俺の泥仕合
朝陽という名の教育なんとか生が、おもむろに親指と人差し指でL型にした手を胸の前で動かす。
「ラブ、アンド……」
「ピース」
俺は無意識にチョキにした手を目の前で横切らせた。
「本当に、あの入谷統基なんだな」
「どのかは知らんが入谷統基だ」
「フラグが立った! あの日流した涙は4年もの時を経て入谷統基と結ばれるために必要な涙だったんだ!」
きゃあ~~~! と急に甲高い乙女な悲鳴を上げる。ニヤニヤと笑いながら全力で教卓に出席簿を叩きつけている。ついさっきまでカッコつけてんじゃねえってくらいキリッとしてたのに。
「え? 何の話?」
「あれは、忘れもしない4年前の11月17日」
「俺の誕生日?」
「偶然だったんだけどね……」
朝陽先生が物憂げな目線を床に落とし、寸劇でも始まったのか両手を後ろに組んで缶でも蹴飛ばすように足を出す。
「入谷統基の靴箱に入れたラブレターで告白した私は、返事を聞くために桜南公園で待っていた。来てくれるか不安だったけど、入谷統基は来てくれた」
「告白?!」
「私の目の前にラブレターを差し出した入谷統基はこう言ったわ。俺、今日誕生日なんだよ。ゴミ持って帰りたくねーから返す、って……」
「ゴミ?!」
クラス中から冷たい視線が俺へと注がれているのを感じる。
うん。中学の時の俺、ひでえ……けど、言いそう。
「それでも私は引き下がらなかった。返事は?! と食い下がると、封筒の私の名前を指差して、これ何て読むの? って聞いたから、アサヒ ユヅキって答えたの。そうしたら、入谷統基はこう言ったわ。朝陽夕月って、朝だか夜だか分かんねえ名前の女と付き合いたくない、って……」
……ぜんっぜん覚えてねえ……けど、めっちゃ言いそう。
「同姓同名の別人っすね。俺全く記憶にないんで」
「桜三中出身で11月17日生まれの入谷統基って統基だろー」
「充里!」
もー、お願いだから空気読んで! 自由人に無理なお願いだろーけど!
うわあ、めんどくせー。覚えてもねえ昔のことでごちゃごちゃ言われてもどうしようもねえよ。
「え、だって、教育実習生だから大学3年だか4年だかくらいだろ? 俺そんな年上の人と中学時代に接点ねえもん」
「私は教育現場見学生。大学1年生よ」
「4年前なら朝陽ちゃんが中3、統基は中1。入谷組の一員だったんじゃねーの?」
1年の時の3年?
たしかに朝陽先生美人だから、俺から話しかけてた可能性は十分にある。だがしかし。
「何も思い出さねえ……」
「入谷、最低だな」
う……叶がどんな顔してこの状況を見てるのか超コワイ。しゃあねえ、覚えてもねえことで謝るのもシャクだけど。
「もし、もしも俺が本当にそんなことを言ったんなら悪かった。ごめ――」
「謝らないで! いいの! あれは、この奇跡の再会へのただの布石! ここから私が入谷くんと結ばれるルートができた!」
「は?!」
「出席の続きを取ります!」
私が入谷くんと結ばれるルート?
「できてねーよ!」
「小田恵里奈さん!」
「はーい」
ホームルームが再開される。
何コレ。誰コレ。マジでその入谷統基は俺なのか。俺だろうけども。
「マジで愛を知らない悲しきモンスターだったんだなー、入谷」
「だから、俺じゃねえって! 同姓同名の違う入谷統基だよ!」
「だから、それは無理があるってー。統基だろー」
充里へと振り返ったら、視界の端にボールのような物が見えた。とっさに得意の瞬発力を活かして後ろにバックステップを踏み避ける。
「ごめんなさい、決してわざとじゃないんです。私ソフトボール部なんで練習してただけなんです」
「夢ちゃん……」
「あ! 手が滑った!」
ヒョンヒョンとソフトボールが飛んでくる。ダンスでもしてるかのようなステップで全弾かわす。
「何すんだよ!」
「散々かわいいって持ち上げておきながら彼女がいたって、別に私怒ってませんから!」
「うわ!」
一瞬、そーゆーことか、と納得してる間にリアクションが遅れてしまった。間一髪で避ける。
「ちっ、外したか!」
「完全に狙ってんじゃねーか!」
夢ちゃんが走り去って行く。
取り残された俺を叶が穏やかじゃない目つきで見る。
ただ、秋も深まる中今日は天気がいいからたまには中庭でメシ食おーぜーって出てきただけなのに、なぜこんな目に……。
「すごいねえ、入谷くん。避けるの上手ー。女の子からの恨みを買い慣れてるんだねえ」
ニコニコと平和に曽羽が拍手してくれる。ナチュラルに煽ってんじゃねえ! ド天然が!
マズい。マズいぞ、コレ。ただでさえ叶に入谷組を目撃され、あかねにキスされたと知られて信用を損なっているところで女子たちから恨まれている上に中学時代の醜態。マズすぎる!
「統基……朝陽先生のこと……」
「ぜんっぜん覚えてねえ。嘘か本当かマジで分かんない」
「統基と結ばれるって……」
「え? そんなこと気にしてたの? 俺がお前以外の女と結ばれるワケねーだろ、バカ」
叶は怒ってるでも俺に幻滅するでもなく、朝陽先生が変なこと言うから心配してただけか。さすが、ロシアンブルー並の忠誠心と純真無垢さ。
「俺が好きなのは叶だけだよ。信じて」
「うん」
真っ赤になりながらニコッと嬉しそうに笑った叶がかわいい!
思わずギュッと抱きしめると、ドサッと音がした。
見ると、顔面蒼白の朝陽先生がランチバッグらしき物を手から取り落としている。
「入谷くん……その子は……」
「俺の彼女」
「彼女?!」
目を見開いて朝陽先生が叶を見つめる。何を言う気かとこっちは変な汗が背中を伝う。
朝陽先生が叶から目をそらし、うつむいた。表情が見えないのもそれはそれで怖い。
「許さない……入谷くんは私のものなのに……彼女なんて許さない……」
「え?」
うつむいたままブツブツ言いながら朝陽先生がこちらへと近付いてくる。
何コレ、めちゃくちゃ怖い。怖い。怖すぎる。
異様な気配を感じる。攻撃を仕掛けてくるかもしれない。身の安全に神経を集中させていたら、殺気を感じた。
「危ない! ごめん!」
叶を抱える余裕がなく、突き飛ばして自分は大きく横へと跳んだ。その刹那、地面へ鋭角にバトミントンのシャトルが刺さる。
叶の反対側へと跳んだ一瞬の判断を褒めたたえたい。攻撃は続き、高速のシャトルがいくつも俺を襲う。
「誰だ!」
「わざとじゃないんです! 私たち、バトミントン部なんで練習してただけです!」
「バトミントン部は体育館だろーが!」
見ると、黄色のポロシャツに白いミニスカートのウエアを着た二人組がいる。
「魔女っ子たちか!」
「手が滑っただけなんです! 失礼しました!」
魔女コスしてた二人が走り去って行く。コイツらみんな、手に油でも塗ってんのか!
「大丈夫か? 叶!」
振り返ったら、叶の姿が見えない。
「あれ? 比嘉どこ行った?」
「分かんない。俺二人組のパンチラ見てた」
「うちはずっと食べとったから何も見てへんわ」
「叶なら、朝陽先生が連れて行ったよお」
叶が消えた……叶……。
「叶! どこ行ったの?! おれのそばから離れないで! 叶!」
叶! 叶! どこにいるの?!
俺はただ、衝動のままに全力で走り出した。




