俺と合戦の時
1年間もアメリカはニューヨークのブルックボンドに移住だなんて、絶対に認めない。俺は1年も叶と離れるなんて絶対にイヤだ!
あれからずっと高速の鼓動が止まない。叶パパとの合戦を前に緊張してんのかもしんない。
必ず勝たねばならない戦いである!
いざとなったら、ロミジュリのように駆け落ちしたっていい。誰を殺してでも俺は叶を渡さない。最悪、叶の両親殺して叶を連れて逃げてやる!
ペコン、とスマホが鳴る。叶パパの帰還か。
すっかり日が沈んで寒いから、叶の家の近くのコンビニでホットコーヒーを買ってイートインスペースで飲んでいた。
体は温まった。いざ、出陣!
比嘉家のインターホンをこれでもかと連打する。
「はあい」
「入谷です!」
呑気な叶ママの声を遮る勢い。
階段を上りドアの前にスタンバイすると、カチャッと開いて笑顔で叶パパが出迎える。
「いらっしゃい」
「おじゃまします!」
相手のペースに巻き込まれちゃダメだ。俺が主導権を握ってねえと。
サッサと和室へと入る。
四角いローテーブルの上を前に見せてもらった叶のアルバムがいくつも開かれて埋め尽くされている。
「かわいい!」
「かわいいだろう」
満足げな叶パパが俺は何しにここに来たのか思い出させてくれた。
「これだけ長い時間を叶と過ごしてきたんだから、もういいだろ。過保護は終わりだ。叶はブルックボンドになんか行かせない。断固反対!」
多分に家族の問題であり、他人の俺が言えることじゃないのは百も承知。だがしかし、引く気はない。
「ブルックリンね。長い時間? 叶はまだ17歳だ。これから先の人生の方がよほど長い」
「え」
いろいろシュミレーションは重ねていたが、話がいきなり想定外に転がされてしまった。
叶パパがアルバムのページをめくる。
「叶は来年には18歳になり成人となる。子供は親の言うことを聞きなさいと言えるのは、これが最後なんだよ」
顔を上げた叶パパは笑ってなくて、ドキッとした。
「相手が君かは分からないけど、大人になった叶はいつか結婚もするだろう。そして、今度は叶が親になる。僕の叶の保護者としての役目は間もなく終わってしまうんだ。僕は子供の叶を精いっぱい愛し、甘やかしてきた。けれど、大人になった叶と共に生きていくのは、叶が選んだパートナーだ」
……叶パパは遥さんを実質的に育てていても兄以上にはなれなかった。やっと親になっても、子供が大人になった時、親子の形は変わるんだ。
「過保護のくせに、そんな寂しいこと言うなよ。叶が大人になっても甘やかしてやればいいじゃん」
「叶自身がそれを望んでいない。叶は僕たちの手を離れ、自分の力で生きていこうとしている」
「叶パパ……」
叶が親離れを望んでいることに気付いてたのか……。
「君の弟さんは今いくつ?」
「12歳。小6だよ」
「これくらいか」
寂しそうに叶パパが見つめたのは、小学校の卒業式だろうか。スーツ姿が超カッコいい叶パパにとびっきりの笑顔で抱きついている叶の写真だ。
今は過保護に叶パパが構うことを嫌がっている叶だけど、この頃はこんな嬉しそうに……蓮もいつか、俺にこんな笑顔を見せなくなって奈子ちゃんにばっかり笑うようになるんだろうか。
あ、やべえ、俺泣くかも。
「高校に入るまでは、よくパパパパって甘えてくる子だったんだ。それが、思春期って急に来るんだね。僕に甘えることも頼ることもみるみる減ってしまった」
「あ」
……俺のせいかも……高校に入学して間もなく、俺、叶に過保護な親と戦えって言った気がする……。
「窮地に陥ると叶は何も言えなくなってしまうところがあってね。本当に手を貸して欲しい時、助けて欲しい時、叶はよくこう、僕のシャツの裾を握って目で訴えるんだよ」
知ってる。ただ名前を呼ぶだけで何も言わねえんだけど、すげー目で見上げてくんの。俺がやらなきゃって、焦るくらいに。
俺だよ。
俺のせいでこの本来陽気な島人が寂しそうに写真の中の娘の頬をなでてるんだ。俺が今実物の叶にああしても真っ赤になって笑うんだろうけど、叶パパにはイヤな顔をするのが想像できてしまう。
俺が叶パパの役目を奪ってしまった。
俺はただ叶が好きで、叶に楽しんでほしくて叶の力になりたくて叶を守りたかっただけだ。悪いことは何もしていない。なのに、何この罪悪感。
「今が最後だ。叶がまだ子供の今、僕に叶を愛し甘やかす時間をくれないか」
叶パパがどこか叶に似た美しい顔で真剣に訴える。
……俺が絶対に行かせないって宣言したのに……ごめん、叶。
「……1年後、叶を愛し甘やかす役目は俺が引き継がせてもらう」
「ありがとう!」
叶パパに抱きしめられる。見た目によらず、すげえ筋肉質。
「ところで、約束忘れてないよね。叶がいないからって浮気して叶を悲しませるようなことはしないよね。一生叶を大好きな君が、たった1年で心変わりなんてしないよね」
「なるほど……前に来た時には、すでにブルックボンド出張は決まってたのか」
クッソ、やはり策士だったか、叶パパ……一生叶が好きだと言ったあの時点で、たった1年の別れに反対しようものなら、じゃあ、あれは嘘だったのかと詰められる。
嘘なんかじゃない俺は、1年離れるくらい何でもないとしか言えない。めちゃくちゃ離れたくないのに、俺の気持ちは本物だと証明するためには認めるしかない。
完全にはめられた!
「どうしたの?」
叶がキョトンと首をかしげて立っていた。
「叶! パパと――」
「待って! 先に叶と話をさせてくれ!」
笑顔の叶パパと焦る俺に、叶が表情を曇らせる。
叶パパが穏やかに微笑んでこちらを見た。
「頼んだよ」
何をだよ。ムカつく……俺は叶の説得なんかしたくないのに。




