私たちのエンディング
ありがと
ありがと
ありがと
統基とは思えない、優しい声と笑顔が頭にこびりついている。
統基はいつも気の強さを感じさせるから、ふと無邪気な笑顔なんてされるとドキッとしちゃうんだけど、スケールが違った。
統基なのに、気の強さも負けん気の強さもなく、ただ嬉しそうに笑ってた。
「お待ちどう! お前のかーちゃん、マジで1年もブルックボンド行く気あったの? 冷蔵庫に普通に二人で三食食べられる食材入ってたんだけど」
「すごい! 何これ」
「あんかけチャーハン。さすがに食材が尽きてきちゃってさ。卵がないからあんかけにしてみた」
「すごい……」
「全然。簡単だよ」
朝は軽ーくハムエッグとオニオンスープとトーストを簡単なもんでいいよな、と作ってしまった。昼は冷凍されていた鶏肉でガーリックトマトパスタを、おやつに、とホットケーキミックスでドーナツを。
私が任された仕事は玉ねぎの皮むきとニンニクの皮むきとホットケーキミックスをボウルに入れることだった。
皮むきすら難航する私に、統基は爆笑しながら玉ねぎを半分に切ってくれたり、ニンニクの根元に切り込みを入れてむきやすくしてくれた。
「おいしい」
「良かった!」
見ると、お皿を持ち上げてチャーハンを飲むように食べている。いや、あれもう飲んでるな。
「女のくせに何の役にも立たないなんて、呆れてるんじゃない?」
「お前が役に立つとはハナから考えてねえよ。それに俺、女のくせにとか男のくせにって嫌いなの」
「そうなの?」
「別に俺が男のくせにガリガリだからとか男のくせに力ねえからじゃねーかんな!」
「そんなこと思ってないよ」
食べ終わると、統基がテキパキと食器を洗っていく。
昨日よりもキレイなリビングを見回し、ハア、と思わずため息がもれてしまう。
「どうしたの? メシ足りなかった? どっか汚れてる?」
「ううん。なんか……力の差を見せつけられたというか……やっぱり統基ってラスボスなんだなって」
「ラスボス?」
1年生の初めの頃、誰が告白しても撃破できないものだから統基は女子の間でラスボスと呼ばれていたのを思い出す。
私がひとりでがんばっても両親から過剰に保護しなくても大丈夫だって思ってもらえなかったのに、統基がいれば大丈夫だと思われている。
私にとって統基は絶対にいなきゃいけない人なのに、統基はひとりで何でもできちゃうから私が邪魔にこそなれ力にはなれないだろう。ため息も出るってものだわ。
統基が笑って私の前に立つ。この笑顔は、何かする気だな。
案の定、私の頭に手をやり唇に分厚くて柔らかい唇を押し付けてくる。
あ、これは統基ひとりじゃできないか。
「元気注入! 俺、お前がいるから今めっちゃ元気なの」
「あはは!」
たしかに元気がおすそ分けされた。
「叶」
ジッと目を見つめながら統基が抱きしめてくる。たった今まで笑ってたのに、変わり身が早い。ドキドキしてくる。
恋の病に阻まれて触れることのできなかった分を埋めるように、統基が力を込めるから私も返す。
どちらからともなく見つめ合う。無意識に目を閉じると、シーンと静まり返ったリビングにガチャッという音が響いた。
「えっ」
「叶ちゃん!」
「叶!」
閉じかけた目がお互い見開かれる。慌てて離れて廊下に出るとパパと出会い頭にぶつかってしまった。
「叶! 良かった、無事で!」
「あ……心配かけて、ごめんなさい」
第一声が良かった、だなんて、どれだけ心配をかけたんだろうと今更ながら申し訳なくて思わずうつむいた。
「パパこそごめん。叶がいざ離陸間際になったら飛行機を降りずにはいられないほど入谷くんと離れたくなかっただなんて……」
「え? あの、ちょっと違――」
「そうだよ、叶パパ。飛行機が飛び立つ前に決断したから無事だったけど、叶は俺と離れるくらいなら飛行機から飛び降りたかもしんないよ」
想像したのか、ママが真っ青になってキャアアと悲鳴を上げる。
「叶の尊い命を犠牲にしてでも叶をブルックボンドに連れて行くって言うのかよ!」
「叶! どうか、早まったマネはしないでくれ。分かった、ブルックリンには僕が単身赴任するから、どうか、命を粗末にするようなことだけはやめてくれ!」
「そっこーで休学取り消して復学させてくれなきゃ、せっかくできた叶の友達が叶のことを忘れて叶が悲しい高校生活を送ることになるかも!」
「電話が繋がるまでかけ続けて取り消してもらう! 月曜日から登校できるようにする! だから、どうか命大事に!」
私は何も言ってないのに、ブルックリンに行ったら死ぬって宣言したような空気になってしまっている。
「それなら、変なことは考えねえよな? 叶!」
統基が笑顔で振り向いた。大成功! って書いているかのような笑顔で。
「え、ええ……」
「良かった! 入谷くんにも迷惑かけたね。来てくれてありがとう」
「本当にありがとう。叶ちゃんもありがとう言った?」
「あ、言ってないかも」
パパとママが統基に頭を下げるのにならって、私も頭を下げた。
「来てくれてありがとう、統基」
「本当に俺でいいのか、叶。俺を選べば君の両親が悲しむというのに」
「私が生きていく場所はあなたの隣です。永遠の愛を誓ったでしょう」
「叶!」
パパとママの前だということも忘れて統基と固く抱きしめ合う。
私は何を芝居がかったセリフをこんなにもスラスラと吐いているのかしら。
「僕が思っていたほど、もう叶は子供じゃなかったんだね」
「まさかもうすでに永遠の愛を誓っていただなんて」
え? 誓ってないけど……。
パパとママが涙を流し始めてしまった。感動的な空気が蔓延していて、違うよ、とはとても言えない。
「じゃあ、俺は帰ります。叶パパ、俺月曜日に迎えに来るから、絶対に復学させといてよ」
「約束しよう」
「では!」
「あ、私見送ってくるわ」
パパとママも抱き合って何やら慰め合っている。この場にいるのも気まずいから私も統基と玄関へと向かう。
靴を履いた統基がニヒヒ、と笑った。
「劇の練習の成果が出たな」
「あ! ロミオとジュリエットのセリフだ!」
「気付かずに言ってたのかよ」
「ええ」
何百回も練習して、何も考えなくてもセリフが出てくるようになってたんだもの。
「じゃあな。叶ももっとパパに甘えてやれよ」
「え……でも、過保護が」
「過保護じゃねえよ。子供が親に甘えるのは親孝行なの」
「そうなの?」
「叶パパがブルックボンドに行っちゃうのはそれはそれで寂しいだろ。俺と離れるほどじゃないだろーけども」
「ブルックリンね。ええ、寂しいわ」
「いっぱい伝えてやれよ。じゃあ、また月曜日!」
「また月曜日」
またいつものような別れのあいさつができることに、心が躍る。
親孝行か……たしかに、私も統基に甘えられてとても嬉しかったわ。親孝行なのかもしれない。
統基の言うように、パパが発つ日まで、もっと甘えてみよう。




