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俺は愛のキューピット

 新学期の朝、俺は登校途中のひとりの女子生徒に駆け寄った。


「おはよう! なぎさ!」

「あ、入谷くん。おはようございます」


 なぎさが振り返る。その眼前に程よく色付いたトーストを差し出す。


「なぎさ、コレくわえて走れ」

「どうしてですか?!」

「いいから! 急がねえと遅刻すんぞ!」

「あ! 本当だ! 遅刻遅刻!」


 なぎさがトーストをくわえて走って行くと、角から走って来た人物とぶつかり、メガネが飛んで道路に転がった。


「痛たた……」

「ごめん、急いでたものだから」

「い、いえ、私もよく前見てなくて。あれ? メガネメガネ」

「あ、コレかな」


 メガネを拾った人物がなぎさにかけてやる。メガネをかけたなぎさは、その人物が自分の顔のすぐそばまで顔を寄せていることに驚き、赤くなった。


「じゃっ、じゃあ、私、先を急ぎますので!」


 タターッと意外と俊足のなぎさが走り去る。


 十数分後、新学期の教室。


「旧4組から編入して来た、二階堂尊くんだ。みんな仲良くするように!」


 高梨の紹介でひとりの男子生徒が教室に入ってくる。


「あ! さっきの!」

「え? あ!」


 なぎさが立ち上がって尊を指差した。


 尊も驚いてなぎさに目が釘付けとなる。


「トーストくわえて遅刻遅刻と走っていたらぶつかった人と教室で再会するだなんて……」

「これはもう運命でしかありえない」

「運命だわ!」

「遅刻しそうだと走ってたらトーストをくわえた女子とぶつかって編入先の教室で再会とか……」

「絶対に運命。もう付き合うしかない」

「俺と付き合ってください!」

「喜んで!」


 はい、解決。


「入谷、何ナレーション入れてんのん」

「黙れ、あかね」

「なんでうちも編入してきたのに高梨先生紹介してくれへんのやろ」

「知らん。台本でもあるんだろ」


 赤い顔してニコニコと顔を見合わせる尊となぎさ。我ながらいいカップリングじゃねえか。


 尊が別れさせ屋だと言うならば、俺は愛のキューピットだ。


 別れさせ屋だなんてカッコつけて、かわいい女子が多いと聞いて期待に胸膨らませて入学したのにぜんっぜんモテねえもんだからこじらせたんだろう。


 悪いな、俺らイケメンコンビが同学年なせいでモテなくて。


 洗練された美人、美少女が大多数のこのクラスにおいて、ひとりおかっぱ頭にメガネと芋っぽいなぎさ。あの手のタイプはメガネ外したら美少女パターンだと踏んだら、案の定メガネナシのなぎさは普段の数倍かわいかった。


 尊は人に異様にくっつく性質を持つ。かわいい女子にはとりわけ。


 そして、なぎさは引くほど惚れっぽい。運命的な出会いを演出すればコロッと好きになるだろうことは火を見るよりも明らか。


 始業式が終わると、尊はなぎさの元へ駆け寄った。


 彼女ができたら、他人を別れさせることに時間と労力を注ぎ込むなんてバカらしいことはしないだろう。


 更には、なぎさはすぐに泣く。

 泣き顔フェチという尊の特殊性癖にもバッチリ対応している。


 2年4組までもがなくなって、また1組の生徒が増えた。


 俺の前の席に座る阿波盛あかねが超短いスカートから長い足を通路に出して横座りになり、後ろを振り向く。


 無意識に足を見ていると、わざとらしく左足を高く上げて組む。


「うち、斉藤翼と別れてん」

「あ」


 尊は別れさせ屋として仕込みは万全だと笑っていた。そして、斉藤翼と尊の接触を夏休み前に俺は見た。


「バカ、お前、乗せられてんじゃねーよ。ちゃんと斉藤翼と改めて話し合え。今度はうまく行くから」

「ええわ。斉藤翼3組になってんもん」

「バカ、お前、いくら泣いたかしんねーけど諦めたらそこで終了なんだぞ」

「なんでうちが泣くねん。斉藤翼は別れたくないとは言うとったけど、3組やねんもん」

「バカ、お前と別れたくないなんて言う珍種は斉藤翼しかいねえぞ。逃すな」

「失礼なやっちゃな。入谷も比嘉さんと別れて、うちと付き合おうや」


 このバカは何を言いだしてんだ。珍種を見る目であかねを見る。


「うち斉藤翼と付き合って、彼ピッピと片時も離れたくない乙女やって分かってん。さやから3組になった斉藤翼とは別れて、同じクラスで席も近い入谷と付き合お思うて」

「クラス分かれたから別れるとか意味不な別れ方してんじゃねーよ。別れさせ屋関係ねーのかよ」


 こんなたわごとに付き合う気はない。時間の無駄だ。


 愛しの彼女の元へ行こうと席を立つと、あかねが俺の腕をつかむ。


「待ちぃや! まだうちがしゃべっとるやろ!」

「お前と話してるような無駄な時間なんて俺にはねえんだよ!」


 あかねの手を振り払うと、あかねの隣の佐伯が俺を冷たい目で見てくる。


「入谷はすぐ女の子いじめるんだから」

「いじめてねえ。コイツが頭おかしいこと言いだしてんだよ」

「何もおかしないやん。比嘉さんよりうちの方が付き合い長いんやし、ええカップルになると思うで」

「え! 入谷告られてたの?!」


 佐伯が驚いて大声出すもんだから、クラス中の目がこちらに向く。


「キッパリ断る! 俺は絶対に叶と別れねえ!」


 なあ~んだ、と佐伯までもが興味を失ったように目をそらす。通常営業で悪かったな! 俺は叶一筋だ!


「どうせ比嘉さんの顔がキレイだから別れたくないんだ。比嘉さんをお飾りのトロフィーワイフにしたいだけだよ。これだからカースト上位の陽キャはイヤなんだ。彼女を何だと思ってるんだ」


 静まった教室に男の声が響く。


 ……誰ももうこちらを見てはいない。だけど、比嘉さんってハッキリと言った。明らかに俺に対しての発言だった。


「誰だ! 言いたいことがあるなら面と向かって言え!」


 誰も名乗り出ない。何なんだ、気味が悪い。

 トロフィーワイフの意味は分からねえけど、バカにされてるのは分かるし、大きな勘違いをしている。


「俺は叶をお飾りだなんて思ったことはない! 顔がキレイなのなんてただの入り口でしかねえんだよ! 俺は叶の全部が好きなの!」


 叶が真っ赤になって絶句している。そう、これ。俺が好きな叶の顔はキレイな顔じゃない。照れて爆発すんじゃねーかってくらい真っ赤になってる顔だ。


「恥ずかしげもなくよくあんなことが大声で言えるもんだ。やれやれ、カースト上位の陽キャは何を言っても許されると思ってるのかね。恥を知らないことが恥ずかしいよ」


 ……充里?


 叶が前に座る男の後頭部を目を見開いて凝視している。声もその辺りから聞こえていたと思う。


 更に前の席から振り向いて後ろに座る男を見ている充里が目に入る。は?


 あ! そういうことか。俺の前に座るあかねと同じか。

 ハコツクリとヒガの間に編入してきた男がいるんだ!

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