俺のかわいい弟の秘密
蓮と隣合ってソファに座る。ニッコリと俺を見上げる弟が超かわいい。
「頭のいい蓮なら理解できると思うんだけど」
孝寿がニコニコしながら蓮の前に立つ。
「日本には戸籍ってもんがあって、戸籍には母親と父親の欄がある。俺たちはパパに認知されてるから、戸籍の父親の欄には入谷銀二が登録されているはずだ」
蓮が悲し気にうつむく。蓮の戸籍だけは父親の名前が違うと頭のいい蓮は即座に理解したんだろう。
「孝寿! 戸籍なんかどうでもいい! 黙れよ!」
「お前が黙れ。で、パパの話によると蓮の実の父親は花恋に妊娠を告げられて慶斗と同じく逃げている。しかも、中途半端に捕まった慶斗と違って逃げ切っている」
「それ俺の名前出す必要なくね?」
全方位敵に回すスタイルか。
黙れと睨まれて思わず黙ってしまった自分が悔しい。孝寿こえーんだもん。
「蓮が生まれた時、蓮の父親の欄は空白だったはずだ。その後、花恋と結婚したパパが蓮の父親として登録される」
「え?!」
蓮が声を上げて孝寿を見上げる。孝寿はさっきとは別人みたいに穏やかに笑っている。
「俺たちの戸籍も蓮の戸籍も、父親欄には同じ入谷銀二の名前がある」
「そっか、蓮の実の父親の名前はないんだ」
「そう」
孝寿がうなずいて、ポケットから何やら書類のような物を取り出す。
「で、俺が蓮に見せたいのはこちら。パパの戸籍謄本」
「親父の?」
見ると、ズラリと並ぶ認知の文字。
亮河、慶斗、悠真、孝寿、統基、そして、蓮。
親父は兄弟平等にこだわっていた。6人平等にって、店も6店舗経営している。
「恐らく、パパは蓮を花恋の連れ子でも養子でもなく、自分の子供として認知してるんだと思う。戸籍上は俺らと同じ、パパが蓮の本当の父親ってことだ」
蓮が目を丸くして書類を凝視している。
戸籍……戸籍なんて、考えたことなかった。
「血なんか関係ねえ、戸籍なんかどうでもいいって精神論じゃなく、蓮はれっきとした統基の弟なんだよ」
蓮と目が合う。紛れもなく、蓮は俺の弟だったんだ!
「蓮!」
「お兄ちゃん!」
力いっぱい蓮を抱きしめる。あー、良かった。蓮が嬉しそうに笑ってる。
そんなもん用意してたんなら、もっと早くに出してくれれば――
「孝寿兄ちゃん」
「何?」
「なんで血液型の話してた時に先にそれ出さなかったの」
「雨降って地固まるってゆーじゃん? 一回ぐっちゃぐちゃになってからの方がより絆が深まるだろうと思ってね」
「お前それ建前だろ」
絶対俺たちを見て内心おもしろがってたに違いねえ!
くっそ! 孝寿にまんまと乗せられた!
自分で自分の髪をわしゃわしゃにしてしまう。
「孝寿は蓮が本当の兄弟じゃないって知ってることを知ってたのか?」
慶斗がなんかややこしい聞き方をする。
「蓮を見てて分かった」
「なんで?!」
「統基よりも先に俺たちが統基の異母兄弟だと理解した蓮はまず、統基にすがりついて統基は自分のお兄ちゃんだと確認した。それにより統基は自分こそが蓮のお兄ちゃんだと俺たちに反発心を持った。見事なコントロールに感心したよ。コイツ頭いいなーって」
「は? コントロール?」
ニコニコと笑いながら孝寿が蓮の頭をなでる。
「更に、翌日は統基に俺たちと蓮の名前の特徴が違う、と告げた。俺は蓮の意図に気付いたから、わざと父親が違うからだろって言いかけたら統基は慌ててバカみたいに不自然に俺を自分の部屋に連れて行った」
「バカみたいには余計だろーがよ。蓮の意図って?」
「統基が自分のために行動するか試したかったんだろう。愛情を確認したい子供がよくやる試し行為だ」
蓮が目を伏せる。
俺の愛情を確認しようとして……?
「蓮の言動を見れば、統基は蓮に実の兄弟じゃないことを隠したがってるけど、蓮はそれを分かった上で知らないフリをしている、と読み取れる」
「蓮の方が統基の何枚も上手だった訳か」
ほおー、と感心しながらホスト三兄弟が蓮に拍手を送る。
「俺、蓮にまで乗せられてたのかよ~……」
「俺はお前のそのド直球にバカなとこ好きだよ」
「ぜんっぜん嬉しくねえ」
はい、と悠真が手を上げる。
「なんで蓮は実の兄弟じゃないって知ってたの?」
「さあ? 花恋が話したとかじゃね?」
蓮は首を横に振っている。
「ボク、この家に来た時のことを覚えてるんだ」
「え?! 生まれて間もなかったんだろ?」
「パパが今日から統基の弟だよって僕をお兄ちゃんに抱かせて、お兄ちゃん、すっごくニコッて笑ってやったあ! おれの弟だ! ってギューッてするから痛くてボク泣いちゃって」
「そうなの? 統基」
「あ、コレ覚えてねえな」
孝寿の言う通り、俺何も覚えてねえ……。
「え、てか覚えてるはずねえよ? 俺が覚えてる蓮もまだヨチヨチ歩きの赤ちゃんなのに」
孝寿がポン、と手を打つ。
「蓮、もしかして腹の中にいた記憶からあるんじゃね?」
「うん。小さい時はみんなそうだと思ってたけど、違うんだよね」
「なるほどねー。スッキリスッキリ」
「ひとりでスッキリすんな! 共有しろ!」
「ああ、胎内記憶か」
亮河もスッキリした顔をする。だから、説明して共有しろ。
「母親のおなかの中にいた頃の記憶を持って生まれてくる子供がまれにいるらしい。たいがいは言葉を話せるようになって話したら忘れてしまうって聞いたことがある」
「蓮は話したら自分がパパの子供じゃないって知ってると統基にバレるから話せなかった。だからずっと覚えてるのかもな」
「腹ん中の記憶からずっと覚えてんの?!」
どんだけ記憶力いいんだよ……。
見慣れた蓮が別人のようにも感じる。
「人は忘れることで生きていける部分もある。全てを覚えているのは辛いこともあっただろう、蓮」
「蓮は頭が良すぎたんだな。統基なんか5歳の時のことすら覚えてねえってのに」
「5歳って年長さんだろ? さすがに頭悪すぎねえ? 俺でも覚えてるよ」
「どーせろくな思い出じゃねーだろ」
慶斗の記憶なんか、あってもなくても同じじゃい。
「統基が実の母親のことを覚えていないのも生きていくためじゃないかな。当時、蓮の母親は統基には冷たかった。優しかった亡き母の記憶は5歳の統基には耐え難かったのかもな」
亮河が優しく微笑んでくれる。
生きていくために、か……。蓮は忘れることすらできず、ずっと抱えていた。たまらなくなってまた蓮を抱きしめる。
「俺は違うと思う。蓮を喜んで受け入れたんなら花恋のことも母親として受け入れようとしたはずだ。甘ちゃんの統基は花恋のために母親の記憶を封印したんじゃねーかな。統基、過剰に花恋に気ぃ遣ってたじゃん」
過剰だったつもりはねえんだけど……今思えば、率先して家事をやったり蓮の面倒を見たりしてたのは花恋ママに嫌われないためだったのかもしれない。
「新しい母ちゃんができたから覚えてる必要なくなっただけじゃない?」
「俺は悠真兄ちゃんほど脳みそ腐ってねえんだよ」
トストス足音がしたと思ったら親父が入って来た。俺たちを見て嬉しそうに笑う。
「どうした、お前ら全員揃って!」
「おかえり、パパ。俺たち兄弟の絆を確かめ合ってたんだよ」
「そーかそーか! お前たちが仲良くなってくれて俺は本当に嬉しい!」
ガーッハッハッハ! と親父が豪快に笑う。
孝寿のヤツ、上手いこと親父が喜びそうな言い方しやがって。
「パパ、本当に声が大きいよね」
「耳にガツンと来るな」
蓮が顔をしかめる。たぶん俺も似たような顔になってる。
「あれが君の父親だよ、入谷蓮くん」
「お兄ちゃんの父親だよ、入谷統基くん」
あはははは! と蓮と笑い転げた。
「俺は蓮の本当の父親にも興味あるけどねー。子供捨てて逃げるなんてどんなクズだか」
「孝寿! そんな言い方すんなよ!」
蓮の前で捨てるだの逃げるだの、蓮が傷付いたらどーしてくれる?!
俺の心配をよそに、蓮はあっけらかんとした笑顔を見せる。
「ボクの本当の父親はパパなんでしょ。孝寿お兄ちゃんが言ったんだよ」
「あ。そーでした、そーでした」
珍しく孝寿が頭をかく。
孝寿に投降させるなんて、やるじゃん、蓮。
ニヒヒ、と蓮と目を合わせて笑った。




