俺の彼女と兄弟の話
「あ、ヤバい。叶、門限だわ。帰らねえと」
「ずっりー、統基! 勝ち逃げする気だろ!」
「高校生の門限が6時とかぜってー嘘!」
「マジなんだって! こちらのお嬢さんの親、ちょ――過保護なの」
言われても仕方ない。みんなでカートゲームをしていたのだが、俺が単独勝ちするまで絶対続けるって散々再戦してやっとの単独勝利。だがしかし、マジなのだ。時間は午後5時半。お送りせねば。
玄関まで全員が見送りに来る中、叶と二人靴を履く。
「お邪魔しました。すごく楽しかったです」
「俺もちょ――楽しかったよ」
「俺のモノマネすんな、孝寿」
「似てた?」
「似てねえ」
「似てたよ」
「似てた似てた」
兄貴たちと蓮に混ざって、叶まで笑っている。そんななじまなくていいから。
「お姉ちゃん! また一緒に遊んでね!」
「うん! またね、蓮くん」
叶のスカートを引っ張って蓮がおねだりするのを叶が嬉しそうに頭をなでる。
いいねー。かわいい彼女とかわいい弟のコラボ。眼福。俺の目大喜び。
慶斗がさりげなくドアを開けてくれている。こういうことが素でできる辺りがクズのくせに稼げるんだろーな。
言わなきゃいけないことがあとひとつある。自転車を漕いで、叶ん家に行くまでに公園か何かあったかな、と記憶をたどる。
「うっせーだろ、俺の兄弟」
「みんな仲が良いのね。さすが兄弟だなって何度も思ったわ」
「あのさ、ちょっとだけ寄り道して行かねえ? さみーけど、あったかいの飲みながらでもさ」
「え?」
小さいけど自販機がある公園を思い出し、誘い込む。自販機で温かいコーンスープを2本買い、1本を叶に渡す。
「熱!」
「ははっ。ちょっとコートのポッケに入れとく?」
「そうね」
ベンチに座り、一口飲んで缶を脇に置いた。
「どーゆーとこでさすが兄弟だなって思ったの?」
「亮河さんは笑顔が統基の笑顔に似てるし、慶斗さんはゲームしてる時のふざけるタイミングとかキレるタイミングが統基と一緒で、悠真さんがケーキ食べる時に前髪ちょんまげにしてたでしょ? あの時に目の色がすごく茶色なのが統基と同じだなって思って、孝寿さんは意地悪言う時の表情が統基そっくりだったわ」
「蓮は?」
「蓮くんは……そういえば、特に思わなかったかも」
「実はさー……」
あー、緊張する。わざわざ言わなくていいことな気もする。でも、言わないのは隠してるみたいで気持ち悪い。
「実は、俺たちって完全な兄弟は誰もいないの」
「え?」
「えーと……俺と兄貴たちは父親は同じだけど、母親がみんな違うの。で、蓮は父親すら違う。血だけで言えば他人なの。俺の実の弟なのは間違いないんだけど」
理解が追い付かないのか驚いているのか親父があちこちで子供作ってたってことに気付いて引いてるのか、叶の表情は無だ。
あー、ヤバい、沈黙に緊張が増していく。嘘ウソ、冗談とかってごまかしちゃおうかな。
「血は関係なく兄弟ってこと?」
「うん、そう。俺たちは血縁関係は薄いかもしれないけど、絶対的兄弟だから」
叶がパッと笑った。
「だったら、私も何回も会ってるうちに兄弟になれるかしら。今日すごく兄弟がいていいなあって羨ましかったの。私もきょうだいが欲しいってすごく思って」
「え……」
意外すぎて言葉が出ない。俺がいろいろ考えちゃってたリアクションのどれでもない。
「あ、変なこと言ってるよね。ごめん、血はつながってなくてもこれまで一緒に過ごした時間とかが大事なんだよね。ごめんなさい、私きょうだいいないからその辺よく分からなくて、簡単に兄弟になりたいなんて言っちゃって」
俺の無言を叶が勘違いしたらしく、慌てた様子で言い訳を並べだす。
「いや、なれるよ。だって、俺兄貴たちに初めて会ったの叶と知り合ったより後だもん」
「え?! そうなの?!」
「うん! それまでは俺、蓮とは一緒に暮らしてたけど兄貴がいることすら知らなかったの」
「そうなんだ?」
キョトンとする叶に、そういえば、と思い出す。
「てゆーか、俺が初めて上三人に会った時って叶が一緒にいたの。1年の初めの頃に家までカバン運んでくれた紳士いただろ? あれが亮河」
「ああ、言われてみるとそうね」
「あと、犬に制服のスカートかまれた時に直したのが慶斗」
「あ! 服装が全然違うから気付かなかったわ」
「あいつらもそうだろうな。制服と私服でだいぶ印象違うから。で、充里たちとメシ食いに行って誰も金持ってなかった時に充里が支払わせたのが悠真」
「……そうなのかしら。顔が見えなかったからよく覚えてないのよね」
「だろーな。俺と同じタイミングで兄貴たちと会ってんだから、もう叶も兄弟みたいなもんだよ」
真冬なのに、叶は大きなヒマワリみたいな惜しみない笑顔を開かせる。
「嬉しい! 私ずっときょうだいに憧れてたの」
叶の頭ん中ってどうなってんだろ。どうなってたら、いびつな俺たちをこんな素直に受け入れることができるんだろ。
気が付いたら、叶が腕の中で俺の体に腕を絡ませている。
この人と出会えて本当に良かった。好きになって良かった。全神に感謝。全俺に祝福。
「あ、でも俺だけは兄弟にはならねえよ」
「え?」
「俺はお前の彼氏だもん。兄弟なんかにならねえ!」
「ふふっ。そっか、そうね」
「でも、いいの? あんな兄貴たちで」
「いい! すっごく楽しかったもの」
叶は取り繕ってもの言ったりしねえよな。本当に楽しんでくれたんだ。
「今日だけでもかなりなじんでたよ、叶。俺、そんななじまねえでいいよって思っちゃったもん」
「本当? うれしい~」
「なあ、孝寿怖ない?」
「あー、目が鋭いよね。でも、統基で慣れてるもん」
「俺あそこまで目つき悪くねえだろ」
「言ったじゃない、意地悪言う時の顔そっくりだよ」
「げー。マジショック。俺あんな冷血人間と同じ目してんの?」
「あはは! してるよ」
「マジかよ。だってあれ人殺す目だよ」
「うんうん、統基もするよ」
「うげー。気を付けようー」
「あれだね、人のフリして我が身を滅ぼせ?」
「滅ぼすな。人の振り見て我が振り直せだろ」
叶と笑って兄弟の話ができるなんて、思ってもみなかった。めっちゃ楽しい。打ち明けて良かった。
すっげー気が楽になった。秘密を持ち続けるって、自覚してたよりしんどいんだ。
でも……打ち明けちゃいけない秘密もある。俺が楽になるだけで、きっと叶を苦しめてしまう。俺は楽になっちゃいけない。
「ねえ、このベンチ、1年の時の統基の誕生日にケーキ食べたベンチだね」
「へ? あー、そうかな。どうかな。俺ぶっちゃけケーキが超甘かったことしか覚えてねえわ」
「ふふっ。必死に食べてくれてたものね。甘いものが苦手だからって食べなくても良かったのに」
「俺だってなあ、好きな子をガッカリさせたくないって程度の優しさはあるんだよ」
「……好きな子……」
「今更そこでんな照れるとか逆にすげーわ」
あー、かわいい。かわいいがすぎる。叶が座ってるってだけでこのベンチまでかわいく見えてくる。




