比嘉の勘違い
私に触っても大丈夫なの? と来たもんだ。
さすが、神がかった美人は言うことが違う。この私に気安く触んな、と。
だがしかし、ホストの息子として見逃すワケにはいかない。なんで、比嘉がこんな泣きそうな顔してんの?!
何があったのか心配で、俺まで胸がざわついてくる。ほっとけない。
「こっち来い」
比嘉の返事は聞かず、つかんでる腕を引っ張って階段を上がって4階の廊下の奥、防火扉の前に連れて行く。ここならそうそう人が来ない。
「どうかしたの? 俺で良かったら話してみ?」
努めて優しげに見えるよう、目つきの悪い目を最大限に細めて問いかける。一瞬目を上げた比嘉がまたうつむく。
「入谷も聞いていたでしょ。タカネの花子さんだって……」
「ああ。さすがはみんなの憧れの的ですなあ。まー、女神よりはずいぶん身近な存在になったもんだけど、それでも高嶺の花子さんだからいいじゃん」
なんだ、そんなこと気にしてたのか。女神でいたかったのかな。アイ・アム・ゴッデス。
「……身近? タカネの花子さんが?」
「女神よりはな。手が届かないのは同じでも実体のある人間な分ね」
「人間? 人間なの? タカネの花子さんって」
比嘉のロシアンブルーみたいにキレイな目が丸く見開かれる。何に驚いてるのかが分からん。
「何だと思ってたの?」
「妖怪」
「妖怪?! なんで?!」
「だって、トイレの花子さんのお友達かと思って」
「ぶわっはははは! マジか! 高嶺の花って言葉知らねえの?!」
「え……知らない」
なんっじゃそれ! バカすぎる! 物知らずすぎだろ!
「あはは! それでへこんでたの? 妖怪って言われてると思って?」
「あ……うん」
「マジおもしれー。バカみたいな勘違いして泣きそうになってるとか、マジおもしろい」
「ひどっ……」
ひどいこと言ってるかもしんないけど、だっておもしろいんだもん。
身近になってまだリアル高嶺の花子さんのくせに、そんな些細なことで傷付くなんて人間味ありすぎだろ。やっぱり、見た目はこんなだけどちゃんと人の心を持ってる普通の女の子だ。バカかわいい。
「もしも、お前が悪口言われてたら俺、あんな風に笑ってないよ」
やっと、比嘉が顔を上げて俺を見た。よし、もう涙はないな。
ホッとしたら、比嘉がドリルを手にしてることに気付いた。
「ドリルやったの? 見せて」
「うん……」
比嘉の手から小学1年生用の繰り上がりと繰り下がりの特訓ドリルを受け取る。何回もやり直してる跡がある。
でも、ちゃんと全部マルが付いてるし、ちゃんと正解にたどり着けている。うん、適当にマル付けてたりなんかしねーわな、比嘉は。
「おー、がんばったじゃん。繰り上がりと繰り下がりの計算はパーフェクトにマスターだな。次は、九九かなあ」
「だいたい覚えてるわよ」
「だいたいで自信満々に言うな。しっかり覚えろ。7の段言える?」
「しちいちがいち。あ、しち」
「ぶわはははは! 活舌の問題!」
「たしかに、かつぜふ苦手かも」
「かつぜふ! 完全に苦手だよ」
苦笑いして見上げる比嘉がかわいい。こんな表情初めて見た。自信過剰のくせに、こんな顔もするんだ。ヤバかわいい。
「ドリルが無駄にならなくて良かった! 勉強がんばって、一緒に2年生になろうな、比嘉!」
「うん! がんばる!」
「言ったぞ! やれよ!」
「うん! やる!」
「よし、教室戻るか」
「うん」
階段を下り始めると、比嘉が後ろをついて来る。さっき上って来た時は、俺比嘉の腕つかんでたんだよな。思い切ったことをしたもんだ。
この手が比嘉に触ってたとか、今思えば大丈夫じゃねえな。もう1回つかもうと思ってももうつかめない。
ていうか、一緒に2年生になろうなって、普通に頭ポンポンするようなセリフ言いながら全く手が動かんかった。やっぱり俺、比嘉が相手だとどうにも調子が狂う。
意識しなくても自然に当たり前にできるはずのことができない。
うんって言いながら笑ってたから、まだ笑ってるかな。
振り向いて比嘉の笑顔が見たいけど、なぜか振り向けない。
「入谷」
「ん?」
階段を下りたら、比嘉に呼ばれて振り向けた。
「これ、私が持っててもいい?」
「いいよ」
「ありがとう」
俺には全く必要のないドリルを抱きかかえて比嘉が無邪気に笑っている。
うわあ、かわい……俺、この子を守りたい。他の誰でもなく、俺が絶対に留年なんかさせねえ。俺が九九ちゃんと覚えさせて、掛け算も割り算も分数の計算も小数の計算もできるようにしてやる!
教室に戻り自分の席に行こうとして、隣の席の阪口智和と俺の机の間に釘城史恵理がいて通れない。
釘城はかなりの美少女だ。かわいい子が多いこのクラスでも曽羽がいなけりゃ一番だろう。比嘉は美少女枠ではないのでもちろん除外しての話だが。
長いピンクの髪が違和感なく似合うのは三次元では限られし者のみだろうに、とても似合っている。
「別に、あんたのために買ったワケじゃないから、勘違いしないでよね」
「わ……わざわざ言わなくても分かってるよ! 俺、シーリエにこの映画観に行きたいって言ってなかったし」
「ま、言わなくてもトモがこの映画観たいだろうなって私にはバレバレだけどね」
「へー、映画のチケット? って、チケット? ネット予約じゃねーのかよ!」
「だ、だってネット予約じゃトモにさりげなく渡せないじゃない」
「今もぜんっぜんさりげなくはなかったぞ、釘城」
通せんぼされてるから、阪口の机の上の映画のチケットを持ちヒラヒラと揺らしてみる。セーラーアイドル? ああ、今人気のアニメか。地味なセーラー服のアイドルたちが地下活動から始めて武道館ライブ大成功まで上り詰めるやつね。興味ねえー。
釘城が真っ赤になって焦っている様子だ。お、これはもしかして?
「釘城、阪口のことが好きなの?」
「そっ、そんなんじゃないわよ! 誰がこんな二次元オタ! トモはただの幼馴染よ!」
「とか言ってー。モダモダしてっけど実は小学校の時から両想いなんだろ。さっさと告れば即終わる話なんだろ」
「へっ、変なこと言うなよ、入谷! 俺の好みのタイプはこんな派手な女じゃなくって図書委員っぽい子だから!」
「いいな~。俺の幼馴染もこんなんが良かった~。なんでデカいイケメンとエセ関西人なんだよー、何も始まんねえよー」
「べっ、別に何も始まってないわよ! トモのことなんか……好きなんかじゃ、ないんだからねっ」
「かーわーいーいー。いいなー、阪口ー」
すっかり阪口が羨ましくなって、真っ赤な顔して阪口を睨みつける釘城をヨイショ、と除けて席に座る。
かわいい釘城を眺めながら思う。
あー、比嘉かわいい。くっそかわいい。ガチかわいい。比嘉最強。




