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さすが統基の幼馴染、充里

「イケメントリオの人だ! すみません! 写真撮ってください!」


 キャーキャーと3人組の他校の制服を着た女子たちが統基に気付いて駆け寄ってくる。


「いいけど、今年はまた多いな」

「だって、3年生だから今年で最後じゃないですか! どうしても写真撮りたくて!」


 この子たちは、この文化祭が最後のチャンスなんだ……そう思うと、次々に女の子に呼び留められてなかなか前に進めないモヤモヤも消える。


 私は卒業してからも、統基の彼女だからそばにいられる。それがこんなに嬉しいことだなんて。


「ごめん、俺らが3人固まってたら女子が寄ってくるからって曽羽と分かれて回ってんのに」

「ううん、いいよ」


 高校最後の文化祭、初めてできた友達の愛良とも一緒に回りたかったけど、こんなんじゃ統基と分かれるのは不安しかない。


「おい!」


 統基が突然、他校の男子生徒の軍団へとシュババッと駆け寄り、ひとりが手にしていたスマホを奪い取った。


「やっぱり。勝手に写真撮ってんじゃねーよ!」

「ごめんなさい!」

「お前らも撮った写真消せ。今すぐ!」

「はい!」


 怖。先生方は進学校として売り出すつもりみたいだけど、来年度は入学希望者がまたガクンと減るんじゃないかしら。


「お前もう顔隠してろ。キリねえ」

「そう言われても」

「じゃあこうする」


 統基が私の肩を抱いて顔を寄せる。一気に顔に熱が集中してしまう。


「叶を撮ったら強制的に俺も写る。名案じゃね」

「あ……あの、余計に目立ってるんだけど……」

「みんな見てるけど誰も話しかけてこないね。やっぱ名案だわ」


 よく平気な顔して廊下歩けるなあ。もう、この人は……。


「なあ、搾りたてオレンジジュースだって。飲む?」

「おいしそうね」

「比嘉さん!」


 振り返ると、おしゃべり三人組の小田さん、里田さん、背が低いのに高井さんが色違いのスカートがすごく短いセーラー服姿でやって来る。うちの制服はブレザーなのに?


「お前ら攻めとんな。流行りに乗ってんねー」

「だーって最後の文化祭だもん! 今年は出し物ないからクラTもないし」

「ねえねえ、これ持って! 一緒に写真撮ろー」

「え? 私と?」


 山、の1文字がデコレーションされたうちわを渡され、小田さんと高井さんに挟まれる。


「じゃー、俺ジュース買ってくるわ。ごゆっくりー」

「あ、ありがとう」


 嬉しい。クラスメートから写真を求められるなんて……。


「入んないよ、恵里奈もっと寄って」

「穂乃果もだよ」

「て言うか、結愛の腕が短いんだすなあー」

「ひどーい! じゃあ穂乃果が撮ってよ」


 あ、私いまJKしてる。


「ねえ! 美術部すごいよ! あれの前で撮らない?」

「うわあ! すごい! 移動移動!」

「比嘉さんも!」

「え、ええ」


 3人の勢いに圧倒されてしまう。

 美術部には、我が下山手高校の外観をペットボトルキャップで表現したとても大きな作品が展示されている。


「キャー! すごい! これ後でクラスメッセージに流そう」


 私も撮れた画像を見せてもらうと、見事に再現された校舎の前で下、山、手、高、とそれぞれ1文字ずつ書かれたうちわを手にした私たち。


 すごい……学校の前で撮ったみたい。でも実際に校舎の前だとこんな距離感には絶対にならない。


「比嘉さん! ありがとう!」

「い、いえ、こちらこそ」

「あ、佐伯と実来だ!」

「実来ー! 写真撮ろうー!」


 女子全員と撮るのかな。普段からおしゃべりな3人だけど、今日はいつもの5割増しね。

 ふふっと笑ってしまいながらジュース屋さんの前に戻ると、廊下を拭いている2年生たちがいた。


「もー、ただでさえ忙しいのに、ジュース落として走り去るなんて迷惑でしかないよねー」

「でも、あの3年生有名な人だから文句も言えず」

「黙って掃除するしかないですな」


 ……有名な3年生?

 気になりながらも統基を探してキョロキョロと見回すも、姿が見えない。あれ?


「あ。カナウって彼女さんのことだ」

「比嘉叶先輩?!」

「うわ、目がくらんできた……」


 あ! 統基がジュースを買ってる間に私が美術部の方に行ったものだから、小さい統基になってしまったんだ!

 大変! こんなに人が多いのに、猛スピードで走り回ったんじゃケガ人が出てもおかしくない!


「あの、その人どっちに走って行ったか分かりますか?!」


 自分でも驚いた。後輩とは言え、私が自分から知らない人に話しかけるなんて。


「あっち! あっちです!」

「ありがとうございます!」


 指された方へととりあえずまっすぐに走ってみる。統基がどう進んだのか全く分からない。どうすればいいのか見当がつかないからとりあえず走る。突き当りに来てしまい、どうしようかしらととりあえず目の前の階段を上ってみる。


「あ! 充里! 愛良!」


 おおー、と手を上げる充里、ニッコリと笑う愛良に駆け寄った。


「統基見てない?! また小さくなってるみたいなの」

「またかよ。笑うー」

「笑ってる場合じゃないよ! この人だかりで」

「まー、統基なら人避けて走るの得意だろーから大丈夫っしょ」


 落ち着き払った充里に、余計にこちらの焦りがかき立てられる。どうしてこの緊急性が分かってもらえないの!


「どうして充里はそんなに余裕なの? 統基がケガしてるかもしれないんだよ」

「ケガくらいじゃ止まんねえべ。統基だから」


 あははは! と充里が笑う。


「止まらないから心配なんじゃない」

「そんな心配しなくても平気平気。待ってりゃ統基から来る」

「え?」

「統基は根が寂しがりだから、人恋しいの」


 クロッフルを食べながら充里は歩き続ける。止まらないのは充里も同じだわ。


「寂しがり? 統基が?」

「うん。蓮が来るまで幼稚園の頃とか俺にベッタリだったからね。寂しがりなだけにこっちからグイグイいくと喜ぶ」

「喜ぶ?」

「うん。ああ見えて統基はワガママ言われるのも好きだし、けっこー振り回されたいタイプ。ただ統基自身があんなだから統基にワガママ言うヤツなんか俺くらいじゃね」

「統基にワガママなんて言おうものならワガママ言うなのひと言で終わりそうだけど」


 あははは! と充里がまた豪快に笑う。

 完全に振り回すタイプの充里と統基が仲がいいのはそのせいかしら。


「試しにワガママ言ってみりゃいいじゃん」

「ワガママって……何を言えばいいのか分からないわ」


 さすがは腐れ縁が腐りきってるとお互いに言い切る幼馴染。表面的なことしか理解できないと統基に言われてしまった私には分からないレベルで統基をよく分かってるんだ。


「のど渇いたー。教室に茶ぁ置いてるから取りに行こー」

「いいよー」


 なんとなく、愛良と充里について行って誰もいない教室に入る。ここにも統基はいないか……。


「統基、どこを走ってるのかしら」

「暴走モード入るとリミッター外れるみたいだなー。よくもまーあんなに走りよるわ」

「それも心配なのよね。どこまでも走り続けちゃいそうで」


 ゴクゴクと豪快な音を立てて充里がお茶を飲む。


「なくなっちったよ。自販機行って買わねえと」

「悟のクラスの劇が37分から始まるよお」

「半端ー」

「弟くんのクラスってことは、嵯峨根さんも出るのよね」

「うん」

「早く統基を見つけないと。見に行くって嵯峨根さんと約束してるのに」

「ほーら、来た」


 充里の声と同時に、シュタタタと廊下を駆けてくる足音に気付いた。この4本足で走っているかのような足音は――


「叶!」

「統基!」


 飛び込んでくる統基に備えて態勢を整える。けれど勢いに負けてやっぱり尻もちをついてしまう。


「叶! どこ行ってたの! おれの前からいなくならないで!」

「ごめんなさい、美術部の作品が素晴らしかったものだから。大丈夫だよ、いなくなったりしない」

「本当?! おれ叶がいなくなったらイヤだ!」

「本当。いなくなったりしないから安心して」


 ああ、かあわいいー。

 すがりついてくる統基の頭をなでて、少しずつ泣きそうな顔から甘える子犬のようになっていく。もっと堪能したいのに、言わずにはいられない。


「統基、好きだよ」


 ギュッとしがみついていた統基の腕から力が抜ける。あー、つい言っちゃった。

 ゆっくりと体を起こした統基が青い顔をして口を押さえた。


「うっ。吐きそう」

「走りすぎだべ。ずっと全力疾走なんだもん。笑うー」

「え? 充里、統基を見てないんじゃなかったの?」

「見えた」


 窓際の統基の席になぜか自分のカバンを置いていた充里が窓の外を指差す。

 見えてたならどうして教えてくれないの……。


「悟っちの劇見に講堂へゴー!」

「劇か……」

「先にトイレ行って吐く?」

「ん、だいじょぶ」


 嵯峨根さんのクラスの劇は、霊になった兄と妹の物悲しくもハートウォーミングないいお話。落ち着いた雰囲気で、演技も上手くて引き込まれる。


 霊力のある妹の友人により兄の存在を知る緊張感の走るシーンで、突然肩にゴロンと何かがのしかかってきて小さな変な声を上げてしまった。


 見ると、統基が眠っている。


 鋭い目が閉じられて、少し口を開けてスースーと寝息を立てている。

 かわいいー……。


 全速力で走り回って疲れちゃったところにこの劇は睡眠剤だろうな。寝かせてあげよう。かわいい。


 それまで引き込まれていた劇が驚くほど頭に入って来ない。ほのかに頬に感じる統基の髪と耳元で繰り返される息にドキドキが加速する一方。


 ああ、統基をなでたい……!


 これが家なら、ひざ枕して思いっきり統基の頭をヨシヨシするのに。短くて硬い毛質のミニチュア・ピンシャーと違ってフワフワで柔らかい統基の髪は、触っているととっても気持ちがいい。


 舞台に幕が下りるのと同時に、湧き上がる拍手のせいか統基が目覚めた。


「うわ、のどカラカラ。やべーレベル」

「充里も自販機行くって言ってたよ」


 講堂を出て食堂へと向かうと、途中で充里が嬉しそうに模擬店へと走った。


「統基! 綿菓子食おーや!」

「聞いてた? 俺、口ん中バッサバサなの。綿菓子なんか張り付くわ」

「お願い! 俺甘いもん食って死にそうになってる統基見んの好きなんだもん」

「どんだけ悪趣味」

「一口だけ! はい、あーん」


 ジトリと充里をにらみつつも渋々口を開ける。本当だ、意外と統基ってワガママ聞くんだ?


「あっま! うわ、やべえ、これ無理!」

「はい、お茶」

「おー、さすが腐れ縁が腐りきってる幼馴染。サンキュー」


 ワガママ言ったのは充里なのに、統基の方がお礼まで?!

 すごいわ、充里。さすが腐れ縁が腐りきってる幼馴染。

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