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私たちは俺ららしく

 愛良の家へと続く四つ角まで来て、足を止める。


「じゃあなー、比嘉ー」

「バイバイ、叶」

「バイバイ」


 ふふっ。

 ものすごくいつも通りな感じで、愛良と充里が角を曲がって行く。


「あいつら、叶が明日ブルックボンドに発つって分かってんのかね」

「ブルックリンね」


 とうとう、統基と二人だけになった。


「明日、朝早いんだろ。寝不足にならねえように早く寝ろよ」

「うん」


 言葉とは裏腹に、私の家が近付くにつれ自然と歩くスピードが遅くなる。


「統基、ありがとう」

「え」


 下山手高校というだけあって、下山手にある私の家はクラスメートの中でも近い。

 10月31日の今日、私がみんなと一緒にいられる時間を長くするために遠回りしてくれていたのは明らかだ。


「みんなとこんな遅くまで残ってんの珍しいから、夜のお散歩を楽しみたかったんだよ」


 取ってつけたような言い訳に、思わずクスクスと笑ってしまう。


「統基のおかげでブルックリンに行くのも楽しみになったわ。ありがとう」

「じゃんじゃん写真送ってよ。景色だけじゃなくて、照れねえで叶も写れよ」

「分かったわ」


 この1カ月、統基はブルックリンの名所を調べてはメッセージで送ってくれたり、スマホで見せてくれたりした。


 少しずつ、不安は軽減されていったと思う。寂しさは、きっと対応策なんてないんだと思う。


 もはや牛歩な歩みだったけれど、私の家の前に着いてしまった。


 統基が門柱のシーサーを見上げる。私もつられたのか無意識に見た。明日から、このシーサーともしばしのお別れね。


「お前はあちこち行けていいな。俺なんかずーっと地元だよ。海外なんか行ったことねえしさ」


 私はここにいたい……って言ったら、心配かけちゃうかもしれない。


「旅行慣れしてる感じだったのに、意外だわ」

「親父が自営業の仕事人間だったから、旅行は基本日帰りだったんだよね。今その分を取り返すかのように母親と海外旅行三昧なんだけどさ」

「へえ、すごくお金かかりそう」

「話を変えよう。ブルックリンって日本と時差13時間もあるからさ、メッセージの返信遅くても俺全然気にしないから、ちゃんと寝るんだぞ」

「うん」

「俺はショートスリーパーだし寝不足でも平気だから、叶は時間気にせずメッセージ送ってよ」

「全然睡眠不足に強くないじゃない。吐くほど体調崩してたのに」

「話を変えよう。明日、俺めっちゃ客集めて大盛況にしてやるから、報告楽しみにしてて」

「うん。明日、がんばってね」


 明日……と出たら、もう、バイバイって流れよね。実際、もうすぐ9時にしてもらった門限の時間を迎えてしまう。


 家の近くの坂を下ってきた自転車が勢いよく私たちの横を走り去って行く。どちらからも、何も言えず沈黙する。


「ごめんな。こんな時に抱きしめてやることもできなくて」

「ううん、気にしないで。でも、どうして劇の中では平気なのかしら?」

「そりゃー、さすがの俺でもみんながいる教室で叶に手ぇ出そうとは思わねえからだろ」

「え?」

「いや、役に入り込んでるからかな。叶に言いたいこととセリフ丸被りだからめっちゃ役に入り込めちゃうの」

「ふふっ。プロの役者さんのインタビューみたい」

「明日の相手はあかねだから、入り込める気がしねえ。まー、何も考えなくても台本通りにスラッスラセリフ出てくるし動けるから問題なーし!」


 本当に、比喩じゃなく何百回と練習を繰り返した。私が完璧に覚えたくらいだから、統基なんてそれこそ寝ながらでも演じられるだろう。


「ん? 今日のメシはカレーっぽいな」

「そうね。この匂いはカレーね」

「叶ママが待ってるよな」

「……うん」


 帰らなきゃ。


「湿っぽいのはいらない。俺ららしく行こう!」

「俺ららしく?」


 統基がミニチュア・ピンシャーみたいな大きな目を細くして笑う。


「好きだよ、叶」

「わ……私も」

「ちゃんと言って。誰が好きなの?」


 いじわるに笑いながら私の言葉を待っている。統基らしい……。


「私も、統基が好き」

「ありがと! 大好き!」


 一瞬だけ、ギュッと抱きしめられる。顔に熱が集まってしまった私の頭の温度を確かめるかのように統基が手を乗せる。


「明日、寝坊すんなよ。忘れもんのないよーに! 履き慣れた靴で! おやつは300円まで!」

「遠足みたい」

「ブルックボンドくらい、遠足だよ」

「ブルックリンね」

「なーんか俺、ブルックボンドって聞き覚えがあるんだよなあ」

「へえ? 何かしら?」

「あ! やべーよ、叶! 8時59分!」


 統基がスマホ画面を見せてくる。本当だ! ルールは守らなきゃ!


「あ! じゃあ、また――」


 明日、と言いかけて、何て言えばいいのか詰まってしまった。


 あははは! と統基が笑う。


「またなぁ――!」

「あ……うん! またね!」


 統基が笑顔で両手を大きく振っている。つられて笑って、私は家に入った。




 コンコン、と音がして、目が覚める。ガチャッと部屋のドアが開いた。


「叶ちゃん、そろそろ起きないと間に合わなくなるよ」

「……はーい……」


 午後1時何分かの飛行機なのに、朝6時で間に合わなくなるなんて……。


 時間を見たくて手に取ったスマホにメッセージが来ている。


「エコノミー症候群に気を付けろよ。行ってらっしゃい」

「ありがとう。行ってきます」


 調べてみたら、メッセージのアプリは海外でも使えるらしいんだけど本当に使えるのかしら。ちょっと不安。いざ行って使えなかったらどうしよう。


 カーテンを開けてみると、お天気は良さそう。


 文化祭日和ね。たくさんのお客さんに見てもらえたらいいなあ。

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