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私の急転直下

 文化祭準備のため、時間割が変更されてホームルーム活動の時間が多くなる。そして、放課後もみんな残って準備に余念がない。


 でも、私はすぐそこにまで迫る卒業を懸けた追認考査へ向けて勉強をしなければならない。


「マジか! ロミオとジュリエットって悲劇じゃん! めっちゃ人死ぬじゃん!」

「入谷、知らんかったん?」

「知らねえ! 誰だよ、ラブストーリーだっつったヤツ!」

「ラブストーリーではあるじゃん。ラブのために死んでる」

「死ぬな!」


 統基が自分で自分の髪をわしゃわしゃにしてしまっているのを横目で見ながら、問題集に取り組む。


「おい、マザゴリ。お前が脚本書け。こんなバッドエンドじゃねえ、ハッピーエンドに話をねじ曲げろ」

「俺ひとりで?! 3パターンもの脚本なんて無理に決まってるだろ!」

「お前、超いい曲作れるじゃん。染みる歌詞書けるじゃん。お前なら演じるだけで恋に落ちるラブストーリーが書けるだろ。書けねえとか寝言が許されると思う?」


 狂気じみた声に思わず顔を上げると、統基が冷たい目で仲野を睨みながら顔を寄せている。完全に脅しているように見えるわ。


「入谷……俺をそんなデキるヤツだと思ってくれてたのか?」

「もちろんだ。お前ならやってくれるって信じてる。やれるよなあ?」

「やる! 俺、入谷の期待に応えるよ!」

「あったりめーだ、バカ。明日脚本持ってこい」

「明日?!」


 統基が立ち上がった。


「俺バイト行くけど、叶どうする? このまま教室で勉強する?」

「ううん、私も帰るわ。家で勉強する」

「だよねー」

「現文の問題集家に忘れてきちゃってるみたい」

「お前な、マジでしっかりしてくれ。絶対一緒に卒業するんだ!」

「もちろん」

「どっからその自信が来るんだよ」


 呆れたように統基が笑う。統基がいるから、大丈夫だと思えるの。


 統基のバイト先、創作居酒屋ひろしまで並んで歩く。手を繋げないのは寂しいけど、こうして一緒にいられるだけでも楽しい。


「叶は追認考査までは勉強に集中しろ。終わったらお前が覚えるまで俺練習付き合ってやるから、大丈夫だ。俺がお前の体に染みこませる」

「分かったわ。ねえ、ロミオとジュリエットって、どんなお話だったの?」

「お前も知らねえのかよ」


 統基が右手と左手の人差し指を立てる。


「こっちが入谷家。で、こっちは比嘉家な。両家は昔っからながーいこともめてる犬猿の仲なの。でも、比嘉家の叶ちゃんが超かわいいって噂を聞いて入谷家の統基くんは見に行くの。そうして出会った二人は互いに一目惚れする」


 あら、間違いなくラブストーリーだわ。


 コクコクとうなずきながら、それがどう悲劇に転じるのか興味がある。


「だがしかし、両家は犬猿の仲なので誰にも認めてもらえない。もう駆け落ちじゃオラと思いきや、ケンカ売ってきた比嘉家の親戚を統基が殺しちゃうの。で、統基は追放されて、二人は離れ離れになる。更に婚約者まで勝手に決められた叶ちゃんが神父に相談すると、神父が仮死状態になる薬をくれる。薬飲んで仮死状態の叶をマジで死んだと思った統基は自殺。起きたら統基が死んでて叶も自殺」


 何それ……どうして神父はそんな薬持ってたのかしら。医者でもないのに、怪しい神父だわ。


「なんか……カタカナ並べてもお前の頭じゃ理解できねえと思って例えたけど、ヤな例えだな」

「そう? 私は気にならなかったけど。私たちの家は犬猿の仲じゃないし」

「まあ、な」


 ひろしの前まで来ると、急に手首を引っ張られて抱き寄せられ、心臓が飛び出たくらいびっくりした。


 統基の胸から爆速の鼓動が伝わる。


 すぐに、真っ青な顔で統基がひざから崩れ落ちた。


「統基! 大丈夫?!」


 胸に手を当てている統基に触れると逆効果になりそうでもどかしい。どうすればこの症状は治まってくれるんだろう。


「……叶……俺から離れないで」

「離れないよ。それより、バイトなんてできるの?」

「大丈夫。今日はだいぶアレな人とシフト入ってるから、絶対に行かないと」

「アレ?」

「じゃ、行ってくる!」


 スックと立ち上がると、統基が笑って手を振った。


「行ってらっしゃい」


 なんかよろめいてるけど……本当に大丈夫かしら。




 運命の追認考査は思っていたよりも簡単に感じたから自信がある。普通の中間期末よりもだいぶ書けた。


 なのに、1カ月経っても結果が知らされない。


「ダメだったのかしら……2週間後に結果を伝えるって高梨先生が言ってたのに」

「は? さすがに時間かかりすぎだろ。来い」


 統基が高梨先生の元へと歩いていく。


「高梨、何か言い忘れてることがあるだろ」


 と言いながら、私の背中を押す。高梨先生と目が合った。


「あ。比嘉、英表とコミュ英と現文、全部単位取れたぞ。がんばったな!」

「大事なことを忘れんな! やったな! 叶!」


 統基がはち切れんばかりの笑顔でハイタッチを求めてくる。


 え、忘れられてたの? 呆然とハイタッチに応じる。


「比嘉の結果出たのー?」

「充里! みんな! 叶も一緒に卒業できるのが確定した!」


 おおー! と歓声が沸く。


「おめでとう! 比嘉さん!」

「良かった!」

「おめでとう!」


 クラスのみんなが口々にお祝いコメントを残してくれる。ジワジワと喜びが沸騰してくる。


「ありがとう!」

「おー、これまでイチのいい声出たんじゃねえ?」


 自分でもこんな大きな声が出るなんてびっくりした。


「これで文化祭に集中できるな!」

「うん!」

「絶対に成功させるぞ!」

「うん!」


 二人でロミオとジュリエットの脚本を構える。結果が気になっていたのもあって、まだ一文字も覚えていない。文化祭まであと1カ月しかないんだから、気合い入れて練習しないと!


「文化祭には比嘉はいねえぞ」

「は?」


 教師用の机に座る高梨先生が私を見上げている。


「どういう意味だよ?」

「比嘉は11月から休学してお父さんの出張について行くことになってる。11月1日の文化祭当日には比嘉はブルックリンだ」

「……休学? 出張って?!」


 統基がミニチュア・ピンシャーのように大きな目を見開いてこちらを向くけど、私にも何の話だか全然分からない。


「お前は何も聞いてないんだな?」

「ええ」

「どういうことだ、高梨。それどこ情報だよ」

「どこもここもそこもあそこも」


 いつもくわえているタバコを高梨先生が灰皿でもみ消した。


「2年になってすぐ、比嘉のお父さんから1年間休学しても卒業できるか問い合わせがあった」

「1年間?!」


 教室全体がザワザワとしている。


「11月から1年間……叶がブルックボンドに移住するってことか?!」

「ブルックリンな」


 ブルック……リン? 

 って、どこ?


「アメリカのニューヨークにある都市だってえ、叶」

「いいなー、比嘉。アメリカに移住とか超かっこいいじゃん」

「バカ! 1年……1年も叶がいなくなるなんて……」


 呆然と統基と見つめ合う。統基の顔から血の気が失せてしまっている。


「まずは、事実確認だ。充里、今日バイト代わってくれ。お前のエプロンは俺のロッカーに取ってある」

「比嘉ん家?」

「うん。絶対に叶をアメリカになんか行かせない。叶パパと合戦だ!」

「しゃあねーなー。ブチ切れて比嘉家破壊すんなよー」

「約束はできねえ」


 アメリカ……私がアメリカ?


 日本でも高校に入るまで友達のひとりもできなかった私が、統基がいないアメリカで生活なんて、できる気がしない。


「統基……」


 無意識に統基のシャツの裾をつかむ。


「そんな顔すんな。大丈夫、俺に任せろ。俺が行かせない。絶対……絶対だ」


 いつも自信満々に大丈夫って言ってくれる統基が戸惑いを隠せていない。いつもと違う統基の様子に、心が嫌な予感で支配されていってしまう。

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