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私の友達と友達が走り去った後に残ったミニチュア・ピンシャー

 愛良と充里、友達いない歴年齢の私にたった今できたお友達がたった今できたお友達と手を取り合って走って行ってしまった。

 え……何が起こったのか、理解が追い付かない。


 残っているのは、この、明るい茶髪でクルクルのパーマ頭に褐色の肌、野性的な大きな目と鼻と口の人だけ。


 充里はかなり体が大きかったけど、この人は男子にしては小柄だと思う。でも、目つきの鋭さから気が強そうな印象だわ。体は小さいのにドーベルマンに似てるミニチュア・ピンシャーみたい。肉の薄そうな体つきや細めの顔も似てる。


 ミニチュア・ピンシャーは小型犬なのに大型犬にも立ち向かう怖いもの知らずな性格で、とても活発で遊ぶのが大好き。私が特にかわいいと思って大好きなところは、飼い主にだけベッタリ甘えるという素晴らしいギャップ。いつか飼いたい、けれど私には叶わぬ夢。


 それはそうと、この人は飼い主の言うことなんて聞きそうにないわね。これから入学式なのに、ネクタイもしてないしブレザーのボタンをひとつも留めずに全開放していて、ワイシャツの下の赤いTシャツが透けて見えてる。いきなり制服を着崩してる上に、耳たぶにはクリスタルの一粒ピアスまで。校則を完全に無視している。ヤンキーかしら。


 というか、この人、誰?


 充里と一緒に走って来た気がするから、充里の友達かな? 充里も髪ほとんど白に近い金髪のスポーツ刈りでジャラジャラアクセサリーを付けていたし、ヤンキー仲間なのかしら。


 いきなりヤンキーとだなんて、何を話せばいいのか分からない。普通の人とすらほとんど話したことがないのに、ハードルが高すぎる。愛良と充里、早く戻って来てくれないかなあ。愛良と充里ともほとんど話できてないんだけど。


 願いむなしく、沈黙が続く。

 ……どうして、この人自分から私の所に来たのに何も言わずにジーッと私を見るだけなんだろう……。


 気まずく彼を見上げると、ハッとしたように目をそらした。

 ああ、やっぱり目をそらされちゃうか……。この人とも友達になれるのかなって、少し期待したのに。


「あの、俺、入谷。俺も1組。1組の入谷統基」

「入谷……。あ、私は比嘉叶。よろしく」

「よろしく……」


 また目を見て名乗ってくれたのが嬉しい。彼はボーゼンとした様子で私の発した言葉を繰り返した。


「あ、えーと、どこ中出身なの?」

「私、この4月に引っ越してきたからすごく遠い中学校の出身なの。言っても分からないと思うわ」

「そうなんだ? そっか……」


 再び訪れる沈黙。落ち着きなく足元を見ていた入谷が顔を上げて、三度私の目を見る。


「じゃあ、俺の通ってた中学言っても分かんねえか。桜三中ってとこなんだけど」

「なんか聞いた気がするわ。すごくヤンキーが多いで有名な中学だったかしら」

「そうそう、それ」

「ヤンキーが多そうね、たしかに」

「俺はヤンキーじゃねえよ」


 入谷を見る私の視線に気付いたみたいで、ヤンキーを否定する。ヤンキーじゃないなら、怖い人ではないのかしら。しゃべり方はぶっきらぼうではあるけど、じっと目を見て話してくれる姿勢にまるで怖さは感じない。


「桜三中のヤンキーは高校入試なんか受けねえから。それが桜三中クオリティだから」

「桜三中クオリティ?」


 三度訪れた沈黙を破るように、ピンポンパンポーン、と放送が響いた。


「おはようございます。新入生の皆さんは、中庭にて各自自分のクラスを確認して、教室に入ってください。繰り返します。新入生の皆さんは――」


 フウ、と入谷が息を吐く。


「教室行くか。てか、教室どこなんだろ」

「人の流れに沿って行けば着くのかしらね」

「みんな新入生だからみんな分かんないじゃん」

「それもそうね」


 とりあえず校舎に入っていく入谷について歩いて行くと、廊下の角を曲がった所で先生が立っていた。


「1年生の教室はこの階段を上って3階でーす」

「はーい」


 3階か……キツいわね。

 2階まで上りすっかり足がだるくなっている。入谷はヒョイヒョイとリズミカルに階段を上っていくと、踊り場でトントンとリズムを取っている。何してるのかしら。


 はあ、しんどい。見上げるともう入谷は3階に到着してまたリズムを取っている。


 なんとか3階に上がると、入谷が

「1組はすぐだな」

 と一番手前の教室の入り口を指差した。


 教室に入ると入谷も続く。


「席は出席番号順か。俺は1番だから窓際の一番前だけど、比嘉はどこだろうな。あ、ここだ、ここ」


 と言いながら、入谷が椅子を引く。教室には5列に机が並んでいる。その真ん中の一番後ろの席だ。

 教室が見回せるいい席ね。先生から遠いのもいいわ。


 椅子に座ると、じゃーな、と入谷も自分の席へと歩いて行く。


 入谷、見た目はヤンキーかと思ったけど、意外と話しやすかったわ。初対面なのに、スムーズにスラスラと言葉が出てくるなんてすごい。まな板に水。あんな人、初めて会った。

 親や親戚以外の人とあんなに長く会話のラリーが続いたのなんて初めてだもの。入谷とも友達になれたらいいな。


 今日は素晴らしい日だわ。愛良と充里、私の人生で初めて友達ができた。この街に引っ越してきて本当に良かった。あの人が私をここへ導いてくれたんだ。早くあの人を見付けたい。

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