俺のお仕置きブーメラン
俺すげくね。超グッジョブじゃね。俺天才じゃね。
比嘉が人が多いって言ったのを逃さず、俺今比嘉のシャツの袖つかんでんだぜ。
って、なんで袖なんだよ。そこは肩抱こうや。やっぱ俺、比嘉相手だと調子が狂う……袖の繊維の分析できそうなくらい、めっちゃ指先の感触に神経集中しちゃってるし。
めっちゃゆっくり歩いたのに、もう3組に着いた。2組と3組の間に荒川流しといてー。
「スタンプ押しまーす」
「あー、はい」
うっせー邪魔すんな。仕方なく、しつこくつかんでいた裾から手を離し、スタンプカードを3年生に差し出す。
ラスト3年3組はお化け屋敷か。あー、もうラストかー。午前中だけじゃなくて、一日中SYTPでいいじゃん。どうせこの学校ろくに勉強しねえんだから。
高校生が教室でやる程度のお化け屋敷なんか絶対おもしろくねえ。楽しみがあるとしたら、お約束くらいだ。
お化けに驚いた女子がキャーって叫んで腕にしがみついてくるとか。
「ちょっとだけ、いい?」とか言ってシャツの裾をつまみながら後ろを歩いていた女子がお化けに驚いて背中から抱きついてくるとか。
でも、普段から堂々とした雰囲気をまとう比嘉がショボいお化けごときを怖がるとは思えねえ。しゃあない、消化試合と行くか。
「入るぞ」
教室に足を踏み入れながら声を掛けるも返事はない。
比嘉を見ると、お化け屋敷……とつぶやきながら顔面蒼白となっている。
え? マジ? もしかして、怖がってんの?
いや、それにしたってその顔色になるのは早くね? お化けの一匹も出てねえのに。
「怖いの?」
「べっ……別に……」
慌てた様子で取り繕っているが、残念、俺蒼白な顔面見ちゃってるから。今も震えちゃってるの見えてるから。いやだから、早くない?
相当お化け屋敷が苦手なんかな。素直に言えばいいのに。
「比嘉、俺さー、漫画で見てさー、お化け屋敷入るのに女子にシャツの裾つまんでもらうの夢だったんだよね。つまんでくんね?」
シャツの裾をヒラヒラさせながら言ってみたら、比嘉の顔がパッと明るくなった。やっぱ怖いんじゃん。
比嘉のために言ったことではあるが、ちょこんと裾をつままれる構図に憧れがあったのも事実。なんかカワイイ。
とりあえず俺のシャツに手が届く位置に比嘉が来る訳だし、そうなるとキャー抱きつきのチャンスも湧く訳で。
「入谷が夢だとまで言うんなら」
と言いながら、比嘉が俺の背後に回り両手で俺のシャツの裾をつかむ。
何コレ、電車ごっこみたいになってんじゃん。片手だよ、こういう時は! 両手でそんなしっかりシャツを握り込んだんじゃ、びっくりしても抱きつけねえだろうがよ! 男の夢を入る前にぶっ壊すな!
案の定、力いっぱいシャツを握っている比嘉はお化けの登場に背後でひぃっと声を上げるも、立ち止まって固まってしまうだけでお約束なんぞ完全無視である。マジつまんねー。お化け屋敷の内容も想像以上につまんねー。
あまりにもつまらんから最後にデカい怖がらせポイントがあるかと逆に期待したが、何事もなく教室を出る。何このラスト。完全に不完全燃焼なんだけど。
比嘉的には楽しめたようで、教室を出てもまだ俺のシャツの裾をつかんだまま放心状態の様子だ。こんなしょーもないお化け屋敷でこんな満喫できるって、コイツすげーな。
「すっげー怖がりだな、比嘉」
「べっ……別に、怖くなかったわよ」
ハッとしたように俺のシャツから手を離すと、うつむいて強がりをのたまう。意地を張る比嘉を見てたら、不完全燃焼だった分を燃やしたくなる。
「怖くなかったの? 本当に?」
「本当よ」
「サイレントにビビるタイプな、比嘉って。キャーとか言わずに固まるタイプな」
「ビビッてないわよ。ちょっと、ちょっとだけ驚いたくらいで」
なんで素直に認められないんだ、コイツは。この顔で「怖かった……」とか涙目で見上げられたりしたら至高なのに。泣かしてやりたくなってくる。絶対やらんけど。
泣かしはしないが、噓つきにはお仕置きだ。
比嘉が頑なにうつむいているので、ポケットの中のネズミを取り出してネジを巻く。ポイッと廊下に落とすと、キーキー高音で鳴き比嘉の足元を走り回る。
「きゃあああ!」
初めて聞くボリュームの声を上げた比嘉がピョンッと飛びのき、俺の右腕にすがりついて来た。
ここでお約束?! すっかり油断してた!
薄いシャツ越しで突然の比嘉の体温と柔らかさに、体験したことがないくらい心臓がドキッとしてドッドッドッと鼓動が高速になっていく。
俺より10センチくらい背が低い比嘉が足元を確認している。その髪がすぐ目の前にある。こんな距離で女子の髪を見るのなんて初めてだ。すっげー、つやっつやしててキレイ。いい匂いする。
……動けん!
「あ……ネズミ?」
耳元で比嘉の声がする。更に鼓動がデカくなる。もうこれ、比嘉にも伝わってねえかな。バレたら恥ずすぎる!
ネズミが力尽きて止まると、なーんだあ……と気が抜けたように言い、比嘉が俺から離れて拾いに行く。知らぬ間に息を止めてたのか、はあっと盛大な吐息がもれた。
「なんで勝手に動き出したのかしら。あーびっくりしたー」
おもちゃが勝手に動くか。俺がネジを回したからだ。
比嘉は何事もなかったかのように平気な顔をしている。コイツ、人に抱きついといてなんでこんな冷静なんだよ。
「どうしたの? すごい汗」
あ、そっか。比嘉は驚いて無意識に出た行動だから抱きついたって感覚じゃねえのか。
こんな動揺してるのは俺だけかよ……俺がお仕置き食らってどーする。
「別に……こんなおもちゃでキャーとか、カワイイなお前」
動揺を押し隠すため、精一杯の虚勢をはったが、ワードのチョイスよ!
比嘉は一瞬で真っ赤になったと思ったら、両手を重ねるように口元を覆って俺を凝視している。
見たかった比嘉の照れ顔だけど、そんなつもりなかったから俺も焦ってしまう。急にカワイイなんか言うから! 変に誤解されたら軽く死ねる!
「お、弟を思い出したよ。俺の弟、怖がりでカワイイんだよ」
「え? ああ、弟さんね。弟さんがかわいいのね。そっか……本当に弟さんをかわいがってるのね。やっぱり過保護なんじゃないの」
「誰が過保護じゃい。俺はまだ子供の弟に必要な保護をしてるだけ。過保護なのはお前の親」
チャイムが鳴り、下山手パークの終わりを告げる。
「終わったかー。学校探検ってか、2年と3年の教室しか使ってねえじゃん」
「そうね。でも、楽しかった」
「そりゃー良かった」
「あ、入谷。これ、ありがとう」
ネズミのおもちゃを手のひらに乗せて比嘉が嬉しそうに笑う。もう、それだけでまたドキッとする。
「ああ、どういたしまして。元々二人で取ったもんだし」
「うん!」
楽しかった、か。
俺は学校探検とかネズミとかクッソどーでもいい。そんなんなくていいから、ずっとこのまま二人でいたい。