かわいがられるのが下手な統基
私のお兄ちゃんはとても優しい。初めて会いに来てくれた日から、毎日統基の分までジュースやお菓子を用意してくれて、ひろしの前まで一緒に行ってくれる。
「お兄ちゃん、バイトの後も叶の家まで送るよ。夜遅くて心配だから」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「いや、いっす、お兄さん。俺が送ってくって叶の両親と約束してるんで」
「え? 君、叶の親と会ってるの?」
「統基はパパからすごく信用されてるの。バイトも統基が一緒ならいいって許してくれて」
「へ……へえ」
「何か? お兄さん」
「い、いや、別に」
私を真ん中に3人横並びで歩いているのだけど、統基が首を伸ばしてお兄ちゃんを威嚇するように顔を見る。
「じゃあ、バイトがんばってね」
「行ってきます!」
「ざっす」
私にお兄ちゃんがいたなんて、それはそれは驚いた。ずっとひとりっ子だと思っていたんだもの。
統基と統基のお兄さんたちと同じ、お母さんが違うお兄ちゃん。
「どーっすか。兄がいる感じは」
「楽しい! お兄ちゃんって心配性なものなのね。私、統基のこと過保護じゃないかと思ってたけど、お兄ちゃんってそういうものなのね」
「だから、俺の弟はまだ中学生になったばっかの子供だから行き過ぎた保護じゃなくて当然の保護なの」
「蓮くんが小学生の時と言うこと変わらないじゃない」
「うちの中学、ヤンキーが多いから小学生の頃より心配だよ。いじめられてねえかな」
「蓮くんなら大丈夫でしょ」
やっぱり、弟や妹のこととなると過保護になっちゃうのね。
不思議。パパやママからは過保護をやめてほしいとあんなに思っていたのに、お兄ちゃんだとイヤじゃない。
「叶。約束忘れてねえな」
「分かってるわよ。統基と一緒にいる時しかお兄ちゃんと会わないわ」
「絶対だぞ」
「でも、何のための約束なの?」
「兄とは言え、他の男と二人きりとか俺に耐えられると思う?」
エプロンを着け終えた統基が顔を近付けて見つめてくる。距離が近い!
「統基、ここ働く所だから……」
「だから何もしてねえじゃん」
「ち……近い」
「ぷっ。かわいい」
一瞬だけ口に口を付けて、統基が笑う。
「ここでは彼女だって忘れるんじゃなかったの」
「お前がかわいい顔すんのが悪い。思い出しちゃったじゃん」
一気に顔に熱が集中してしまう。私の頭に手を乗せた統基が更に爆笑する。
「よっしゃ! 気合い入った! 張り切って働きましょー」
「おー!」
仕事は本当に大変だけど、みんなが応援してくれるからがんばらなきゃって思う。
「比嘉さん、レタスの葉洗ってくれる?」
「はい!」
「惜しい。それは白菜だね」
「ごめんなさい!」
「白菜でもいいじゃねえか! 気にすんなよ、叶ちゃん」
「前はレタスとナス間違えてたんだから、だいぶ成長したよ」
「はい! ありがとうございます」
店長の指示に必死に従ううちにあっという間に時間が経つ。
「比嘉さん、まかない食べて上がっていいよ」
「はい」
私と統基のまかないを用意するのは私の仕事。丼にごはんを入れて、店長が温めてくれた鍋から具をお玉ですくって入れる。
「熱っ」
「大丈夫?」
「大丈夫か?!」
「ごめんなさい、ちょっとはねちゃっただけです。大丈夫です」
「バカ、ちゃんと冷やさねえと」
カウンターに座って待っていた統基が駆け寄ってきて、私の手を引っ張り流水の中につける。
「良かった、赤くもなってねえな」
「うん、ほんとにちょっとはねちゃっただけだから」
ホッとした様子の統基に申し訳ないくらい、反射的に熱って言っちゃっただけで本当はそこまで熱くもなかった。
「見せつけてくれるなあ」
「統基くん、天音ちゃんと付き合ってたとずっと思ってたけど、本物の彼女はやっぱり違うねえ」
「変なこと言うのやめてくれる?! 俺、公私混同はしねえから! バイト仲間として心配しただけっすから!」
階段からズドドドと大きな音が聞こえ、びっくりしていたら足を引きずりながら工藤さんが顔をしかめてやって来る。
「ぶわはは! 落ちましたね、工藤さん。足痛そー」
「痛ってえ~。入谷くん、笑いすぎじゃね?」
「全然バイト仲間として心配しねえじゃねーか!」
「あ。してるしてる! 大丈夫っすか、工藤さん!」
「もう遅いよ、統基くん!」
「おせーか。正直言って超おもろい。ぶわっははは!」
「ひでーな、入谷くん」
お客さんたちが笑っている。このお店はとってもアットホームな雰囲気で、働いている店員さん同士も店員さんとお客さんも仲が良い。
統基が一番年下なのもあるのか、みんなにかわいがられているのが一緒に働いてみるとよく分かる。
学校ではみんなを引っ張っていくイメージがあるけど、統基って大人の人からするとかわいいのかしら。
なのに、統基は優しいからきっと本当は心配してるんでしょうに、わざわざ冷たいことを言ってしまう。なんてかわいがられるのが下手なんだろう。
「比嘉さん、お疲れ様」
まかないを食べていると、店長から白い封筒を渡された。
「お給料だよ。がんばってくれてありがとう」
「お給料?! ありがとうございます!」
隣でもう食べ終わった統基にも封筒が渡される。
「お給料……」
「手渡しかよって初めは思ったけど、店長の優しいひと言付きだからいいよな。俺けっこー楽しみにしてんの」
「ええ、本当。お兄ちゃんに何か買おうかしら」
「あー……先に叶パパとママじゃね?」
「それもそうね」
「そんな嬉しいの?」
統基が真面目な顔で尋ねている。嬉しい?
「ええ、働いてお金もらうなんて初めてだもの」
「じゃなくて。お兄ちゃん」
「お兄ちゃん? ええ、お母さんが違うお兄ちゃんなんて、統基と同じだもの」
「え……そこ喜ぶんかよ」
統基の褐色の肌が赤くなる。照れてる! レア!
「ふふっ。写真撮りたい」
「ぜってー撮らせねえ。調子乗んなよ」
「自分はすぐ調子に乗るくせに」
「俺はいいの! 帰るぞ!」
店を出ると、統基は何かを警戒するように辺りを見回した。
「どうしたの?」
「通り魔でも潜んでないかチェック」
「どんなスラム街なの」
日本一の高級住宅街だからか、警察の巡回もすごく多いのに。
ほんと、統基って時々変な冗談を言う。




