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なぜか入谷を観察している私

 もしも、お前が悪口言われてたら俺、あんな風に笑ってないよ


 って……笑わないで、どうするって言うのかしら。

 聞けばよかったけど、あの時は頭が真っ白になって聞けなかった。


 窓際の一番前の席に入谷が座ると、すぐにかわいい女の子が駆け寄る。入谷も気付いて彼女を見上げた。私の席は一番後ろだから、けっこう離れている上にみんなワイワイしゃべってるから会話がまるで聞こえない。


「水無瀬なの?!」


 入谷が大声を上げた。

 水無瀬? クラスメートの、水無瀬那波(ななみ)さん?


「マジで?! ああ! 本当にトワイライトなサンダンス読んだんだ?! レーシック手術受けたの?! すげえ! 萌と一緒じゃん!」


 入谷が大声でしゃべってる声だけが聞こえる。女の子はうれしそうに笑っている。

 え? あれが、水無瀬さんなの?


 水無瀬さんって、髪1本1本の主張が激しくてあちこちに跳ねていて、メガネのレンズが割れてて制服の着こなし方が独特だった人よね?

 水無瀬さんは私の隣の席だから、間違いないはず。


 今入谷とご歓談中なのは、キレイなボブヘアに制服をかわいく着こなしていてぱっちりした目元のメガネをかけていない女の子だ。ブレザーじゃなく他の女の子たちみたいにかわいいカーディガンを着ている。カーディガン+ブレザーはセーフだけどカーディガンオンリーだと校則違反なのに、ブレザーを着てるのは私だけでむしろ私の方が校則違反をしているみたい。

 リボンも制服の地味なネイビーじゃなく、かわいいピンクのリボン。


「すっげーかわいくなってんじゃん! いけるよ! これならダンサー落とせるよ! がんばれよ、那波!」

「え?! 別に落としたいダンサーはいないんだけど?!」


 那波?!

 ついさっきまで水無瀬って呼んでたのに、どうして急に那波?!


「すげーよな、恵里奈! 那波だって気付いてた?!」


 入谷が大声で後ろの席の小田恵里奈さんにも話しかけている。

 ……入谷って、私のことは比嘉って呼ぶけど、けっこう下の名前で呼んでる女子も多いわよね。どういう線引きがあるんだろう。


 イメチェンした水無瀬さんを那波と呼ぶようになったってことは、見た目で線引きしてるのかしら? 小田さんも毎日髪形を変えてくるのもあって、私もついつい毎日見てしまうくらい華があってかわいらしい。

 派手にかわいくなったら呼び方変えてるんだとしたら、何だか最低なんだけど。


 驚いて大声が出てたけど、また入谷の声が聞こえなくなってしまった。

 あ、そうだ、私今日日直だから、入谷の席の前にある先生の机を整理整頓でもしに行こう。


「仲良しの那波がこんだけ変わったら優夏(ゆうか)もイメチェンしたくならないもんなの?」

「私はいいよー」

「なんでー。優夏も絶対かわいくなるってー」

「えー、いやあ、やっぱり私はいいよお」


 水無瀬さんと仲のいい木村(きむら)優夏さんのことは優夏って呼んでるのか。

 木村さんは黒髪のおさげでメガネをかけている演劇部員だ。派手さはないわ。見た目は関係ないのかしら。


「ねえ優夏、あれやってよ」

「えー、もう、恥ずかしいなあ」

「いいじゃん、いいじゃん。俺あれ大好き。やってよ、優夏」


 入谷が木村さんに何かおねだりしている。はにかんでいた木村さんがメガネを外す。メガネを取ったらまるで別人、というわけでもなく、あまり印象は変わらない。

 唐突に木村さんが険しい表情で入谷をビシッと指差した。


「オズワルド! お前は悪党! 高慢ちきの乞食根性のむさ苦しいゲス野郎だ! ご主人様のためなら女郎の世話まで喜んでする犬畜生……どこの馬の骨とも分からないメス犬の跡取り息子だ!」

「おおー。かっけー! これだけスラッスラ罵倒できたら爽快だろーなあ」


 びっくりしたわ。大人しそうな木村さんが一変して腹の底からの低く太い声で滑舌良く叫んでいる。演劇部だから何かの劇のセリフなのかしら。

 木村さんがエヘッと笑ってまたメガネをかける。


 ありがとう、優夏ーと入谷が笑顔で木村さんに手を振っている……ますます分からなくなったわ。単に大人しい生徒だと思っていた木村さんのことも分からなくなった。

 特に線引きなんてなくて、単にフィーリングなのかしら。


 今度は向中島(むこうなかじま)(もも)さんが入谷の席へとやって来る。

 向中島って呼んでるのかしら。桃って呼んでるのかしら。

 向中島さんはバレーボール部期待のルーキーらしくて、背が高くガッシリ体型でサバサバした印象がある。入谷からすれば気軽に下の名前で呼びやすいかもしれない。


「かわいいじゃん、向中島がかわいいマスコット付けてるの初めて見た気がするー」

「かわいいだろ、これ」

「かわいいけど、これなんかバランス微妙すぎねえ?」

「これは、顔がシロクマで体がパンダで足はシロネコなんだよ」

「なるほどね、それでただの白一色のマスコットなのにバランスおかしいんだ。あれ? これどっかで見たような?」


「あ! 俺も持ってる! ピーチーのマスコット! シーリエが道に落ちてたのを拾ったからってくれてさあ」

「そうだ! 阪口もカバンに付けてるんだよ」

「かわいいよな、ピーチー。俺一番好きなんだー。すごく強いし使いやすいし」

「ピーチーって何かのキャラ?」

「ゲームのキャラだよ。入谷知らねえの?」

「俺ほとんどゲームしない。スマホは漫画を読むためにある!」

「マジかよ、珍しいヤツだな、入谷」

「俺ゃ阪口みたいに流行りのゲームに流されたりなんかしねーんだよ。お前すぐ飽きてやってないゲームのアプリいっぱいあるタイプだろ」

「げー、バレてるー!」

「あはは! 当たってるんだね、阪口くん」


 向中島さんと、入谷の隣の席の阪口くんのことは苗字で呼んでるのね。


「同じマスコット付けてたなんて全然気付かなかったよ。よく見てるんだね、入谷」

「まあねー。俺人間観察が趣味だから」

「絶対ウソだろー」

「人のことなんかいちいち見てるワケがなーい」


 あははは、と笑い声を聞きながら自分の席に戻る。


 ……家に、昔家族で水族館に行った時に買ってもらったゴマフアザラシのマスコットがあったなあ。

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