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俺と3つのロミジュリ

「あ! 僕、今日髪といてないや。比嘉さんが僕の後頭部を見ていたらどうしよう。乱れた後頭部を見られるなんて恥ずかしい。さりげなく後頭部に手を……ああ! やっぱり後頭部の毛が跳ねてる! 比嘉さんに気付かれないように直さないと」

「うっせえ! 長谷川! 叶はお前の後頭部なんか見てねーよ!」

「入谷もうるせえ! 声がデカいんだよ!」

「黙れ、マザゴリ!」

「お前ら全員うるっせえ! あおたんの授業が進まねえだろー。あおたん、授業やっちゃってー」


 充里の仕切り直しで綿林先生が授業を再開する。


 くっそー、イライラする。

 長谷川のヤツ、ずっと叶のことを考えてやがる。


 叶は今んとこ気にかけてる様子はねえけど、あんな正統派イケメンに授業中にもずっと自分への好意を語り続けられたんじゃ万が一があるかもしれない。


 心の声さえなければ、謙虚で控えめな長谷川なんか眼中ないのに!


「うちも一緒にお弁当食べさせてえや」


 チャイムが鳴るとすぐ、あかねが曽羽の前の席へと走った。


 阿波盛あかねが俺の前の席に来たことで、曽羽が叶の隣、窓際から2列目の一番後ろになった。充里も席が近いから自然その辺りに集まって昼メシなんだが、そうなると充里と叶の間に座る長谷川も一緒に食う感じになる。


 しかも、曽羽と反対隣には誰もいないから叶から最も遠い充里の隣に座るしかない。


「長谷川くんのお弁当、叶のお弁当くらい彩り良くて手が込んでるねえ」


 曽羽が驚いたように言うと、長谷川は苦笑した。


「もう高2だし、食堂にも行ってみたいから作らなくていいって言ってるんだけど、手作りを食べて欲しいって押し切られちゃって」

「うちと同じだわ。お母さんが料理好きだと外食もままならないんじゃない?」

「いや、僕の母親は全然料理できないんだ」

「それ見たことか! 何でもかんでも叶と同じでたまるか!」

「でも父親が料理好きで、小さい頃からおやつまで手作りだったんだ」


 性別が違うだけで叶と同じじゃねーか!

 何なんだ、なんでコイツは家庭環境まで叶とそっくりなんだ!


 自分で自分の髪をわしゃわしゃにしてしまう。


 俺と叶が最もかけ離れている、どうしようもできないとこまで似てるなんて……。


「そのうずらの卵とウインナーがピックに刺さってるヤツ超うまそうー」

「2本あるから1本あげるよ。これ僕も好きなんだ。おいしいよ」

「サンキュー。お! マジうまい」


 充里が長谷川の弁当箱にピックを返す。


 たった2つしかない自分の好物を躊躇なく笑顔で分け与えるなんて、絶対いいヤツじゃん。ムカつく。


 食堂に行っていた佐伯が手ぶらで力なく俺の前に座った。


「もう食ったの?」

「財布忘れたー」

「やべーじゃん。昼メシ抜きじゃん」

「あ、僕おにぎり持ってるよ。良かったら食べて」


 長谷川がラップに包まれたおにぎりを差し出すと、佐伯の顔に力が戻った。


「おかずも半分どうぞ。多すぎて僕いつも無理矢理詰め込んでるから食べてもらえるとありがたい」

「分かるわ。親が足りないといけないからって多く入れちゃうのよね」

「そうなんだ」


 長谷川と叶がうなずき合っている。


 長谷川の親も過保護なんじゃねえのか。悩みまで同じとか、絶対気が合いまくるじゃん。


 マズい。マズいぞ、コレ。


 ロシアンブルーのように忠誠心が強く無垢に俺を信用しきってくれている叶が心変わりなんてそうそうしないとは思うけど、叶に言わせれば俺はミニピン。


 そもそも種族が違うと気付かれたら……。


 マズすぎる! 早急に手を打たねば!



 午後からは2時間ぶっ通しでホームルームである。


「文化祭に向けて2年1組の出し物を決めるー。まずは文化祭実行委員、入谷、曽羽、箱作、比嘉ー」

「せめて立候補を募ってから押し付けろよ!」


 渋々4人で黒板の前に移動する。進行役はもちろん充里だ。充里が教卓に立つ。


「みんな、意見がある人はドンドン言ってってー。去年はマザゴリだけが目立ったから、今年はみんなが目立てるような出し物がいいんじゃねえ?」


 みんなの意見を募っておいて自分の意見をまず言うのか、自由人。


「異議なーし!」

「今年はみんなでワイワイ文化祭っぽいことやりたいかもー」


 賛同意見が多いようだ。たしかに、去年の文化祭はマザゴリに押し付けて楽だったけどクラスとしての思い出はあんまりねえな。


 ん? 文化祭? 文化の祭典!


「劇だ! 劇やるぞ! 甘ったるいラブストーリー!」


 恋愛ドラマや映画で共演した俳優同士が結婚なんてザラにある。役を通して相手を好きになるケースが実在する!


 超ラブラブな劇をあかねと長谷川にやらせて二人がくっつけば、邪魔者同士を一掃できる!


「今、みんなが目立つやつがいいってなってたじゃん。劇じゃ目立つのは役者だけじゃん」


 佐伯がいらんことをかわいい顔して言いやがる。


「みんなが役者をやればいい! だったらみんな目立つだろ!」

「舞台上に全員なんてごちゃごちゃして逆に誰も目立たないよ」

「じゃあ、公演を増やす! 1公演目で役者をやったヤツが2公演目で裏方に回ればいい!」

「1つのクラスに舞台発表の枠は1つしかねえよ、統基」


 うー……何かねえか、何か……。


「そうだ! 教室でやればいい! 去年だって教室でも超客来たじゃん!」

「ああ、なるほどねー。教室でなら何公演でも自由にできるな」

「だろ! 狭いから半分が役者じゃ多い。3グループに分けてスリー公演行う!」

「でもさあ」


 でもじゃねーんだよ! どんな文句があるってんだ、杉田!


「同じ劇を3回も繰り返すのって意味あんの? 1回見た人はもう来ないだろうから、結局舞台公演と変わらんくね?」

「うっ……」


 たしかに、同じ劇を役者を変えたからってわざわざもう一度見ようとは思わない。むしろ、役者を気に入った客がいても次の公演では別の役者だからデメリットしかないまである。


 考えろ! 何かひねり出すんだ!

 教室で公演するメリット、教室だからできること、複数公演に客を呼べる目玉企画……。


 ササッと杉田の席まで瞬発力を発揮して移動し、耳元でささやく。


「杉田。舞台だと客は椅子に座るだろ? でも教室だったらビニールシートでも敷いて客を床に座らせれば、この学校にはスカートが短い女子が多いからパンチラ見え放題だ。俺が女子ばっか客引きしてやる」

「やろう! 教室公演!」


 最低なメリットしか思いつかんかったが、相手がエロ杉なら必要十分だ。


「演目は超固い愛情で結ばれるラブストーリーだ! 何かねえか!」

「文化祭でラブストーリーと言えば、鉄板はロミジュリじゃね?」

「あー、アニメでもよく文化祭でやってるよね」


 ロミオとジュリエットか。俺も何度も漫画の作中でロミジュリってるのを読んだことがある。キスシーン入ってんのも見た。これだ!


「高梨! 教室でロミオとジュリエット3公演に決定した!」

「このクラスは決め事がサクサク決まるのだけはいいわー」

「だからお前、他は不満だとでも言う気か」


 机に座ってスマホポチポチしてるだけのカス教師が!


「細かいことは後にして、配役から決めて行こう! 一人目のジュリエットは叶! 自動的にロミオは俺!」


 ウンウン、と賛同しかない。これは満場一致だわな。


「反対! 俺がロミオをやる!」

「却下だ! 仮装パーティーじゃねーんだよ、ゴリラ!」

「ひどい!」

「マザゴリには音響を担当してもらう! 生演奏で盛り上げろ!」

「おお! 任せてくれ!」


 仲野が邪魔をしてくるのは想定内。排除成功!


「二人目のジュリエットは実来! ロミオは佐伯!」

「えっ?!」


 二人とも目を丸くする。いーから黙ってうなずけ、お前ら! どんどん勢いで決めていきたいんだよ!


「ロミオが佐伯じゃかわいすぎやで。ロミジュリは大人が楽しめるラブストーリーやねんから」

「いいじゃん。俺実来とロミジュリやりたい!」


 黙れ、あかね! 実来をあてがえば佐伯は喜んで俺の提案に乗ってくるのだ。邪魔すんな!


 この揃って小柄でかわいい二人に組ませる理由を絞りだす!


「かわいいからこそだ。大人のラブストーリーを子供向けにかわいくアレンジする。考えてもみろ。さっき杉田も言ってたように全く同じ劇を3回もやっても意味がない。コンセプトを変えた3公演にして、客を呼び込む!」


 適当な思いつきをさも考え抜いた案かのように声を張ると、なるほど~と納得の空気感の出来上がりだ。よし、このまま押し通す!


「三人目のジュリエットはあかね! お前だ!」

「ほお、それは名案やな。異議なしや」


 ええ~とブーイングが上がる中、あかねが得意げに超短いスカートからスラリと伸びる長い足をわざとらしく上げて組む。


「おお! 意外とアリかも!」


 男子にはおおむねご納得いただけたようだ。


「関西弁のジュリエットなんて僕はイヤだな。阿波盛さんは顔もそこまでかわいくないし、いくら足がキレイでもジュリエットがミニスカートなんて履かないだろうし」

「長谷川、あんた心の声がうるさいからのど潰したろか」


 たしかに、関西弁のジュリエットなんて喜劇にしかなんねえな。


「それだ! あかねのロミジュリはコテコテの関西弁ジュリエットのコメディアレンジだ!」

「いらんわ、そんなアレンジ!」

「関西弁はお前のアイデンティティなんだろ? それとも、お前本当は標準語で普通に話せるの?」

「う……うちは大阪出身やから関西弁しかしゃべられへんねん!」

「じゃあ、文句ねえな。で、ロミオは長谷川!」

「長谷川?!」


 真顔でブツブツ言っていた長谷川も驚いている。


「えっと、無理だよ、舞台に立つなんて、そんな、僕は」


 さっきまでひとりで流暢にしゃべってたのに急にしどろもどろになる。マジで叶と同じ人見知りなようだ。


 せっかく作った納得の空気が壊されていく。


「みんな、見ろ! これがジュリエットだぞ! ロミオに正統派イケメンを持ってきて華を足さないととてもロミオとジュリエットが成り立たない!」

「ああ、なるほど~」

「どういう意味やねん!」


 よし! 3組のロミオとジュリエットが完成した!


 俺は愛のキューピットだ。

 叶の心変わりを阻止し、長谷川とあかねをくっつけてみせる!

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