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私たちの再訪

 ピーンポーンとインターホンが鳴り、玄関を開けると統基が汗だくで立っていた。


「暑そうね」

「暑い。軽く死ねる。超快晴」


 本当にいいお天気。

 でも、今日は自転車だから私は平気。


「麦わら帽子いいじゃん。かわいい。おさげも好き」

「あ、ありがとう」


 統基が私の髪を触りながら言う。髪を触られるのって妙にドキドキする。


「今日は安全第一で! 張り切って走りましょー!」

「おー!」


 拳を振り上げ、長いサイクリングがスタートする。途中、休憩を挟みつつ、懸命にペダルを漕ぐ。


「俺チャリ漕ぐの速いしスピード感が好きだから、この速さについて来てくれるのって闇で嬉しいんだよね」

「そうなの? 私もこのスピードじゃないと疲れちゃうからちょうどいいわ」

「スピード落とすと疲れるの?」

「ええ」

「お前の体マジでどうなってんの。一切汗かかねえし」

「このスピードならね」


 ゆっくり走ると逆に汗もかくし疲労が溜まってしまう。


 風が気持ちいい。段々と、背の高い建物がなくなっていき田んぼが広がりだす。


「この辺が一番田舎っぽいかもな。海の辺りは道路なんかも整備されてたじゃん」

「港町って感じでいいわよね。ジブリっぽい」

「分かる!」

「下山手もすっかり慣れたけど、海の辺りに住むのもいいわね」

「高校卒業したら海の辺りでひとり暮らししたら?」

「ひとり暮らしは……どうかしら」

「過保護的に?」

「もそうだし、私もひとりじゃ寂しいかもしれない」

「大丈夫! 俺が毎日泊りに行ってやるよ」

「それひとり暮らしじゃなくない?」


 高校卒業したら、かあ。卒業後のことなんて、何も考えてないな。


「統基は卒業したら進学希望だったわね」

「あー、一年の時の進路希望の話?」

「ええ」

「指定校推薦取れたらって感じだな。曽羽みたいに取りに行くってほど大学に行きたい訳でもない」

「そうなの?」

「二年になってから成績ヤバくて取れるか怪しいんだよなー」

「授業中寝てばかりだったものね」

「その上急にムズくなったしさあ」


 我が下山手高校は今年も偏差値ランキング最下位で、一年の間は中学までの復習が主だった。だけど、二年になってからは高校範囲になって難しい。


「叶は? 留年の危機は去った訳だし、何か考えてんの?」

「何も」

「だろうな」


 統基が笑う。


「伝説作るくらいの何かやりたいとは思うんだけど、方向が定まらないんだよねー。ずっと俺はこの道に行くんだろうなって思ってたのがなくなって、道がたくさん開けすぎて分かんなくなった、みたいな」

「へえ。どんな道に行く予定だったの?」

「お! 着いたぞ、叶! じいちゃんのコンビニ!」


 キキーッと急ブレーキをかけて統基の自転車が止まった。


「まだ生きてっかなあ」

「そんなにご高齢だったの?」

「うん。かなりのジジイなんだよ」


 店内に入ると、レジにはかなり高齢に見えるおじいさんがひとりで立っている。


 強面のおじいさんだわ。口を横一文字に結んで、手元を見ているようだからここからは分からないけど何かの作業中っぽい。


「お! 生きてた! ジュース取りに行こうぜ!」

「ええ!」


 怖そうに見えたけど、あのおじいさんが去年親切に薬やジュースをくれたんだ?

 統基がジュースを4本手に取ってレジへと向かう。


「いらっしゃいませ」

「ジジイだから覚えてねえかもしんねーけど、俺去年じいちゃんにすげー世話になったの。礼が言いたくて今年も来ちゃった」


 統基が笑うとおじいさんは顔を上げて統基を見た。


「年寄扱いするんじゃない。覚えとるよ。友達がケガしたって言ってた坊主だ」


 ゆったりと顔をほころばせる。優しそうなおじいさんに変身した。


「この子がケガしてた子」

「あの、本当にお世話になりました。ありがとうございました」


 統基の背中から顔を出す格好になってしまった。おじいさんと目が合う。


「これはべっぴんさんだ」

「え。あ、ありがとうございます」

「坊主、友達だなんて言ってこんなべっぴんさんだったのか」

「あの時は本当に友達だったの。今は俺の彼女」

「こんなべっぴんさんがか。果報もんだ」

「家宝? うん、家宝レベル」


 よく分かってなさそうに統基が答えている間もおじいさんと目が合っている。いつそらしていいのかもう完全にタイミングを失ってしまった。


「たしかにべっぴんさんだが、うちの孫の嫁も負けてない。べっぴんさんだ」

「嘘つけ。叶レベルのべっぴんさんがそうそういる訳ねーだろ。張り合ってんじゃねーよ」

「いや、べっぴんさんだ。気が利くし優しくて器量よしのいい嫁だ」

「べた褒めじゃねーか」


 おじいさんがホクホクと笑っている。

 お孫さんのお嫁さんが大好きなのね。おじいさんが幸せそうで、見ているだけでホッコリする。


「今腹に孫の子がおる。冬に生まれる予定だ」

「孫の子? ひ孫が生まれるってこと?」

「そうだ。初ひ孫だ。今から楽しみでしょうがない」


 おじいさんがレジ前を指差す。見るとチョコンとミルクやおむつの特設コーナーがある。


「孫の嫁に買いに来てほしくて、設置した」

「生まれんの冬だろ? 気がはえーよ」


 統基が笑っている。私も笑い声がもれる。おじいさんが楽しみにしているのがよく分かる。


「ひ孫の成長が見たいから、あと20年は死ねん」

「下手したら20年の間に更に子供生まれんじゃね?」

「そうしたら、更に20年は死ねん」

「すげー寿命の引き延ばし方があったもんだな。仙人にでもなる気か」


 そう言い合うおじいさんと統基も孫と祖父みたいだわ。


「元気な赤ちゃん産めなーって孫の嫁さんに言っといて」

「言っておく。ありがとう」


 ニコニコとおじいさんが袋を差し出してくれる。


「あれ? 会計は?」

「これはじいちゃんからちゃんと礼を言いに来た坊主とべっぴんさんにご褒美だ」

「え、俺金落としに来たのに」

「坊主の端金はいらん。家が遠いんだろう。何があるか分からないんだから、大事に取っておきなさい」

「あはは! またそれかよ。ありがとう、じいちゃん」


 統基が袋を受け取ってしまう。


「統基! そんな、悪いです。お会計します」


 慌てておじいさんに申し出ると、途端に恵比須顔だったおじいさんが険しい表情になってしまった。お金払うって言ってるのに、どうして?!


「いいの、叶。めっちゃ笑ってお礼言って」


 統基が耳元でささやいた。耳がザワザワするようなゾクゾクするような感じがする。


「あ、ありがとうございます!」


 おじいさんの表情が和らぐ。え? お金払わない方が喜ばれるの?


「また来年この子と来るから、生きててよ」

「べっぴんさんに会えるのを楽しみにしてる。死ねん理由が増えた」

「じゃーねー、じいちゃん!」


 おじいさんが目を細めて手を振る。コンビニを出ると、太陽の日差しが容赦なく照り付ける。


「もうひとがんばりして、ビーチでジュース飲むか!」

「うん!」



 ビーチの砂浜に続く階段に腰掛けてジュースを開ける。


「早くも若干ぬるまってるよな」

「そうね。でも十分おいしい」


 ジュースを見るとおじいさんのホクホク顔を思い出した。


「おじいさん、お孫さんの赤ちゃんが生まれたらすごく喜ぶんでしょうね」

「だよな……あんなに望まれて生まれてくる子もいるのに……」


 普段、声の大きな統基がつぶやくような声で眉を落とした。


 こんな統基の顔、初めて見る……。


 かと思ったら、キッとミニチュア・ピンシャーみたいな大きな目を大海原へと向けた。


「海ってデカいよな」

「そうね」

「こんなちっせー人間ひとり、どんなデカい後悔だって海よりちっせえ」


 ……後悔?


 どんな手を使ってでも勝ちを取って来た統基に後悔なんてあるのかしら。


「海でびっしゃびしゃになって帰る!」

「びっしゃびしゃはやめた方がいいんじゃない?!」

「こんだけあちーんだからすぐ乾くって! 行こ!」


 太陽にさえ挑みかかりそうに笑った。言葉通りに海まっしぐらに走っていく。


 付き合い初めて一年近く経つけど、統基は思いもしないような行動をする。頭から海に飛び込んで顔を上げた統基の髪は普段よりも更にクルクルでビックリした。

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