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俺の不完全燃焼な放課後

「この2週間、本当にありがとうございました。たくさん貴重な経験をさせていただき、大学での学業にも活かしていきたいと思います。絶対に教師になるんだって、志を新たにできました。ありがとうございます」


 朝礼台の上で、朝陽先生と袴田先生が並んで頭を下げる。手が痛くなるくらい、拍手を送る。


 しどろもどろで何言ってんだか聞き取れねえ袴田先生と違って、朝陽先生はハキハキとカッコ良く爽やかな笑顔が印象に残った。きっと、俺だけでなく。


「絶対先生になってね、朝陽先生!」

「ええ、ありがとう」


 色紙や花束をたくさん渡されて、涙目で朝陽先生が受け取っていく。


 午後には大学に戻って、レポート作成。そこまでが教育現場見学生のお仕事だそうだ。


「入谷くん」

「ん?」


 学校を出て行く朝陽先生を門までクラス全員でお見送りしていると、一度は門を出ようとした朝陽先生が戻ってきた。


「楽しかったわ。ありがとう」

「えっ」


 サッと俺のほっぺにチューして、笑って出て行く。


「何だよ! 入谷! なんで朝陽先生にチューされてんの?!」

「された方に聞くなよ! 俺が知るか!」


 慌てて叶を見ると、暗い顔をして朝陽先生の後ろ姿を見送っている。……怒ってたりすねてたりするんかいな。てか、俺された方なんだけど。昨日はしたけどな。


 朝陽先生を泣かせてしまった罪悪感とかでどーしよって中、ほっぺにチューとか言うからこれで許して、俺早く叶に会いたいの、って思ってやった。


 ほっぺたくらいいいだろってあの時は思ったのもある。だがしかし、叶が他の男にほっぺだろーがチューなんかしたら発狂する自信がある。ダブルスタンダード健在すぎ。


「あの、叶?」

「なあに?」

「見てました?」

「何を?」

「……何もないっす」


 ご機嫌ではないのは確かだな。

 教室に戻ってすぐ、充里の席へと向かう。


「充里、今日バイト代わってくれ」

「なんでだよ!」

「だって、叶さんご機嫌悪いままほっときたくない。昨日も誕生日だってのに半日会えなかったし、埋め合わせしたいの」

「俺への埋め合わせは?」

「いつか必ず!」

「する気ねえだろー」


 言いながら、曽羽付きバイトを店長から許可されているからゴネることもなく代わってくれる。マジありがとう、親友。


「行ってきまーす」

「わりーな。バイトがんばってなあー」


 充里と曽羽がひろしに向かい、二人きりになっても叶はうつむきながら歩くのみで話そうとしない。……気まず……。


「あのさ、叶」

「何?」

「えっと……叶の家、行っていい?」

「え……」


 叶がやっと顔を上げる。

 お願い、いいって言って。邪魔の入らないところで、二人でちゃんと話したい。


「統基の家は?」

「いや、俺の家は……ちょっと」


 カリスマレジェンドホストの自宅なんで、バカみたいにデカいんす。お父さんの仕事に確実に興味を持たれてしまう。


 でも……いつまでも隠しておけねえよな。叶なら、親の職業で別れるなんて言わないとは思う。だけど、やっぱ怖い。


 うちの家族と叶の家族が違いすぎる。


 叶の親、過保護だし、真面目だし、叶ママも仕事してるし、叶パパには他の女に産ませた子供なんかいねえだろーし。


 うちなんか、夫婦そろって小学生の子供すら放置で所持金尽きるまでラスベガスでカジノに興じる不真面目っぷり。家にいる時でも、働きもせずネトゲ課金しまくり勢の花恋ママ。異母兄弟をなんと4人も産ませている親父。


 しかも俺は兄たちのベビーシッターの子供。お世話になった女性にまで手を出すんじゃねえ、クソ親父。ちなみに、戸籍上は実の弟とは全く血はつながっていない。


 ……言えねえよー。こえーよー……。


「あの、ごめんね、統基」

「へ?」


 叶の部屋に上がり込んで床に座ると、立ったままの叶から謝罪と共に箱を差し出された。


「昨日……焦って家を出たものだから、すっかりプレゼントのこと忘れてて……昨日、会えてからも全然思い出さなくて……1日遅れになってしまって、本当にごめんなさい」


 申し訳なさそうに叶が深々と頭を下げる。


 え、もしかして、それで暗い顔してたの?


「ぜんっぜんいーよ! 俺もプレゼントのことなんか忘れてたし。てか、用意してくれてたんだ? すっげー嬉しい!」


 笑って受け取ると、ホッとしたように叶が笑った。


 マジ嬉しい。そんなこと気にしてたなんて。俺、超大事にされてるじゃん。


「開けていい?」

「もう開けてるよね」

「財布だ!」

「どうかな? 気に入るかしら」


 濃いブラウンの二つ折りのシンプルな財布だ。おー、大人っぽくてカッコいい!


「めっちゃ気に入った! めっちゃカッコいい!」

「良かった。統基っていつもポケットに直接お金入れてて野生児っぽいから、お財布あった方がいいんじゃないかと思って」

「野生児っぽいと思とったんかい」


 早速、ポッケの金を財布に移す。ひざ立ちして財布をズボンの後ろポッケに入れてみる。


「すげー、俺なんかアダルトな気分」

「アダルト?」

「大人。アダルトサイトとかあるじゃ……何でもない。超嬉しい! ありがとう!」


 かわいらしく首をかしげる叶にいらんこと言いかけた。嬉しすぎてフィルターぶっ壊れてたわ。


「あ、あの……喜んでもらえた?」

「うん! 超喜んでる! 叶、大好き!」

「あ、あの、じゃあ……」

「ん?」


 叶がおかしい。いや、いつもおかしいんだけど。


 爆発しそうに真っ赤になって人差し指で自分のほっぺたをつついている。かっわいい~。チューしたくなるじゃん。


 あ、もしかして。


 叶がつついている右ほっぺを華麗にスルーして左側に回り込んでチュッと口を付ける。


「ご所望はこちらでしょーか」

「は……はい……」


 更に赤くなってうつむく。たまらんな、コイツ。


「俺、急激にアダルトな気分」

「え?」

「昨日が誕生日だったのに、プレゼント1日遅れた利子」

「利子?」


 立ってる叶の腕を引っ張って、座った俺の足の上にまたがらせる。ダメだ、コレ止まらんヤツ。


「好きだよ」

「あ、わ、私も……」

「ちゃんと言って」

「私も、好き」

「めっちゃ好き。かわいすぎる」


 ガッツリ頭を押さえこんで強引なキスをしてしまうくらいには止まらん。無理。


「統基……」


 体をよじって逃げようとする素振りを察し、叶をそっと床に寝転がせてまたがり上に乗る。


「逃がさねえよ」

「ちょ……統基」


 俺の胸を非力に押してくるのを無視してキスする。胸がドキドキして頭が真っ白になってって何も考えられなくなってくる。ただ、抱きたい。大好き。


「と……統基!」


 抱きしめた腕からまだ叶は逃げようとする。こんな力業みたいな勢いで進めたことないから怖いのかもしんないけど、俺にだって限界ってもんがあるんだよ。


 俺が腕に力を込めると、叶も押し返す力をわずかながら増してくる。力ねえくせに、んな必死に拒否んなよ……。


「なんで? ヤなの?」

「イヤって言うか……」


 沈黙が訪れる。何コレ。


 気まずそうにオロオロと目を泳がせる。イヤじゃないなら何だよ。ハッキリしねーな。


「ちゃんと言って、叶。イヤなら俺無理にはしない。言わねえくらいのもんなら無理矢理でもする」

「言う! あのね」


 ダンダンダンッと階段を駆け上がってくるような音が響く。


「えっ?」


 叶ママが帰ってくるまでまだだいぶ時間あるはずなのに?!


「ノックしてトントーン! 入りまーす!」


 叶パパ?! なんで?!


 大慌てで叶の上から床へとジャンプ。ドッドッドッと鼓動がヤバい。恋の病再発しそう。


「パパが有休取ってブルックリンから一時帰国してるの」

「そういうことはもっと早く言え! 家に入る前に言え!」

「鍵閉まってたから私もついさっきまでパパが帰って来てるの忘れてて」


 ドアがガチャッと開いて、嬉しそうな満面の笑みの叶パパが顔を出す。


「あ! 入谷くん! 久しぶり!」

「ご安心ください! 俺たちまだまだチルドレンですから!」

「え?」


 くっそー、不完全燃焼がすぎる!

 こんなことなら俺ん家にすりゃー良かったー。両親不在、弟は遊びに行ってるか家にいても1階リビングのソファとトイレを行き来するだけのゲームマシーンなのに!


 そろそろ真面目に考えよう。俺ん家の事実をどう明かせば叶に嫌われないか。

 二度とこんな悲劇が起こらぬように!

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