高校最後の体育祭が終わった私たち
リレーのアンカー、高梨先生が1位でゴールテープを切ると、3年1組の生徒席が沸きに沸いた。
「しゃあ! やっと来た単独優勝!」
「最後にやったな! 統基!」
「これがラストだ。俺は絶対に勝つ!」
高梨先生が生徒席へと笑顔で走ってくる。
「高梨、靴履いて走れば寺の端先生より速いんじゃん!」
「すげーよ、先生!」
みんなが高梨先生を囲んでワイワイしてる中、先生は統基へとサッと手を出した。
「1位取ったんだから、約束通り1000円!」
「あいよ」
「やったー。今日の晩メシ何にしよっかなー」
「お前、生徒から巻き上げた金でメシ食うとか教師として恥ずかしくないのか」
「ない!」
「たまにはあおたんにおごってやればー? いっつも後輩にたかってばっかじゃん」
充里の提案に高梨先生はキッと反意を表す。
「絶対イヤ! 人におごるくらいなら俺の2日分の食費にする!」
「マジであおたん、こんなヤツのどこがいいんだか」
統基がお財布をリュックにしまう。今年も統基の誕生日が近付いてきた。今年は何をプレゼントしようかな。
私の誕生日には勉強漬けだった毎日の中、今日だけは勉強を忘れる! と1日中ずっと楽しませてくれた。私も統基を楽しませたい!
閉会式も終わり、片付けが始まる。
今年も体育祭実行委員に任命された私たちは、一般生徒が長椅子を片付けて下校してからお仕事。門やプログラム表の撤去などを行う。
「あー、今までで一番気分いい! やっぱ優勝は単独じゃねえと!」
「でも、高梨先生と賭けしてたことがバレたら怒られるんじゃない? 中学の時も賭けがバレてすごく怒られたんでしょう?」
統基が振り向いて自信満々に笑っている。
「大丈夫! 教師が賭けに絡んでんだから、怒られるのは生徒より教師だろ。同じ轍は踏まねえよ」
「鉄?」
「安心しろってことだよ」
「集合ー!」
実行委員長の充里の声がする。充里は1年の時から仕切っていたからすっかり手慣れていた。
「お疲れ様でした! 解散!」
「お疲れ様でしたー!」
広いグラウンドに統基、充里、愛良と私の4人だけになると一気に寂しさを感じる。あんなに騒がしかったのに、こんなに静か。
「終わったかあ」
「終わったなー」
「終わったねえ」
みんな同じ気持ちなのかしら。突然、心にポッカリと穴が開いてしまったみたい。体育祭前はこんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。
「残すは文化祭のみか」
「3年は遠足ないって知らんかったなー」
「俺も。また遠足係押し付けられるとばっかり思ってた」
「順調に文化祭実行委員会押し付けられんじゃね」
「だろうな。いい迷惑だよ、全く」
統基が含み笑いしながら、言葉だけは強がってるから余計に寂しさが伝わってくる。
朝礼台に置いていたリュックを背負う。
「帰るか」
「んだなー」
「なあ、あっこの門閉め忘れられてね?」
「ラッキー。あっこから出た方が我ら家近いじゃん」
門の鍵を締め忘れてますよって先生に言わなくていいのかしら。と思ってる間にさっさと統基と充里が出て行ってしまうから慌ててついていく。
「充里は曽羽ん家じゃねえの?」
「今日は俺ん家」
「ふーん。ですって、叶さん。叶も俺ん家来る?」
「ごめんなさい、今日はママが体育祭で疲れてるだろうからって早く帰ってごちそう作るって言ってたから帰らないと」
「そんな理由で仕事早退して許されんのかよ」
じゃーねー、と桜町の充里の家に向かう二人と別れる。
ニコッと笑って私の手を取る。統基、ご機嫌だなあ。よっぽど単独優勝が嬉しいのかな。かわいい。
「なあ、1年の時にさ、俺小中9年間の分も行事楽しませるって約束したじゃん。楽しかった?」
「楽しかった! 約束守ってくれてありがとう。高校に入ってからずっと楽しい!」
「良かった! 俺も今日すっげー楽しかった!」
空がオレンジ色になっていく中、統基がブンブンとつないだ手を振る。ふと動きが止まったから統基を見ると、流れていく雲を見ていた。
「時間が経っていくのが目に見えるみたいだね」
「それ! 俺も思った。止まればいいのに。ずっと叶と同じ学校で、同じクラスで、同じ授業受けて行事やって」
珍しい……統基がそんなノスタルジックなことを言うなんて。
「俺さー、ずーっと学校楽しかったからこれまでもあっという間だったけど、3年なってからヤバいの。1日が秒で終わってく感じ」
「それは分かるな。金曜日になったら、もう一週間終わったんだ? ってなる」
「マジでー。あと5カ月くらいで卒業する訳じゃん? もう半分過ぎちゃったんだって、気付いちゃったら寂しくてさー」
フフッと思わず笑ってしまうと、統基がムスッとして顔をのぞき込む。
「何」
「統基が素直に寂しいなんて、珍しいから」
「俺はお前の中でそんな強がり設定されてんのか。俺は素直な少年ですよ」
「そうでしたか」
家の前まで来て、統基が足を止めた。私の手を両手で包む。
「俺は素直だからさー、寂しいよ。あと半年もしないうちに俺は大学生になって、叶は専門学校生で、バラバラんなっちゃう」
統基が一生懸命勉強していたのを見ていたから、私は寂しいよりも良かったねって思いの方が大きかった。努力した張本人なのに、こんなに寂しがるだなんて……。
思わず統基の頭をなでる。あら、また背が伸びてるんじゃないかしら。もう高3なのにいつまで伸びるんだろう。
「カワイイとか思ってんじゃねえだろーな」
「うん。こんな寂しがるだなんて、かわいい」
「お前意外とアッサリしてんのな。寂しいの俺だけかよ」
私の手を払いのけて、統基が顔を背けてしまう。
「だって、私統基のおかげですごく高校が楽しいの。小学校と中学校はつまらなかったけど、がんばって通って良かったって思ってる」
「だったら余計に高校生活終わるの寂しくないの」
「え? 高校生活が終わっても私たちは終わらないでしょう?」
え? 卒業したら私たち別れるの?
びっくりして胸がドキドキしてしまう。
統基も驚いた顔をして振り返った。
「終わんねえよ。終わんねえけど」
「良かった……びっくりしちゃった」
安心して笑うと、統基は戸惑ったように距離を詰めて私のすぐ前に立つ。
「なんで笑ってんの」
「統基が終わらないって言ったから」
「でも高校生活は終わるんだよ」
「行く学校は違っても、統基がいればきっと楽しいでしょ。わっ」
統基がいきなり思いっきり抱きしめるから驚いてしまった。
「そーだよな。俺、教習所でムカつく時もあるけど叶車に乗っけて走るの楽しみだからがんばれるもん」
「ふふっ。どういう時にムカつくの?」
「安全確認安全確認うっせえ時」
「安全じゃないと統基の車乗れないよ」
「えっ」
ただでさえ安全よりもスピード重視しそうで怖い。教習所でしっかり学んでほしいところナンバーワン。
「そっか、叶の命預かって走るんだもんな。安全第一!」
「うん、安全第一!」
逆にひとりだとスピード第一にしないかちょっと心配。なるべく一緒に乗ればいいか。
「寂しいとか言ってらんねーよな。俺ゃ保育士界の革命児と呼ばれる男になるのじゃ」
「うん! がんばって!」
「叶もがんばって調理師目指せ!」
「うん!」
「まさか叶が料理の道に行くとは思わなかったけどな。玉ねぎの皮むきすらろくにできなかったのに」
「だって店長、料理してる姿がすごくキレイで手際よくて合理的で、しかもできあがったらとってもおいしいから見てて飽きないの」
ぶわははは! と笑いながら統基が私の頭をなでる。
「見てて楽しいから自分も目指すとか斬新だな」
「私も店長みたいにできたらいいなって思ったから」
「叶ならできるよ」
自信満々に統基が笑っている。うん、その笑顔見ると、何でもできそうな気がしてくるの。だから、統基がいない専門学校でもきっと私は大丈夫って思えるの。




