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俺のロミジュリ、開幕!

「入谷せんぱーい!」

「おおー、サナちゃん! 劇見に来てくれてありがとー! 次は1時からね!」


 しまった、だいぶ顔と名前が売れてしまった。校内をちょっと歩くだけでめっちゃ声かけられて超めんどくせえ。


「入谷、すげーな。客の顔と名前覚えてんだ?」

「おう。親父から俺の顔と名前を忘れても女性の顔と名前は忘れるなって教育されたからな。一度見て聞いたら忘れない」

「さすがはシルバーの息子」

「シルバー?」

「俺の親父のニックネームなの。銀二って名前だからシルバーなの。俺の親父と充里の親父は生まれた時からの仲良しだから。気にするな、曽羽!」

「そっかあ」


 やべー。叶がいなくて良かった。


「ごっそーさーん。腹ポンポン。おし! 最後の公演に向けて客引きしてくっか!」

「マジでやめて! 入谷、客呼びすぎだよ。長谷川の公演なんか客が2組の廊下まで埋め尽くしたんだから」

「えー。叶にめっちゃ客入ったよって報告したいじゃん」

「すでにできるだけの客入れたって!」

「次は入谷のロミジュリやから、ほっといても客来るやろ」

「それもそーか」


 ここまで超順調。客の入りは言わずもがな評判もいい。


 最後の公演には絶対の自信がある。有終の美を飾って叶に報告だ!


 12時半になり、充里と更衣室で着替えを始める。


「充里、神父衣装が超似合うじゃん」

「でもコレ、パッツパッツでキツい」

「しゃあねえよ、前の公演で神父役は来夢と鎌薙なんだもん」


 小柄な二人と高身長スポーツマン体型の充里。衣装を着まわそうってのがすでに無理ゲーな体格差。


 反対に、ロミオは一番背の高い長谷川に合わせてるから俺にはデカい。


「佐伯はかわいいで売ってるからいいけど、俺にコレはどうなの」

「誰も衣装なんか見てねえって」

「むしろ真っ先に目に入るのが衣装だろーが」


 てっきとー言いやがって、自由人が。


 教室に向かうと、開演15分前だってのにすでに階段にまで人があふれている。


「ごめんねー。通してー」

「箱作くーん!」

「箱作せんぱーい!」

「見に来てくれてありがとう!」

「入谷くーん!」

「入谷せんぱーい!」


 やはりイケメンコンビの人気は二分だな。万人受けするイケメンの充里に比べ好みが分かれやすい俺の方が人数は少ないが、ひとりの熱量が多い。


 教室の演者スペースにはクラスの連中しかいねえからやっと落ち着ける。スマホにメッセージが来ていた。


「あ、叶もう搭乗したんだ。えらい早くね?」

「飛行機はそんなもんだろ。電車みたいに来たら乗ってってもんじゃねーし」

「ふーん」


 めっちゃ客いっぱいだよ、って堂々と報告できる。


 そして、この公演が終わったら俺、叶に大成功だったよって報告するんだ!


「なんやねん、人多すぎて教室入るまででもう疲れるわ」


 顔を上げると、赤いロングドレスに身を包み、いつもの似合いもしないツインテールを下ろして巻き髪にしたあかねが不満を垂れ流している。


「おー、馬子にも衣裳」

「もっと素直に褒められへんのか」

「お前、やっぱ大人っぽい髪形のが似合うんじゃねーの。ツインテールなんかやめれば」

「入谷は女の子の顔と名前は覚えるけど、言うたことは全然覚えてへんな!」

「だって俺、適当なことしか言わねえもん」


 いちいち記憶に留めていては俺の頭がパンクする。


 今日の相手はコイツか……ラストシーンで抱きしめるのが練習ではすっげー楽しみだったのに、憂鬱でしかない。


 劇の中で叶を抱きしめても、ごく普通にドキドキするだけで通常時みたいに異常な動悸にはならないし頭が真っ白になっていく感覚も微塵もなかった。


 天音さんが妊娠して俺の前から消えたことで、子供ができたらいなくなる、と無意識に俺の頭に刷り込まれたんだと思う。叶が天音さんみたいに音信不通になんてなったら耐えられないくせに簡単に理性がぶっ壊れてしまう俺は、叶に手が出せないように自己防衛本能が働く仕様になった。


 でも、劇の練習中は束の間だけ、俺の自己防衛本能になぜかお休みいただけるから、叶を思いっきり抱きしめた。叶も非力ながら精いっぱい抱きしめてくれて、すげー嬉しかった。この1カ月、日に日に叶がいなくなる日が近付いてるって分かっていても、劇の練習の間はめちゃくちゃ幸せだった。


 結果、何百回と練習を繰り返した。


 叶……会いたい。


 1年後叶が帰って来て、俺の本能が成人したし、もう子供できてもいいんじゃね? って判断してくれたらたぶん治ると思うんだけど、もしも治らなかったらどうしよう。


 叶はいつまで抱きしめることもできない、チューすらできない俺と付き合い続けてくれるだろう。


 ……ん? なんで、叶がいないのに鼓動が異常に速くなってってんの。叶のことを考えるだけで発動すんの? 悪化してんじゃん。


「入谷、何ボーッとしてんねん。始まるで」

「お前にはボーッとしてるように見えたんかい」


 よし! 開幕だ!


 廊下まで見渡す限りギューギューに詰まった客! やる気出る!


 一度消されて、再び電気がつき、ナレーションで両家の説明が始まる。そして、仮面を着けたロミオとジュリエットが出会う。


 俺が仮面を外し、叶も仮面を――あ、あかねか。


「ロミオ、セリフ」

「あ……おお! なんと美しいお人だ!」


 やべー、叶としか練習してなかったからあかねの顔見たらあんなに練習したのにセリフ飛んじゃった。


 だがしかし、仮面が外されれば後はずっとあかねの顔面が出てるから大丈夫。寝てても演じられるくらい、セリフも動きも体に染みついている。


 ロミオが追放されてからの逃走劇、ジュリエットによる両親&婚約者との攻防戦を経て、無事ラストシーンまできた。さあ、いよいよ感動の再会だ!


 叶の足音を合図に、段ボール汽車の陰から素早く車内へと乗り込む。そして、振り返って叶に手を伸ばす。


「ジュリエット!」


 振り返った俺の目に映ったのは、笑顔のあかねだった。


 叶――……


 心臓が暴れ馬みたいに闘牛みたいにテンション上げて狂って打ち鳴らす。急速に頭が真っ白になって、全身から力が抜けて、俺は段ボールに崩れるように倒れ込んだ。

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