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決まりました、俺の将来

 どーすっかなあ……。

 自称、叶の兄・比嘉昇。


 何のために叶の異母兄弟だなんてあり得ないことを言いだしたのか、叶に危害を加える気はなさそうだし泳がせてみたらば、迷うハメになってしまった。


 異母兄弟なんて言われてあっさり信じたのも、きっと俺に異母兄弟がいるからだ。

 俺と同じだから嬉しいとか……控えめに言ってかわいすぎる。無理。たまらん。


 叶がそんなに喜んでるなら、もうちょっとだけ兄妹気分を満喫させてやりてえなあ……。


「ただいまー」

「お帰り! 兄貴!」


 ああ、かわいい蓮がすっかりヤンキーが多い桜三中の洗礼を受けてしまった。

 まだ声変わりもせず、小さくてかわいい蓮なのに、兄貴だって。お兄ちゃん、悲しい……。


「お帰り、統基」

「ただいま」

「これ終わったら帰ろうと思って」

「ドキュメンタリー?」


 テレビの正面のソファに蓮と亮河が並んで座っている。画面を見ると生まれたばかりっぽい赤ちゃんが映っていて、引き込まれる。


「統基も横来る? 乳児院のドキュメンタリーだよ」

「うん。乳児院って?」

「やばたん、知らねえのかよ! 親が育てられねえ赤ん坊を代わりに育てる施設じゃよ!」

「蓮、言葉遣い」

「ごめんなさい」


 素直。


「そんな施設があるんだ」

「子供ができたことを親に言えなくて、中絶できる期間を過ぎてしまった中学生カップルの間に生まれた子供を担当することになった新人保育士を追ってるの」

「中学生?! 無理すぎじゃん」


 へー、乳児院では保育士が赤ちゃんの面倒を見るんだ? 泣きわめく赤ちゃんの口に哺乳瓶の飲み口を含ませるのから手こずっている。大丈夫か、あの保育士。黒髪で男っぽい髪形だが、顔は見えないように撮られている。

 早くしてやれよ。あーあー、赤ちゃんギャン泣きじゃん。かわいそうに。


 なんとか赤ちゃんがミルクを飲み始め、明らかに肩の力が抜けた保育士の背中が映る。お疲れ。

 全部飲んだ赤ちゃんを肩に乗せるように抱き、トントンと背中を叩いている。うっとりと目を閉じ、ゲフッと意外と立派なゲップをかます赤ちゃんがかわいい。


「ゲロマブじゃねえか」

「蓮、意味が分からん」

「あの赤ちゃんすっごくかわいいね!」

「かわいいよな~」


 赤ちゃんを寝かしつける保育士。なんとなく、ベビーベッドに寝かせた赤ちゃんをトントンすれば寝るイメージだったけど、抱っこして歩き回っている。

 けっこう体力いりそうだな。ファイトー。


「生後間もない赤ちゃんは2~3時間ごとに起きては泣き、ミルクを飲みます」

 とナレーションとテロップが流れる。


「マジか」

「そうそう。懐かしいなー」

「亮河兄ちゃんの子供もんーなしょっちゅう起きたんだ」

「らんぜなんか1時間くらいで起きたりもしてたよ」

「さすがらんぜ。迷惑~」

「寝かしつけスタイルにもみんな個性があってさ、おしゃぶりがあればすんなり寝たり、自分の指吸ったり、バスタオルでくるまないと寝なかったり」

「へえー。寝かしつけにバリエーションなんかあるんだな」

「ひとりひとりの違いを見つけるのもまた育児の楽しさだよ」


 楽しいのか、それ。俺大変そうだとしか思わなかったけど。だって、2~3時間置きにミルク飲ませて寝かしつけるって一連の流れをやらなきゃなんねえんだろ。自分はいつ寝るんだよ。


「自分でいろいろ調べて、楽な仕事ではないと知っていましたが、正直ここまでとは……」


 テレビに保育士の口元だけが映っている。インタビューに入ったか。


 ――乳児院で働こうと思ったきっかけは? とテロップが出る。


「僕の兄はこども園で働く保育士なんですけど、兄の友達が乳児院に就職したんです。それである日、兄から友達が担当してた子供の里親が決まって泣きじゃくってるから慰めに行ってくる、って聞いて、驚きました。そんなに子供に愛着が湧くのかと」


 お前の兄は子供に愛着持ってなかったのか。同じ保育士なのに。


「その時に、乳児院では保育士は先生ではなく親なんだと知ったんです。僕は、親になりたいと思いました」


 親……?


 ――実際に働いてみてどうですか?


「初日に園長から今日からあなたは新米パパだよ、と言われました。子供たちと一緒に成長すればいい、誰も最初から完璧な育児なんてできない。それは家庭でも乳児院でも同じことだと。大切なのは両親と離れて暮らす子供たちが自分は愛されていると実感できることだって」


 スヤスヤと眠る赤ちゃんを愛しそうになでる、不慣れな手つきで小さな風呂に入れる、服を着せる、様々な保育士と赤ちゃんのカットが流れる。


「僕も、里親が決まった時には友達が駆けつけずにはいられないほど号泣するくらいの愛情を注いでいきたいと思います」


 笑顔で赤ちゃんを抱っこする、細身でスタイルのいいイケメンの全身が映った状態でスタッフロールが流れる。めっちゃカッコいいじゃん、なんで最後まで顔出さなかったんだよ。イケメン保育士の笑顔が全部持ってったわ。


「亮河兄ちゃんがコレ見始めたの?」

「蓮だよ。洗い物してる間に蓮が見てたの」

「さすが蓮! お前のおかげで俺の将来が決まった!」


 蓮の頭をグリグリとなでる。


「将来?」

「うん。俺、保育士になって乳児院で働く!」

「ちょーエムエム、わら~。兄貴、今のテレビにめちゃくちゃ影響されてるじゃねーか」

「蓮、エムエムって何?」

「チョベリバ」


 蓮が会話不能なギャグマシーンと化してしまった。


「保育士ってどうやってなんの?」

「何も知らずに将来を決めたな、統基」


 亮河が大笑いしている。

 たしかに、保育士って言葉すら今知った。幼稚園の先生としか思ってなかったわ。


「案外、夢を持つ瞬間ってそんなもんかもな。理屈じゃないもんね」

「夢! すげえ、俺夢できちゃったよ!」

「スパダリ! 兄貴!」

「日本語忘れたんか。蓮は夢なんかねえだろ、まだ中学生だもんな」

「あるよ。ボクは記憶力を活かして名探偵になりたいって小学生の頃から決めてたぜ」

「すげえ、天職じゃん」


 夢、か。なんか、すっげーワクワクする!


 風呂に入って部屋に行き、豪快にベッドへダイブしスマホを手に取る。


 保育士って何か学校とかあんのかな。保育士専門学校的な。

 乳児院ってこの辺にもあんのかな。病院はたくさん見かけるけど乳児院なんか見たことねえぞ。



 

 朝、学校に行き真っ先に職員室へと走る。


「あおたん! 俺、進路調査何も書かなかったんだけど、決めた! 進学する!」

「おはよう、入谷くん。指定校推薦ってこと? 受験?」

「指定校推薦!」


 ペッタペッタまぬけな音が聞こえたと思ったら、高梨が名簿を俺の頭に乗せた。


「入谷、進路の話だったら担任の俺にまずすべきだろーが」

「進路みてーな大事な話を高梨なんかにする訳ねーだろ」

「うわ、ムカつく。進路調査改ざんしよーかな」

「教師として最低な脅し使いやがるな」


 高梨から進路調査票を受け取り、進学、指定校推薦にそれぞれ丸をする。


「よっしゃあ! これで保育士になれる!」

「でも入谷くん、1年の成績は問題ないけど2年の評点が低いから指定校推薦の基準を満たすには1学期のテストがんばらないと出願できないよ」

「え?!」

「平均評定が今だと3.0。最低でも3.5はないと。そして3.5で行けるのは日本最底辺の桜マラカリア大学だけだけどいいの?」

「いい! 桜マラ大なら保育士になれるから!」


 冗談じゃねえぞ! ここへ来て評価足りないとかマジか! 2年の俺、なぜがんばらなかった!


「分かった! やる! あおたん、テストの出るとこ教えて」

「きゃっ、教師としてそれ言われてみたかったのよね」

「あー、この学校じゃ言われねえだろうな」


 各教科の先生に出る所を聞いてみると、意外とみんな教えてくれる。後は実技科目か。


「高梨。かわいい教え子の将来のために俺の評価5にするって約束しろ」

「かわいい教え子ってのはそういうことを言いださねえんだよ。普通に真面目に体育してれば考えるよ」

「言ったぞ!」


 打てる手は打った。あとは、やるのみ!

 今日から俺、お勉強大好きマンになる!

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