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統基と私の男友達

 暑い。


 どうして終業式を講堂でやらないのかしら。暑くて倒れそうだわ。


 やっと終わったと思ったら、見たことのある男子生徒が駆け寄って来た。


「ひっがさーん! 職員室に課題取りに行くでしょ? 一緒に行こう!」

「あ……私より欠点の多かった――」


 なんて名前だっけ。


 統基より少し背が高いくらいで、笑顔で話しかけてくれるところとかちょっと統基に似ている元気いっぱいの男子生徒……。


「さては俺の名前忘れたなー?」

「あ……ごめんなさい」

「ウソウソ、俺名乗ってなかった気がする。二階堂(たける)ってゆーの。気軽にタケちゃんって呼んで」

「え、いいの?」


 ビックリした。あだ名で呼ぶなんて、もう友達じゃない?!


「俺もカナちゃんって呼んでいい?」

「え……ええ」


 あだ名で呼ばれるなんて初めてだ。感動。


 タケちゃんに手を引かれて講堂を出る。


「人の彼女に触ってんじゃねえ!」


 声と同時につながれていた手にチョップが入り、分断された。


 統基が怒りに満ちた目でタケちゃんを睨んでいる。


「統基、そんな怒るようなことじゃなくて」


 課題を取りに職員室に行くだけなのに。せっかくできた友達が機嫌を損ねてしまう。


「あ、カナちゃんの彼氏!」

「カナちゃん?!」


 統基の声がひっくり返るのを初めて聞いたかもしれない。


「そんな怒んないでよー。俺カナちゃんと補講一緒だから、友達になりたかっただけだよ」

「馴れ馴れしい呼び方すんな! 絶対許さねえ! 比嘉さんと呼べ!」


 ああ、せっかくできたお友達が……。


「統基、タケちゃんと職員室に補講の課題を取りに行こうとしてただけなの。だから――」

「タケちゃん?! タケシか、コイツ!」

「尊だよ! ル!」

「どっちでもいい! タケちゃん呼び禁止! 分かった?!」

「え……ええ……」

「俺も職員室まで行く!」


 統基が先頭切って歩き出す。どうしてタケちゃんって呼ぶのがダメなんだろう……。


「束縛の激しい彼氏だね。俺だったら友達をどう呼ぼうと気にしないけどなあ」


 束縛……とも何か違うような気もするのよね。束縛なんてされたことがないから分からないんだけど。


「でも、統基がイヤなら二階堂くんって呼ぶことにするわ」

「彼氏のいない時だけカナちゃんって呼ぼう。だったらいいよね。彼氏がイヤだと思わなければいいんでしょ?」

「え? いいのかしら?」

「いいの!」


 二階堂くんは気分を害した様子もなく笑っている。良かった、せっかくできた友達を失ってはいないみたい。


「おい。お前いいかげんにしろ。叶に近付くな」

「これくらい、いいじゃんー」

「いい訳ねーだろ! めっちゃくっついてんじゃねーか!」


 たしかに、二階堂くんは距離が近い。でも、前もそうだったからそういう人なんだと思ってた。


 統基が間に入って三人横並びで歩く。統基の腕に二階堂くんがまとわりつく。


「ねえねえ、二人って付き合ってどれくらい? 普段どこで遊んでるの? 夏休みも毎日遊ぶの?」

「うるっせーな! お前に関係ねーだろーが!」

「俺も入れてよ! 三人で遊びに行こうようー」

「行かねえよ!」

「えー」


 二階堂くんが膨れてしまう。ものすごく人懐っこいのね。すごいわ。


「ほら、職員室。行って来いよ」

「行ってきまーす! 行こ! 比嘉さん!」


 二階堂くんが私の右手を取るとすかさず統基がチョップで分断する。


「そんな怖い顔しないでよー。俺、すーぐ手つないじゃうのクセなの」

「直せ!」


 思っていたよりも課題が多い。両手で何とか抱えられるくらいだ。腕がプルプルしながら職員室を出た。


「大丈夫? 教室まで持つから貸して」

「ありがとう」


 課題を渡すと統基は軽々と持つ。


「やーさしいー。俺のも持ってー、統基ー」

「は?! なんでお前に下の名前で呼ばれなきゃなんないの」

「いいじゃん。俺統基のこと好きだよ」

「はあ?! 変なヤツだな、お前」

「尊!」

「ハイハイ、尊ね」


 統基が笑っちゃっている。二階堂くんは本当に人懐っこくてかわいい。


「じゃあねー! 来週の補講楽しみにしてるー!」

「遊びじゃねーんだよ!」


 私たちは1組だから階段を上がるとすぐに教室だ。


 二階堂くんと別れて教室に入ると、まだ高梨先生はいなくてみんなワイワイしている。


「変なヤツだけど何かおもろいな、尊」

「自分は尊って呼んじゃうのね。統基も変よ」

「あのな」


 統基が真剣な顔をする。ちょっとドキッとした。


「お前もうちょっと警戒しろよ。前から思ってたけど、叶は警戒心が足りなさすぎる。そんなんじゃ、悪いヤツにターゲットにされるぞ」

「悪いヤツ?」

「そう! 世の中には悪いヤツがいっぱいいるんだから」


 珍しく小さめの声で話す統基の言葉がドタドタした足音にかき消される。


「比嘉さん! 行村の事務所でライブさせてもらえることになったんだ! ぜひ見に来てよ!」


 差し出されたチケットを統基がサッと取ると仲野の額にベシッと押し返す。何事もなかったかのように私に向き直った。


「ゴミを押し付けてくる悪いゴリラもいるんだから」

「ひどい!」


 悪いヤツもいることは分かってるけど、二階堂くんは幼稚園児みたいに元気いっぱいでワンパクな感じで悪そうには見えなかった。


「統基も二階堂くんを悪いヤツだとは思ってないんでしょ?」

「悪いヤツには見えねえじゃん。超ガキっぽい」

「私も幼稚園児みたいって思ったわ」


 あははは、と笑い合う。


「でも、イヤなの。多分尊が女ならただの友達って思えるんだろうけど、俺、彼女の男友達って無理なタイプみたい」

「男友達?」

「うん。友達でもさ、男だと何があるか分かんないってゆーか。あ! 違う! 叶を信用してないとかじゃなくて!」


 統基が慌ててるけど、何を言ってるのかまるで分からない。


「充里や佐伯くんはいいの?」

「その二人は俺もよく知ってるからさ。んーな女々しいこと言われてウゼーだろうけど、イヤなものはイヤなんだもん」


 統基がこんな風に心の内を話すのは珍しい。落ち着きなく幾度となく顔の向きを変え、髪を触ったり顔を触ったり忙しない。


「分かった。じゃあ、統基が先に仲良くなって二階堂くんをよく知って」

「あ……うん」


 安心したように笑った統基がかわいい。

 充里と佐伯くんのこと、すごく信用してるのね。二階堂くんもそうなれたらいいな。

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