何度でもすれ違う私たち
はやる気持ちを抑えながら学校へと歩く。授業を受けに行くんじゃないし、自転車でもいいかしらと思ったけど、自転車で学校に行くのは校則で禁止されている。ルールは守らなくては。
やっと着いて門を見上げる。閉まってるけど、門の中に赤い車がある。この中に、統基がいる……。
インターホンを押そうと指を伸ばすも、ためらわれる。朝陽先生とはほとんど話したことがない。緊張する……。
エイッと思い切ってボタンを押した。ピーンポーンと音が鳴る。しばらくすると、校舎から朝陽先生が出てきた。
「比嘉さん……何か?」
「あ、あの……統基が、あ、入谷くんが特別授業に来てるって聞いて」
ふーん、と門の棒の隙間から私をジロジロと見る。朝陽先生がため息をついた。
「わざわざ制服に着替えてねえ。クソ真面目な面白みのねー女。どこがいいんだか。ああ、顔か」
ビックリした。統基みたいな荒い言葉遣い。
「あの……統基は?」
「お前ん家にでも行ったんじゃね。あ、そーだ。コレ返しておいて」
棒の隙間から朝陽先生が統基のスマホを差し出した。受け取って画面を触ってみるも、真っ黒なままだ。
「どうして、統基のスマホを朝陽先生が……」
「おめーに関係ねーだろ、クソガキ」
ひど……統基以上に口が悪いわ。
「あ……ありがとうございます」
統基のスマホをブレザーのポケットに入れて、走り出す。
統基と入れ違いになってしまったらしい。統基も私を探してるんだ。さっきはいつもひとりで登校してる道で来たから、今度は統基とよく待ち合わせをしているコンビニを通るルートで行ってみよう。
ハアハアと息が上がりながらも家に入る。
「あら、叶ちゃん、入谷くんは?」
「え? やっぱり、統基来たの?」
「ええ。走ってきたみたいでハーハー言ってたわ。叶ちゃんと同じね」
「統基は中?」
「叶ちゃんが学校に行ったって言ったら走って行っちゃったから、学校じゃないかしら」
「ありがとう!」
統基も走ってるんだ。かなり辛くなってきたけど、止まってはいられない。
もはやヘロヘロになりながら、学校のインターホンを押す。うっとうしそうに朝陽先生が再び出てくる。
「何やってんだよ。入谷くんならさっき来て、もう1回おめーん家行くっつってたよ」
「ありがとうございます!」
またすれ違ってしまった。じゃあ、今度は裏の裏でさっきと同じルートで行ってみよう。
統基に会いたい。お誕生日おめでとうって、早く直接言いたい。
思いとは裏腹に、何度学校と家を往復しても統基の姿は見えない。私の知らない抜け道でもあるのかしら。入ったことのない道を通って学校に行ってみる。
「いーかげんにしろよ! めんどくせえ! もーここで待ってりゃいいだろーが!」
「……は……走らないと……統基も……走ってる……」
家まで倒れそうになりながら走る。
「……ママ……」
「はい、叶ちゃん。入谷くんもこれ飲んで元気出たーって走って行ったよ」
差し出されたコップに入ったオレンジジュースを飲み干す。おいしい。汗だくになってしまっている体に染み渡るような爽やかな甘味。
「ありがとう。元気出たわ」
「マラソンがんばってねえ」
誤解です、ママ。私たちはマラソン大会してるわけじゃないの。息も絶え絶えなので、反論はまたにして足を踏み出す。
インターホンを押すと、これまでイチ反応がない。あれ? 朝陽先生、帰ってしまったのかしら。
門をガタガタと揺らしても誰も出てこない。そんな……。
一気に疲れが出て、門にもたれて座り込む。ああ、しんど……。
「もー、お前ら一生会えない運命なんじゃねーの」
「あ! 朝陽先生!」
声に驚いて振り返ったら、向こう側から朝陽先生も門にもたれかかっている。
「統基は?!」
「どーせすれ違うんだからここで待ってろって何度言っても聞きゃしねえ。おめーらマジで会う気あんの? 待ってりゃ絶対会えんのに、なんでバカみてーに走り出すんだよ」
「会えるからです」
「は?」
統基が言ってた。統基が大丈夫って言えば、大丈夫。
「何度すれ違っても私たちは絶対に会える。一生会えない運命だったのに、出会ったんだもの」
「お前……」
よし、走ろう。
立ち上がった私を背の高い朝陽先生が見下ろす。
「バカみてーじゃねーわ。バカだ。断言」
「すごい口の悪さですね」
驚きのあまりつい口にしてしまった。ギロリと怖い目で睨まれる。
「うちらの時代の桜三中はこれがスタンダードだったの。あいつが変えちゃっただけで」
「ああ、ヤンキーだったんですね。桜三中はヤンキーが多いで有名ですものね」
「ヤンキーみたいな軟弱もんと一緒にすんなし。もー来んなよ。あたい帰るから」
「あたい?」
朝陽先生がクルリと背を向ける。高身長で足が長くて、スーツ姿がカッコいい。元ヤンだなんて意外だわ。
学校脇の十字路を曲がったら、目の前に統基がハアハア言いながらいた。
「叶!」
「統基……お誕……生日……おめで……とう」
「もーちょっと、息、整ってから、もっぺん、言ってもらってい?」
ミニチュア・ピンシャーみたいに大きな目を細める。そういう統基もまるで息が整ってないじゃない。
苦しくて言葉にはできないけど、二人で笑い合った。




