?」


 卒業はしても、忘れてほしいことも忘れたいことも、きっと俺たちには残り続ける。どんな黒歴史だとしても、その経験がこれから先の俺たちの人生を創っていくから。

読んでいただき、本当にありがとうございます!

めっちゃ感謝です。

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