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入谷の幼馴染の女の子

 入谷と二人で大きなコルク銃を支え、入谷が引き金を引いて発射した弾が机の上に並べられた赤いおもちゃに当たって落ちた。


 下山手パーク、略してSYTPは新入生が学校探検をしながら仲良くなることがコンセプトのようで、協力プレイが必要な要素のある出し物が多い。文化祭やお祭りの屋台みたいな出し物を2年生3年生がクラスごとに用意してくれている。案内図にもなっているスタンプラリー台紙を手に各教室を回っていく。これで後は、3年3組を残すのみになった。1年生は7組まであるのに、なぜか3年生は3組までしかない。


「なーんかよく分かんねえもんゲットー」

「おめでとうございまーす!」


 スタンプを押してもらい、入谷が3年2組の先輩から受け取った景品を手のひらに乗せているのをよく見ると、赤いけどネズミのぬいぐるみみたい。


「赤いネズミってどんなセンスしてんだよ」

「あ、ねえ、ネジが付いてるよ。巻いてみたら?」

「これアレだわ。ネジ巻いたら走るヤツ」


 ネジを巻いて教室の床にネズミを置くと、キーキーキーキー高音の爆音で鳴き声を上げながら猛スピードで走っていく。想定外の音と動きにびっくりした。


「あ! 待て!」


 一直線にネズミが廊下へと出て行ってしまうのを追いかけると、すぐに力尽きて止まる。それを3年2組の教室の前にいたツインテールの女の子が拾ってくれた。


「なんや、このかわいないネズミ」

「俺が落としたんだよ。返せ!」

「いらんわ、こんなかわいないネズミ。まあ、こんなもんでも入谷がプレゼントしてくれたら喜んで部屋に飾るけどな」

「やらん。返せって言ってるだろーが!」


 あ、入谷の幼馴染の女の子だ。SYTPは二人一組で回るのに、男の子二人と三人で回っているようだ。


「入谷、比嘉さんと回ってんの?」

「う……うるせえ。文句あっか」

「へえ~」


 私より背の高い女の子がつまらなそうに私を見下ろしてから、入谷に話しかける。


「うちなあ、どうしてもうちと回りたいって言うからこの二人と回ってんねん。どっちも譲らんかったもんやからさあ。うちモテとるやろ。焦るやろ」

「焦らねえよ。てか、あからさまにこの二人否定してんだけど」

「照れとんねん。男子ってシャイやから」

「お前がデタラメ言ってるだけだろ、完全に」

「このネズミくれたらうちこの二人共この場で断ったるで」

「やらん。返せ! この二人と仲良くこの場から去れ!」

「もー、ほんま男子って素直ちゃうねんから。なあ? 比嘉さん」

「え?!」


 いきなり話を振られてとっさに何も言えない。と言うか、話の流れもよく見えてないから何を聞かれてるのかも分からない。


「比嘉を巻き込むな。さっさとネズミを俺に返して立ち去れ!」

「なんでそんなにこのネズミ返して欲しいん? 比嘉さんと一緒に取ったから?」

「ばっ……俺が取ったもんなんだから俺に返すのが筋だろーが! 当たり前の要求をお前が頑なに飲まねえだけなんだよ!」

「ふーん。入谷お祭りとかで景品取ってもこんなショボいもんいらんわってすぐ周りの子にあげてたやん」

「うっせえ。昔の俺はそうだったが今の俺は景品を大切にする高校生に成長したんだよ」


 会話の掛け合いをしながら、入谷がネズミを取り返そうとしている。女の子はネズミを右手に持ったり左手に持って背中の後ろに隠したり応戦している。幼馴染だからか慣れ親しんだ感があるというか、二人の空気があるというか……楽しそうね。いいな。


「いいかげんにしろ、バカ」


 苛立った様子の入谷が女の子の両腕を両手でガシッと押さえつけ、サッと背中に回された手からネズミを奪う。一瞬、女の子に抱きついたようにも見えて驚いた。


「あー、取られたかー」

「さっさと返せよ、マジで。行くぞ、比嘉」

「あ、うん」


 ネズミを取り返すとすぐに女の子に背を向けて歩き出す。なんか一方的だけど、いいのかしら。女の子はまだ入谷の後ろ姿を見てるのに。


 入谷がネズミのおもちゃを見てるから、私もさっきの二人のやり取りみたいな掛け合いをしてみたくなる。入谷とならだいぶしゃべってるし、さっきみたいにできるかな。


「わ……私、それ欲しいな」

「え? これ?」


 入谷が驚いた様子で立ち止まった。幼馴染でもない私が欲しいなんて言ったら図々しいかしら。


「変わった趣味してんな。はい、どうぞ」

「え?」


 あっさりとネズミを差し出されて、拍子抜けしてしまう。


「ん? 欲しいんだろ?」

「あ……うん、ありがとう」


 かわいくもない赤いネズミを受け取る。どうしてこうなった。あれ? このネズミを人に渡したくないんじゃなかったの?


「ああ、邪魔になるか。持っといてやるから、忘れて帰っちゃうなよ」


 私の手から再びネズミを取ると、ズボンのポケットに入れて3年3組へと歩いて行く。ろくにラリーもなく、あっさりと会話が終わってしまった。


「比嘉さん」


 呼ばれて振り返ると、入谷の幼馴染の女の子が笑っている。


「幼馴染って特別な関係やねん。うちと入谷は幼馴染やから、幼馴染ならではのノリ? みたいな? 独特なもんがあんねん。新参者が同じようにはできひんもんやで」

「あ……そういうものなの?」

「そうや。やってみたらよう分かったやろ。ほな、またな。比嘉さん」


 なんだ、私にはできないのか……。

 男子二人を従えて廊下を歩いて行く幼馴染さんのキレイに二等分されたツインテールを見る。


 特別な関係……。


「比嘉! 何してんだよ、置いてっちゃうとこじゃん」


 入谷が駆け寄ってくる。


「あ……わざわざ戻ってきたの?」


 あとは3年3組しか残ってないから、はぐれる心配もないのに。


「比嘉がついて来ねーせいだろ。んだよ、わざわざって」

「あ、ごめん、結構人が多いから」


 不機嫌そうな入谷に慌てちゃって意味が分からないことを口走ってしまった。人が多いから何だよって絶対言われる。


「しゃーねえな。人が多いからな。人が多いからだから」


 入谷が私のシャツの袖口をつまんで歩きだした。手に入谷の褐色の手が当たる。


 顔に体中の熱が集まってくるみたいに熱くて熱くて、なんだかこんな顔、入谷に見られたくなくて、うつむいて歩いた。

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